毒見


 ふぐっていう魚は古来より人々からその美味を称賛されてきたもの。しかし、それと同時にふぐの毒も人々から恐れられていたもので…………。




 長屋の部屋の中で、昼飯は何を食おうかと思案している男の元に、男の友人がやってきた。


「よぉ、時におめえ昼飯は食ったかい?」

「いや、これから食おうと思っていたところだ」

「そいつぁちょうどいい。ほら、これを見てみろよ」


 そう言って友人が手にしていたものを男に見せると、男は複雑な表情になって友人に言った。


「なんでぇ、ふぐじゃねえか。まさか、おめえ昼飯にふぐを食おうとかぬかすつもりなのかい?」

「まさかもなにも、それしかねえだろう。さあ、フグ汁を作ろうじゃねえか」

「待て待て、そりゃあ確かに俺だってふぐは食いてえが、食ったら食ったらで毒でオダブツなんか目も当てられねえぜ」

「河豚は食いたし命は惜ししってやつだな」

「そういうこった。だから俺ぁごめんこうむるよ」


 すると友人はニヤリとしたり顔を浮かべた。


「そりゃあ、俺だっておめえと同じよ。そこで俺にちょいと妙案があるんだ」

「妙案だって?」

「ああ、妙案さ。まあともかく、まずはフグ汁をこさえることにしようじゃねえか」


 というわけで二人はフグ汁を作ることにした。

 素人ながらも毒がありそうな部位を切り落とし、見た目的には中々うまそうなフグ汁ができた。


「で? 作ったはいいが食わないなんて馬鹿なこたぁ言わねえよな?」

「当たりめえだろ。妙案ってえのは、このフグ汁を毒見役に毒見させようってことなんだよ」

「はぁ?」

「ほれ、最近、河原にすみついた乞食がいるだろう?」

「ああ~、そういやいたなぁ。で、それとこれとどう関係があるんでえ?」


 男の言葉に友人はこれ以上の無いほどの悪い顔になった。


「妙案ってえのは、このフグ汁をその乞食に毒見させようってことなんだ。乞食がフグ汁を食って二~三時ときが過ぎても乞食がピンピンしてりゃあ、このフグ汁は安全だってことになる。そしたら俺たちもこのフグ汁を食えばいいって寸法さ」

「かぁ~……まったくろくでもねえこと考えつきやがるなぁ」

「じゃあやめとくか?」

「冗談じゃねえ。おめえのその話にのるぜ。さあ、そうときまりゃあ早速あの乞食に毒見をしていただくとしようかい」


 男はフグ汁をお椀にいれ、友人と共に河原の乞食のところへと向かった。乞食が果たしてまだいてくれるかと不安だったが、乞食は相も変わらず河原で無気力な表情を浮かべて寝転んでいた。


「おいおい、おまえさん」


 男が声をかけると、乞食は身体を起こし、その無気力そうな表情を二人に向けた。


「へえ、なんでございましょう」

「おまえさん、昼飯は食ったのかい?」

「昼飯どころか、昨日の夜から御飯おまんまの食い上げでさぁ」


 こいつぁしめたとしたり顔をする二人。そして友人が乞食に言った。


「そうかいそうかい。それじゃあ、こいつを食わねえか?」


 乞食に向かってフグ汁の入ったお椀を差し出す男。それを乞食はしげしげと眺めながら男に聞いた。


「ありがたい御話ですが、これは一体なんです?」

「こいつぁフグ汁さ」


 フグ汁と聞き、さしもの乞食も顔をしかめた。


「フグ汁とはまたなんといいますか……これ、食っても大丈夫なんでしょうね?」

「ああ、もちろん大丈夫だ。ちゃんとした板前が作ったもんだから間違いねえ。ああ、じゃあどうしてそんなものをお前さんに持ってきたかって思ってんだろ? 実を言うとな、今日は祝い事があってよ。それで板前に頼んで作ってもらったんだが、ちょいと量が多すぎてよ。それで方々の人々にふるまおうってことになったんだ。なんつったって今日は祝い事だからな」


 よくもまあ、こうもいけしゃあしゃあと出鱈目が口からついてきやがるもんだ。男は友人の言葉に苦笑いを浮かべながらも、そうよそうよと同調した。


「なるほど、そういうことだったんですね。それじゃあ、遠慮なくいただくことにいたしましょう。ああ、本当にありがとうございます」


 お椀を両手で掲げながら二人にお辞儀をする乞食。そんな乞食の姿に二人は少し心を痛めたが、やってしまった以上はしかたない。後でお椀をもらいにくるからと言い残し、二人は部屋へと戻ってきた。

 そして部屋の中で談笑をして時間をつぶし、およそ三時が過ぎた頃になって二人して乞食の元へ様子を見に行った。

 すると、乞食はちゃんとそこにおり、先ほどの無気力そうな表情を一転させ、鼻歌交じりに自分の着ているボロを川の水で洗濯をしていた。


「おい、見ろよ。あれなら大丈夫そうじゃねえか」

「そのようだ。よっしゃ、じゃあ俺たちもフグ汁にありつくとしようじゃねえか」


 二人は部屋へと戻り、作ったフグ汁をたらふく食った。いや、そのフグ汁のうまいことうまいこと。さすがは死んでも食いたいと言われるだけはあらあと、二人は大いに満足した。

 そしてフグ汁を食べ終わって人心地つくと、先ほどの乞食に渡したお椀を返してもらいにいこうと、二人は乞食の元へと向かった。


「おう、お椀を返してもらいにきたぜ」

「ああ、こりゃどうも。ところでお二方、フグ汁のお味はいかがでしたでしょうか?」

「うん? そりゃあうまかった……って、お前さんも食ったからよくわかるだろうが」


 首をかしげる二人。しかし、そんな二人にお構いなしに乞食は問いかけを続ける。


「ということは、お二方はもう食べ終わったので?」

「おうよ、一時前に食い終わったさ。だからこそ、こうやってお前さんに渡したお椀を受け取りにきたんじゃねえかい」


 その言葉を聞き、乞食はニッコリと笑ってお椀を取り出した。すると、そのお椀にはフグ汁が並々と入っていた。そして乞食はこう言った。


「一時も経って異常がないのでしたら大丈夫ですな。では、ワシもこれからフグ汁をいただくことにいたします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る