町一番の俊足


「あっ、あにきぃ!! てぇへんだぁ!!」


 そう言って岡っ引きの部屋の障子戸を勢いよく開けたのは、岡っ引きの部下の一人の町人であった。部屋の中で何か事件でもねえもんかとふて寝していた岡っ引き、こいつぁしめたもんだと起き上がって町人に言う。


「なんでえ、なんでえ。そんなに慌てやがって、何か一大事でも起きたってわけかい?」

「そりゃあ一大事も一大事さ、あにきぃ!! ついさっき、町の呉服屋に泥棒がはいりやがって、たまたま通りがかったあっしがそれを見咎めて、その泥棒を追いかけたわけでさぁ!!」

「へぇ!! そいつぁその泥棒も運がねえことだ。町一番の俊足と名高いおめえに追いかけられるとは、まったくもってツキがねえや。まあ、ツキがねえから泥棒なんざやっちまうのかもしれねえけどな」


 岡っ引きの言葉に、へへっ……! と指で鼻をこすりながら照れる町人。


「で、その泥棒はどうなったい? とっくにふんじばってお役所に突き出したのかい? それとも、どっかに追い詰めたから、手を貸してくれってわけかい?」


 そいつぁ心外だと言わんばかりの表情になって、町人が岡っ引きに言う。


「あにきも言ったように、あっしは町一番の俊足でさぁ。とっくにその泥棒を追い越して、先にあにきのところへきたってわけさ。さあ、あにき、きっともう少ししたら泥棒もこっちにきやすぜ。表に出て待ち構えておいてやりやしょうや!!」

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