寒風の対策


 木枯らし吹きさすぶ夜の江戸の町を、一人の酔っ払いが千鳥足で歩いていた。


「おぉ~こいつぁ、いけねえ。歩いて帰れるかと思ったが、思ったより酔いがまわってやがる。このままだと、どっかでおねんねしちまいそうだが、この寒さだとそれこそ永遠におねんねってことになっちまう。どうしたもんか」


 きょろきょろと酔っ払いが辺りに目をやると、すぐそばに酔っ払いの知り合いである商人の住む、二階建ての商家が目に入った。


「こいつはしめた。あいつに一夜の宿を借りることにしよう」


 どんどんと玄関の戸を叩き、商人の名を叫ぶ酔っ払い。ほどなくして、玄関の戸が開き、中から商人が顔を出した。


「どうしたい。こんな夜中に」


 人のよさそうな呑気な声で言う商人。


「おう。見ての通りの酔いどれよ。このまんまじゃあ、いつか地べたでおねんねさ。すまねえが、ちょいと休ませちゃあくんねえかい?」

「ああ、いいよ。ちょうど今、二階の丁稚でっちが故郷に帰ってるから、二階が空いてる。ほれ、玄関の梯子から二階に上がってくれ」

「すまねえな」


 商人に礼を言いつつ、危なっかしい足取りで梯子を上ろうとする酔っ払い。


「あぶねえよ。手ぇかすよ」

「何から何まで、わりいな」


 商人から支えられながら、なんとか二階へと登りきる酔っ払い。商人もそれを見て安心し、自分の寝所へと戻っていった。

 しかし、すぐにまた玄関の方へと戻ってくる商人。なぜなら、酔っ払いが大声で商人を呼んでいたからだ。


「どうかしたかい?」

「どうもこうもねぇ。たしかに布団の寝心地はいいもんだが、さっきから寒風のやつがびゅぅと昇ってきやがるんだ。どうにかなんねえもんか?」

「よしきた! なんとかするよ!」


 威勢よくそう答えた商人だが、何を思ったか、とつぜん二階へと登るための梯子を取り外してしまった。


「おいおい、なにすんだよ。そいつを外しちまうと、俺が降りられなくなっちまうだろうが」


 酔っ払いがそう言うと、商人は誇らしげな顔をしてこう言った。


「いや、こうやって梯子を取っ払うと、風の奴も登っちゃこれねえだろ? 小便がしたくなったときは、また大声で呼んでくれ。そんときゃ、梯子をかけてやるから」

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