ヤブ医者の一番客


 その昔、医者っていう職業は知識なんぞなくたってなれたもので、これはそんな時代の小話でございます。




 味噌屋をやっていた与太郎は、ある日突然思い立ってこう言った。


「このまま味噌屋を続けてたっていいことなんざあるわきゃねえ。どうせなら、どかんと一発当ててえもんだ。そういやこの間、ご隠居さんも言ってたが、医者ってのはバカみてえに儲かるらしいじゃねえか。よし、じゃあここはひとつ医者にでもなってみるか」


 何の知識もない与太郎だが、看板と名前を立派にしときゃあなんとかなるだろうと軽く考え、手前味噌足庵てまえみそそくあんなどと、もっともらしいのかもっともらしくないのかよくわからないが、とにかくそれっぽい名前を掲げて医者の看板を出してみることにした。


「さ~て、あとは客を――じゃねえ、患者を待つだけだ」


 衣装もそれっぽくし、なんだか偉くなったような気分で患者を待っていると、早速一人の男が飛び込んできた。


「お医者様。お医者様。一大事でございます」


 ぜえぜえと肩で息するほどに急いで駆けてきた男の身なりを、与太郎はしげしげと観察した。

 中々良い身なりをしているし、言葉遣いも悪くはない。こいつぁ、幸先の良い一番客だ。与太郎は医者っぽくできるだけ上品に応対した。


「ふむ。どういたしましたかな」

「それが、うちの旦那様が今すぐに、ええ~~っと……?」


 なんていう名前なのだろう? というような感じで首をかしげる男に与太郎は苦笑しながら、


「足庵です。手前味噌足庵」

「では足庵先生。ご足労ではございますが、どうか旦那様のとこへと御一緒くださいませ」


 先生と呼ばれたことに気をよくしながら、与太郎――いや、足庵は男と共に旦那様のところへと急ぎ足で向かった。


「ここでございます」


 男がそう言うと、足庵は首をかしげた。


「ここは……墓石屋ではないのかね?」

「さようでございます。さすがは足庵先生、御見識がおありでございます」

「御見識もなにも、みればわかりますよ。ところで、旦那様の御容態はどうなのかね?」


 そうでございました! と慌てて店の中へと入っていく男。


「なんだあの野郎。身なりはいいがそそっかしい野郎だな。俺を案内することを忘れてやがる」


 足庵が苦笑していると、さっきの男とは違う男が店の中から出てきた。そして足庵に一礼し、


「御足労、ありがとうございます。私がこの店の主をしております、忠右衛門という者でございます」


 とうやうやしくあいさつをした。足庵は首をかしげ、


「あの、旦那様からの急なお呼び出しとのことで参上したのですが」


 そう言う足庵に向かって、忠右衛門は愛想のいいニコニコ顔で言った。


「はい。足庵先生の開業に際して、お願いしたいことがございまして、御足労願いました。いかがでしょう、先生のところの患者に、先生が御見立違いをおやりになって亡くなった時、墓石の注文は是非とも私のところでお願いしたいと思っているのですが?」

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