一攫千金


 長屋の中で、寅吉と辰五郎という二人の若者が話し合っていた。


「なあ、トラよ。いい金儲けの話はねえもんかい?」

「なんでえ、藪から棒に」

「男に生まれたからにゃあ、やっぱり一代でどでけえ財産、一攫千金ってのを夢見るもんじゃねえか。そういう金儲けができそうな話はねえもんかって聞いてるんだよ」

「てめえの言うことにも一理はあるな。よし、それじゃあ一攫千金ってのを狙ってみるかい?」

「そう言うからにゃあ、うまい話があると見た。さあさあ話してみやがれ」


 辰五郎の促しに、寅吉が身を乗り出して話し始めた。


「実はよ、なんでも江戸からちょいと離れた山中で、金がみつかったらしいんだ。で、ひょっとするとその山にゃあ金鉱があるんじゃねえかって、一攫千金を夢見る奴らが集まってきてるって話だ」

「金鉱か。そいつぁいい。金鉱を掘り出しゃあまさに一攫千金、どうでえトラよ、いっちょ俺たちもその夢ってのに乗っかってみねえかい?」

「おめえならそう言うと思ってたぜ、タツよ」


 そうして寅吉と辰五郎は金鉱があると噂されている山へと向かった。

 その道中で採掘に必要な道具一式を買い込み、現地へと到着してみると、辺り一帯にいるわいるわの与太者連中。我こそ金鉱を掘りだしてみせると、与太者連中はギラギラした目でところかまわず山を掘っていた。


「へぇ~こいつぁ競争率が高そうだ」


 与太者連中を見て、目を丸くする辰五郎。


「そういうこった。さあ、俺達も負けちゃいられねえ、さっそく一仕事としゃれこもうじゃねえか」


 寅吉は辰五郎を促し、まだ与太者連中が手をつけていない場所を掘り始めた。

 しかし、採掘というものは思いがけぬ重労働。採掘を始めて一時いっときも経たずして、早くも辰五郎が音をあげはじめた。


「冗談じゃねえや。なんでこんなしんどい思いをしなきゃならねえんだ」

「バカ言ってんじゃねえよ。一攫千金ってのは、そんな簡単に成し得ることじゃねえんだ。本当に金が欲しけりゃあ、結局は汗水たらしてやるしかねえんだよ」

「へんっ! 俺ぁごめんだね!! 俺は楽して金を稼ぎてえんだ!!」

「おお、そうかい。そこまで言うならやってみな。そして思い知るがいいさ。世の中にゃあ、そんなうまい話なんてあるわけねえってことをよ」

「言ったな、トラめ!! よ~し、見てろよ!! 俺ぁぜってえ楽して儲けてやるからな!!」


 威勢のいい捨てゼリフを残し、辰五郎は採掘道具を放り出して去って行った。


「へんっ! バカ野郎が!!」


 寅吉は半ば呆れ、半ば怒りながらも、一人残って山での採掘を続けた。

 寅吉はせっせとせっせと掘りつづけた。

 それこそ、寝食を忘れてといった熱心さで掘りつづけた。

 そんな調子で掘り続けること一年、男の一念岩をも通すとの言葉通り、寅吉はついに金鉱を掘り当てることに成功した。


「へっ! どうでぇ! 物事ぁなんでもコツコツとやり続けるのが成功への近道0よ!!」


 この一年の間に蓄財は全て採掘道具に消えてしまっていたが、そんな額など屁でもないほどの額が寅吉の今後に約束されていた。まさに、一年前に夢見た一攫千金がここに。

 寅吉は山を下り、その足で御役所に行き、金鉱の所有権に関する面倒な手続きをすませた。すると、役人の男が寅吉に言った。


「ところで、お主は金鉱をどうするつもりか?」

「どうするつもりってえ言いやすと?」

「お主が金鉱の持ち主とはいえ、このまま一人で掘り続けるわけでもあるまい? ゆえにお主に聞いておるのだ。このままお主が他の者を雇って金鉱を掘るのか、それとも金鉱の所有権を他の者に売るつもりなのかをな。お主の答え次第で、我々は競売の準備をせねばならぬでな」



 なるほど、御役人様のおっしゃることはもっともだ。寅吉はどうしたものかと考えた。

 人を雇って掘るっつっても、もう銭がねえしなぁ……。それに一年間掘り続けで、正直もう掘るのはこりごりだ。


「よし、じゃあ所有権を売ることにしまさぁ」

「うむ、承知つかまつった。では、これより商人たちに競売の通達をおこなうので、お主は今までの休養を兼ねて休んでおるがよかろう。競売の目処が立ち次第、お主に連絡いたす」

「お手数おかけしやす。では、あっしはこれで」


 後は御役人様にお任せしようと、寅吉は近くに宿をとってそこで待つことにした。

 すると、三日後に御役所から使者がやってきて寅吉に告げた。


「本来ならばもう少し時間がかかるのだが、今回は競売にかけられる物が物だけに、すぐさま商人たちが手をあげてくれた。ゆえに競売の準備が整ったので、お主にも足労を願いたい」

「へえ、そいつはわざわざありがてえことです」


 そうして寅吉は役人に連れられ御役所内に特設された競売場へと向かった。競売場の中には、十名を超える身なりの良い商人たちが所狭しと集まっていた。

 役人が寅吉のことを商人たちに紹介すると、さっそく競売が始まった。

 金鉱の値がどんどんと上がっていくのを見て、寅吉はまさに笑いが止まらないといった思いであった。

 やがて最も高い値をつけた商人に金鉱の所有権が落札され、落札した商人が寅吉のそばへと歩み寄ってくる。


「この度は手前共に所有権をお譲りいただけることとなり、まことに感謝の極み…………」


 商人の長ったらしい挨拶に嫌気がさした寅吉は、さっさとお足(お金のこと)の話を進めようと商人の言葉をさえぎった。


「まあまあ堅苦しい話はやめにしやしょうや。ところで、そちらさんの屋号は何ておっしゃるんで?」

「へえ、手前共は宝掘屋ほうくつやと申します。ここら一帯の採掘なさる方々の採掘道具や、お宿やお茶店を一手に引き受けております」


 商人の言葉に、金鉱騒ぎでごった返していた山周辺の様子を思い出し、寅吉はうなった。


「ってえことは、そりゃあすげえ利益を上げてるんじゃねえですかい?」

「へえ、おかげさまで。あなた様の御金鉱を買えるくらいには儲けさせていただいております」

「はぁ~、あんたやり手だねぇ」


 しかし、商人は首を振って、


「いえいえ、あたしはただの丁稚でっちでございます。ところで、もしよろしければ、宝掘屋まで御足労願えませんか? 旦那様から、落札した際には御金鉱の持ち主様に是非ともおいでいただくように仰せつかっておりますので」

「ふぅ~ん。よし、そのやり手の旦那様って人に興味が出てきたし、招待にあずかることにするか」


 というわけで、宝掘屋の前までやってきた寅吉と丁稚。宝掘屋の外観を見るなり、寅吉は目を丸くして、


「へぇ~……こりゃあ、でけえ店構えだ。こんな立派な店なんだ、さぞかし由緒ある店なんだろうな」

「いやいや。手前共の宝掘屋は、一年前にここに店を構えたばかりでございます」

「ってえことは、なにかい? 一年でここまでなりあがったってわけかい?」

「へえ、その通りでございます」


 寅吉はうなった。件の旦那様ってえのは、よほどのやり手らしい。


「それでは、どうぞ中へとお入りくださいまし」


 招待をうけ、宝掘屋の中へと入る寅吉。そしてだだっぴろい居間に通されたところで丁稚が、では旦那様をお呼びしてきますのでお待ちくださいと去って行った。

 程なくして、件の旦那様が姿を現し、寅吉は愕然とした。


「おっ!? おめえ、辰五郎じゃねえか?!」


 そう、宝掘屋の旦那様とは、一年前に別れたっきりの辰五郎だったのだ。


「よお、トラよ。俺ぁついに財を成したぜ」


 ニヤリとしたり顔をする辰五郎に、寅吉は駆け寄ってその肩を叩いた。


「タツよぉ! おめえうまいことやりがったなぁ!! 俺が汗と泥にまみれてる間、おめえはしたたかに稼いでやがったわけだ!! まったく、一本取られちまったぜ!!」

「まあ、そんなところだ」


 なんだか浮かない顔をする辰五郎に、寅吉は首をかしげながら問いかけた。


「なんでえおめえ。腐るほど金を儲けるのが夢だったんじゃねえか。それが叶ったんだから、ちったあ嬉しそうな顔しろや」

「いやよ、確かに俺ぁ金を儲けるのが夢だった。だがよ、楽して儲けたいってのが夢だったんだ」

「はっ! あんな土掘りに比べりゃあ、商人の方がはるかに楽だろうが?」


 この言葉に、辰五郎は大きな大きなため息をついて答えた。


「そう思うだろう? 俺もそう思った。だけどよぉ、実際のところ、商人は商人でしんどいもんさ、いや、ひょっとすると商人のほうがしんどいかもしれねえ。やれ仕入れや、やれ御上との折り合いや、やれ丁稚たちの教育だのと、やることが多すぎて心休まる日なんてありゃしねえ。そりゃあ確かに金は儲かるが、その金を使う暇がねえから、結局何のために金儲けをしてるのかもわからなくなっちまう。かといって、今さら金儲けをやめるわけにもいかねえし、まったくふざけた話だ。トラよ、やっぱりおめえの言ってたように、金儲けってのは結局コツコツ地道にやってる奴の方が、長い目でみりゃあ一番幸せなのかもしれねえな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る