猫の名前



 村の庄屋の家に、村の男たちが今年の祭りについての話し合いをするために集まっていた。すると、そこに愛らしい三毛猫を抱えた男が入ってきた。


「なぁなぁ、ネズミ捕りをさせようかと、猫を拾ってきたんだが、どうも見た目がいけねえ。可愛いのは悪かねえが、この見た目だとネズミから馬鹿にされやしねえかと心配だ。だからせめて名前だけでも強そうな名前をつけてやりてえと思うんだが、何かいい名前はねえかい?」


 猫を抱えた男がそういうと、集まっていた男の一人が、


「そうだなぁ。とりあえず、猫族の中でいっちばん強い奴の名前でももらっちゃどうでえ? つまり、その猫、虎って名前にすりゃあいい」

「そうかそうか、じゃあこの猫、虎って名前にすっか」


 しかし、これに待ったをかける別な男。


「いやいや、虎なんかより、竜のほうがつええ。昔っから竜虎の争いってえ言葉があるだろう。虎なんかより、竜だ」

「そうかそうか、じゃあこの猫、竜って名前にすっか」


 今度は別な男が待ったをかける。


「いやぁ、竜なんかより雲のほうがつええな。竜は雲をつかんで空を登るっていうだろ? 雲がなけりゃあ、竜は空が飛べねえ、つまり、雲の方が竜よりつええってことだ」

「そうかそうか、じゃあこの猫、雲って名前にすっか」


 さらに別な男が、


「いやいや、雲なんて風にかかっちゃあ形無しよ。びゅぅと一つ風が吹けば、雲なんか散り散りに吹っ飛んじまわぁ。風の方がつええに決まってる」

「そうかそうか、じゃあこの猫、風って名前にすっか」


 冗談いうない、と別な男。


「風のどこがつええってんでぇ。風なんか、堅牢な壁の前じゃなんの意味もねえだろうに。風なんかより、壁のほうがつええ」

「そうかそうか、じゃあこの猫、壁って名前にすっか」


 呆れた声で、別な男。


「なぁ~にが壁がつええもんかい。壁なんてのは、ネズミにかじられちまえば、いくらでも穴だらけさ。壁よりネズミのほうがつええ、つええ」

「そうかそうか、じゃあこの猫、ネズミって名前にすっか」


 とんでもねえ! と大声あげて別な男。


「ネズミなんか、猫にかかっちまえば一瞬でオダブツよ。だからこそ、おめえも猫を飼おうとしてるんじゃねえかい? 誰に聞くまでもねえ、ネズミなんかより、猫のほうがつええ」


 この言葉に、猫を抱いた男、苦虫を嚙み潰したような表情をして、


「なんでえ、結局、猫の名前は猫ってのが一番ってわけかい」


 このやりとりを黙って聞いていた庄屋が、ここにきて、ついに吹き出しながら言った。


「つまり、身の丈にあった名前にしなきゃいけないってことさ。人の人生と同じさ。ちゃんと、身の丈に合ったことをしないと、大恥をかくってもんさ。なんだい、猫に虎だの竜だの。猫は猫さ。名前や見た目に関係なく、その猫はちゃんと猫らしく、十分にネズミをとってくれるさ」

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