金じゃ買えないモノ


 とある商家の居間の中で、商家の主とその息子が座って話をしていた。


「お前もそろそろ商家の跡取りとしての勉強をはじめていい歳になりました」

「はい、父上」

「ところでお前、我が家の家訓はもちろん覚えておいでだよね?」

「はい、父上。世の中には金で買えないモノなどない、ですね」


 うん、その通りだ、とうなずきながら、商家の主は息子に言った。


「だがね、本当のことを言うと、この世の中には金じゃ買えないモノもあるんだよ」


 この言葉に、息子は目を丸くした。


「本当でございますか? 今まで信じていたものが違うとなるとは、青天の霹靂へきれき震天動地しんてんどうち、なにはともあれ、驚きでございます」

「まったくお前は理屈っぽいね。まあ、今はそのことはどうでもよろしい。さて、息子よ。金じゃ買えないモノとは何だと思うね?」


 う~~んと首をひねりながら考える息子。しかし、どうやら思いつかなかったらしく、首を振りながら、


「わかりません」

「そうかい。それじゃあ、教えてあげよう。いいかい、世の中、金じゃ買えないモノは親さ」

「親でございますか?」


 キョトンとした表情をする息子。


「そう、親さ。こればっかりは、いくらお金を積み上げても買えないモノだよ。たとえ、千万両というお金があったとしても、親だけは決して買えない。親というモノは、それだけありがたく、代えがたいモノなんだよ。だから私も、親にはとてもよくしてあげたし、大切にしてあげたのさ。いいかい、お前も親を、つまりは私のことを大事にしなきゃいけないよ」

「なるほど、さすがは父上でございます。親孝行がいかに大事であるかの御教え、しかと承りました」


 ペコリとお辞儀をする息子を見て、商家の主は満足そうにうなずいた。そして、息子が頭をあげると、商家の主に向かってこう言った。


「ですが、父上を買おうだなんて人は世界広しといえども、決していらっしゃらないと思います。むしろ、タダであってもごめんであるかと存じます」

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