御念仏と御題目
とある長屋の差配人(大家のようなもの)の御隠居さんが、病にふせって寝込んでいた。医者の見立てだと、どうやら今夜が峠とのこと。
そんなわけで、ひょっとすると今夜が最期になるかもしれぬと、長屋の住人たちが御隠居の元へと集っていた。
「御隠居さん、しっかりしてくだせえ」
「うう……励ましはありがてえが……どうやら、もうダメみてえだ……」
そんな弱気なと女たちは涙ぐむが、男たちはさすが江戸っ子というべきか、じゃあせめて御隠居のあの世への門出をいいものにしてやろうと考えた。その中の一人の男が御隠居に言う。
「わかりやした。じゃあ御隠居さんが極楽浄土へと迷わず逝けるように、御念仏を唱えさせていただきやす」
そう言うが否や、ナムアミダブツナムアミダブツと念仏を唱え始める男。それに続いて幾人かの人が念仏を唱え始めたが、そこで一人の男が大声を張り上げた。
「念仏で極楽浄土に逝けるわけねえだろう!! 極楽浄土に逝くには御題目だって昔から決まってらぁ!!」
大声を張り上げた男、そう言い終えるとすぐさまナンミョウホウレンゲキョウナンミョウホウレンゲキョウと御題目を唱え始めた。すると他の幾人かも御題目を唱え始める。
しかし、それに対して念仏を唱えていた連中が大声で言い返した。
「ふざけんじゃねえ!! そんなホウレンソウみてえなみょうちくりんな呪文で極楽浄土に逝けるわきゃねえだろう!! 極楽浄土に逝くには御念仏だ!!」
念仏を唱えていた連中、御題目を唱えていた連中よりも大きな声でナムアミダブツナムアミダブツの大合唱。こうなると御題目の連中だって負けてはいられない。
「てめえらこそふざけんな!! 念仏で極楽浄土に逝けるなんて聞いたことねえぞ!! 御題目は極楽浄土に逝くために作られたもんだ!! 念仏なんかより間違いなく極楽浄土に逝けるに決まってんだろう!!」
御題目を唱えていた連中、俺たちが正しいんだと念仏の連中よりもさらに大きな声でナンミョウホウレンゲキョウナンミョウホウレンゲキョウの大合唱。
こうなってくると、お互いに譲れない。
念仏が正しいんだ!! 御題目が正しいんだ!!
御隠居のことなどどこ吹く風、念仏連中と御題目連中は取っ組み合いのケンカをしはじめた。
すると、死にかけていた御隠居が突然飛び上がって一同を一喝した。
「念仏で極楽に逝けるのか、御題目で極楽に逝けるのか、ハッキリしてくれ!! そうじゃなきゃ、おちおち死ぬこともできやしねえ!!」
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