この世で一番硬いモノ


 長屋の一室で、暇を持て余した若者連中が集まってぐだぐだと話をしていた。


「なあなあ。なんてことはねえことかもしんねえけどよ、この世で一番かてえもんって言ったらなんだろうな?」

「はぁ? そんなこと話してどうなるってんだよ?」

「どうもこうもなにも、暇つぶしだよ。どうせ話しすんならぁ、頭使ったほうがマシってもんだ」


 なるほど、それもそうだと若者たちは頭を働かせ、思い思いの硬いモノを口にし始めた。


「う~~ん。まあ、ありきたりなところでいやあ、石がいっちばんかてえんじゃねえかなぁ」

「石か。確かに石もかてえが、石なんて金づちでぶん殴りゃあ、カチ割れちまうんじゃねえか?」

「ってえと、この世でいっちばんかてえのは金づちか?」

「バッカ野郎。金づちがかてえんじゃねえで、金づちについてる鉄がかてえんだろうが」

「鉄か。なるほど、確かに鉄が一番かてえかもな」

「でもよぉ、鉄だって削れたり、刻むことだってできるぜ? 本当に鉄が一番つってもいいもんかよ?」


 喧々諤々けんけんがくがくと意見を言い合っていると、突然部屋の入り口の障子戸が勢いよく開け放たれた。一同が思わずびっくりして入口の方へと目をやると、そこには一人のひげ面の男がいた。

 一同はひげ面の男を見るなりげんなりした。それもそのはず、このひげ面の男、尋常ではないほどの図々しい男で、若者連中の間からは鉄面皮てつめんぴと呼ばれるほどのツラの皮の厚い男として有名だったのだ。

 若者の一人が仕方なしにひげ面の男に話しかけた。


「おいおい、何か用かい?」

「用も何も俺にとっちゃあ一大事よ。そんな折、ここでおめえらが一同に会してるってぇのは、まさに天の助けってやつだな」


 チッ、こいつ、まぁたふざけたこと言いやがるんじゃねえだろうな。うっとおしそうに、別の若者がひげ面の男に話しかける。


「一大事ねぇ。どうせ大したことじゃねえんだろうが、まあ話してみろや」

「おう。わりいが金貸してくれや」

「藪から棒になんでえ、てめえ。俺らが金無しだってえことは、てめえだってよく知ってるだろうが。そんな俺らに金を貸せたあ、相変わらずふてえ野郎だなてめえはよ」

「金がねえんだからしょうがねえだろ。てなわけで金貸してくれや」

「バッカ野郎! てめえにゃこの間貸したばっかりだろうが!!」

「かもしんねえけど、もうそれもなくなっちまったんだ。だから金貸してくれや」


 ふざけんなこの野郎!! と怒り狂う若者連中の一人が突然、気持ちの良い大声を張り上げた。


「わかった!! わかったぜ!! この世でいっちばんかてえもんがよ!!」


 この一声に、皆は一様にきょとんとした表情を浮かべたが、それを無視して大声を張り上げた若者は、ひげ面の男を指さしながら言った。


「そりゃあ、あの野郎のひげだ!! あんな鉄面皮野郎のツラの皮をぶち破って出てくるほどのひげだから、きっとその硬さは間違いなくこの世でいっちばんかてえにちげえねえ!!」

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