値打ち



 とある長屋に、一人の男が住んでいた。

 この男、悪い奴ではないのだが、ちょっとした悪癖があって、人々から避けられていた。

 その悪癖とは、なんにでも値踏みをして値打ちを口にしてしまうという悪癖であった。

 この悪癖がどれほど徹底されているかというと、この男が近所を歩く時に人と会えば、


「やあ、今日はいい天気だね。おや、どうしたね、そのかんざし。綺麗だねえ。きっと一両くらいかな」


 なんていう始末。この男に会うたびに、一々値踏みをされちゃたまらんと、人々がこの男を避けるようになるのも物の道理というものだ。

 そんなある日、この男の唯一の友人が、男を訪ねに長屋へとやってきた。


「おう、最近の景気はどうでえ?」

「景気? はっ! 長屋に住んでるところから察してくんな!」


 ちげえねえ! と笑いながら懐から高そうな銀のキセルを出してみせる友人。


「へぇ! そいつぁ、また上物のキセルじゃねえか。きっと二両くらいとみた」


 男の指摘に友人は渋面をつくる。また癖が出やがったなこの野郎。

 人は値踏みされるだけでも嫌なものだが、その値踏みがまたほぼ正確であるときほど胸糞悪いことはない。事実、友人のキセルは二両で用立てたものだった。

 不機嫌そうにどっかりと座り込み、友人は男に言った。


「なあ、おめえのその癖、どうにかなんねえか? おめえは悪い奴じゃねえんだが、人様のモンを値踏みするその癖がいけねえ。いや、この際だ、別に値踏みするなとはいわねえ。ただ、それを口に出して相手に言っちゃあいけねえよ」

「ああ、そいつぁ手前でも十分承知してるんだが、どうもついつい口走っちまう。まあだからこそ癖っていうのかもしれねえけどな」

「かもしんねえけどな、口に出すことだけは控えたほうが身のためだぜ。見てみな。前は、おめえも両手の指じゃたらねえほどのダチがいたのに、今じゃ俺だけになっちまってるじゃねえか。そんだけ、おめえの癖は始末が悪いんだよ。今日を境に、その厄介な癖を引っ込めるこったな」

「まったく、おまえのダチとしての忠告、骨身に染みるぜ。こんな俺とまだダチになってくれるだけならまだしも、そんな言葉で俺を励ましてくれるなんて、おまえのその好意からの忠告、十両の価値があるぜ」


 言ったそばからこの野郎!! 友人は、はらわたが煮えくりかえるような思いだったが、この友人、こんな男と友人でいられるだけあって、中々のしたたか者。激昂しそうになるところを、ぐっと押し込め、涼しい顔を浮かべてこう言った。


「へぇ? じゃあ俺ぁ、おめえから十両をもらわなきゃいけねえわけだ。だって、そうだろう? 俺は別にそんな気はねえのに、おめえが勝手に俺の話に十両ってぇ値をつけた。ってことは、おめえは自分の口で言った以上、支払い義務ができたってわけだ。さあ、今すぐ十両、耳をそろえて払ってくんな。それが嫌なら、おめえのその災いばかりをのたまう口を、明日からしっかと閉じて人付き合いをするこった」

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