ウスノロのなぞなぞ


「まったく、最近ちっとも面白いことがねえ。暇で暇でしょうがねえや」


 長屋の部屋の中で、与太郎が大あくびをしながらそう言っていると、部屋の障子戸を叩く音が聞こえてきた。来客のようらしい。


「誰だい?」


 あくび混じりの声で与太郎が言うと、与太郎以上に気の抜けた声が返ってきた。


「俺だ。俺だ」


 ちっ、よりにもよってウスノロの三郎じゃねえか。いったい、なんだって俺んとこに来やがったんだ? まあ、いい。せっかくだし、こいつをちょいとおちょくって暇つぶしをやるとするかい。


「だから、誰だって言ってんだよ」

「俺だよ。俺だって」

「俺じゃなくて、名前を言えってんだよ。まあ、どうせその抜け作みてえな声からするに、三郎だろうけどな」

「なんだよ。わかってんなら、名前を聞かなくてもいいだろう。んなことより、開けてくれよ」

「用事がある奴が開けろや。障子戸だ、錠前なんざついてねえからよ」

「あ、そうだった、そうだった」


 すすっと障子戸が開くと、果たしてそこには間の抜けた顔をした三郎の姿があった。


「なあ、なあ。入ってもいいかい?」

「仕方ねえな。入ってこいや」


 おう、ありがとよ。と三郎はヘコヘコしながら部屋の中へと入ってきた。そして、寝ている与太郎の横にどっかりとあぐらをかいて座る。


「なあ、なあ。今、お前さん、暇してるかい?」

「おめえなあ。暇じゃねえ奴が、こうやって部屋ん中で寝っ転がっていると思うのかよ?」

「いや、ひょっとしたら寝るのに忙しいのかと思ってさ」

「おめえって、本当にウスノロだな。おめえ、夜寝る時に、ああ忙しい忙しいなんてほざいてるバカいるかよ?」

「ああ、そうだ。うん、そうだ。言われりゃそうだ」


 気まずそうに頭をかく三郎。

 与太郎はめんどくさそうにため息をつくと、ゆっくりと身体を起こして三郎に聞いた。


「で? いったい、何の用だい?」

「うん。うん。俺さ、最近、なぞなぞに凝ってるんだ」

「……それで?」


 あからさまな嫌に顔を浮かべる与太郎。もう、嫌な予感しかしない。


「それでよ、よかったら、俺の考えたなぞなぞに答えれるか、やってみちゃくれねえかい?」

「冗談じゃねえよ。ウスノロのおめえが考えたなぞなぞなんて、どうせてえしたことねえに決まってる。やってられっかよ」

「そんなこと言うなよ。よし、わかった。それなら、これならどうでえ。俺のなぞなぞの答えがわかったら、一文やるよ」

「言ったな? じゃあ言ってみろよ」

「よし、じゃあ言うからな。ええっと、脚が四つあって、ひげがあって、ちゅーちゅー鳴く生き物ってなんだ?」


 ドヤ顔で言う三郎に、与太郎は鼻で笑いながら答えを言った。


「なんでえ、しょうもねえ。そりゃあ、ネズミだろ」

「お、よくわかったな。しょうがねえ、ほら、一文」


 袖の中から一文を取り出し、与太郎に渡す三郎。


「なあ、なあ。このままじゃ、俺が損だ。もう一つ、なぞなぞをやろうぜ。答えられたら、今度は五文でどうだ?」


 三郎のこの提案に、与太郎は鼻で笑いながら答えた。


「ああ、いいぜ。どんななぞなぞか、言ってみろや」

「うん。うん。じゃあ、言うぞ。水の中にあって、短いのも長いのもいて、ぬるぬるしてて掴みにくいものってなんだ?」

「そいつは、鳴いたりするんかい?」

「いや、こいつは鳴かねえ」


 与太郎はニヤリと笑って、三郎に言った。


「なら決まりだ。そいつぁ、ウナギだ。それかドジョウだな」

「や、やや。なんでわかっちまうんだ。ううん。しかたねえ。ほら、ほら。五文だ」


 渋々五文を与太郎へと渡す三郎。そして、しばらくうぅ~んと唸っていたかと思うと、突然与太郎に言った。


「なあ。なあ。このままじゃ、俺が損だ。もう一つ、なぞなぞをやろうぜ。答えられたら、今度は十文でどうだ?」


 先ほどとまったく同じ物言い。変わったことと言えば、答えられたら十文だという、掛け金の増加。へん、所詮ウスノロの考えるこたぁ大したことねえだろうと、


「ああ、いいぜ。どんななぞなぞか、言ってみろや」


 与太郎もさっきとまったく同じ物言いで安請け合いをした。


「うん。うん。じゃあ、言うぞ。水の中にあって、短いのも長いのもいて、ぬるぬるしてて掴みにくいものってなんだ?」


 三郎のこの問いかけに、さすがの与太郎も、破顔した。


「おめえ、ウスノロにもほどがあるぞ。なぞなぞがさっきとまったく同じじゃねえか。ってことは、答えもさっきと同じ、ウナギかドジョウじゃねえか」


 すると、三郎は嬉しそうな顔になって言った。


「ひっかかったな。答えは芋茎ずいきの腐ったやつだ。さあ、さあ。十文くれよ」

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