長屋の貧乏神


 とある長屋の差配人(大家のようなもの)が、不景気そうな顔をしながら自分の長屋の通りを歩いていた。


「まったく、最近どうにもツキがない。長屋の住居人の家賃は滞るし、空き部屋が目立つようになってきたし、ひどいものだ……」


 そう呟きながら空き部屋となった部屋の一つに目をやると、何か違和感を感じた。なんというか、部屋の中に誰かがいそうな気配。いや、それも違和感だが、なによりその部屋からにじみ出てくるとてつもない貧乏臭のようなものが差配人の足を引き留めた。


「いったいなんだ?」


 部屋に近づき、障子戸を引き開ける差配人。すると中に、見るも哀れな恰好をした痩せた老人の姿が部屋の中にあった。


「おいおいあんた、勝手に入っちゃ困るじゃないか。入居するんなら、俺のところに話をつけにきてくれなきゃ困るよ」


 するとその老人、頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。


「いや、申し訳ない。すぐに出ていくから、もう少しだけここにいさせちゃくれねえかい」


「そういうわけにはいかないよ。ただでさえ最近は家賃が滞っているのに、そこにまたタダで居座られちゃたまらない。しっかりとお足(お金のこと)を払ってくれなきゃ、今すぐにでも出てってもらう」

「しかし、そう言われてもワシはお足なんて一銭も持ってないからのぉ。それに、お足をなくさせるのがワシの仕事のようなもんじゃてね」

「なにをわけのわからないことをのたまってるんだ。お足がないってんなら、しょうがない。力ずくでも出てってもらうよ」


 差配人は息巻きながら部屋の中へと踏み込み、老人の首根っこをつかもうとした。が、しかし、それができなかった。なんと、差配人の手が老人の首をすり抜けてしまったのだ。


「ややっ、これはどういうことだ。まさかアンタ、幽霊のたぐい……」


 怯える差配人に、老人は笑いながら答えた。


「ワシは幽霊ではないが、この世のモノでもない。ワシは貧乏神さ」

「貧乏神だって?!」


 老人の一言に驚嘆する差配人。


「ちくしょう、さては最近の不運続きはテメエのせいだったんだな?! なんでまた俺の長屋なんかによりつきやがった!!」

「まあそう興奮しなさんな。だから言っておるだろう、すぐに出ていくと。ワシが今ここにいるのは言うなれば中休みみたいなものさ。ちいとだけここで休んだら、またすぐに他の悪い金持ちを没落させにいくからな」


 ひっひっひっと下卑た笑みを浮かべる貧乏神を見て、差配人は戦慄した。

 こいつはいかん。なんとかしてこいつを早く出ていかせなければ、俺はきっととんでもないことになっちまう。

 しかし、どうすれば貧乏神は早く出ていってくれるのだろう。

 無理矢理立ち退かせようにも、力ずくでそれができないのは先ほど証明されたし、そもそもそんなことをしてしまえば逆に貧乏神からたたられてしまうかもしれない。曲がりにも貧乏神とはいえ神は神なのだ。

 と、そこで差配人は閃いた。

 そうだ、神様ならばお供え物でもすれば気をよくしてさっさと出ていってくれるんじゃないか?


 差配人はさっそく思いつきを実行に移した。貧乏神が居座っている部屋に、食いものや酒などをせっせとお供えしはじめたのだ。

 貧乏神も最初は、いや迷惑をかけている立場でそんなものはいただけないと恐縮していたのだが、これはお供え物ですと差配人が押し付けるうちに、貧乏神もそれならばと嬉しそうにお供え物を口にしだした。

 そして差配人は翌日も、その翌々日も同じように貧乏神にお供えを続けた。貧乏神はお供え物に大いに満足し、差配人に感謝の言葉を何度も何度も口にした。

 よしよし、この調子ならばすぐに出ていってくれるだろう。

 そう思いながらお供え物を続けて一週間後。いつものように差配人がお供え物を貧乏神の部屋へと持っていくと、貧乏神の姿はそこにはなかった。


「うむ、どうやら出ていってくれたようだ。これも毎日俺がお供え物を捧げ続けたおかげだ。さあこれで明日からきっと景気がよくなるに違いない」


 差配人は喜び、その日の寝床での夢はまさにバラ色の未来によって彩られていた。

 翌日、差配人が長屋の近くへと行くと、なにやらガヤガヤと喧騒が巻き起こっている。これはいったいどういうことだと慌てて長屋通りへと入ると、長屋の部屋のあちらこちらから楽しそうな声が響いてくるではないか。


「おお、こりゃあ幸先がいい。昨日の今日で、部屋が入居人で埋まっていやがる」


 ほくほく顔をする差配人だが、ふと気づいてその顔をしかめた。


「いや、ちょっと待てよ。入居人だとするなら、どうして俺のところに挨拶もこず勝手に部屋の中に入ってやがるんだ?」


 訝しむ差配人。まさか野盗の集団が勝手に部屋を占拠でもしてないよな? なんせ、貧乏神の野郎がいたんだ。そんなめちゃくちゃな不運が起こってもおかしかねえや。

 恐る恐る、部屋の一つの障子戸に手をかけ、少しだけ戸を開けて中の様子を盗み見る差配人。するとそこには、この間の貧乏神が部屋の中央にデンと座っている姿が目に映った。

 こいつぁどういうことだ?! 部屋の障子戸を思いっきり開け放ち、中にいる貧乏神に大声を浴びせる差配人。


「おい!! テメエすぐに出ていくといって出ていったかと思いきや、すぐに戻ってきやがって一体どういうつもりだ?!」


 すると大声を浴びせられた貧乏神、ニヤニヤと笑いながら差配人にこう言った。


「いや、あまりにもここが居心地がいいもんで、一族郎党を引き連れてやってきたんだ。悪いが、しばらくここ居つかせてもらうからそのつもりでな」


 貧乏神がそう言うと、他の部屋から見るからに景気の悪そうなツラをした貧乏神の連中が続々と現れ始め…………。

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