江戸小話集(日本のジョーク・ショート集)

日乃本 出(ひのもと いずる)

裸の女


 そろそろ夕日も落ち、夜のとばりがおりようかという刻限。江戸の町の居酒屋に、三人の男が集って飲んでいた。

 そこに、一人の男が居酒屋の中に飛び込んできた。なにやらかなり慌てているようだが、その表情はなんともだらしのない笑みが浮かんでいた。こいつは何か面白いことでもあるかと、集って飲んでいた一人が声をかけた。


「おい、どうした。なにかおもしれえことでもあったかい?」


 飛び込んできた男、ニヤニヤと助平そうな笑みを浮かべながら、


「それがよ、さっきまですぐ外に、生唾飲み込むような良い身体をした女が素っ裸で歩いてたんだよ」

「へえ! そいつぁ、なんとも眼福なことじゃねえかい。どぉれ、その女ぁまだその辺ほっつき歩いているか見てみるとしようか」

「残念だが、その女ぁ、もういねえよ。同心の旦那にとっつかまって連れていかれちまった。なんでも、気狂いの女だったそうだぜ」

「気狂いだろうが色狂いだろうが、眼福だったことにゃあかわりねえ、そうだろ?」

「へへっ、ちげえねえ。こちとら、さっきの女の身体を肴に一杯やろうってわけさ。オヤジ! いっぱいつけてくんな!!」


 どっかりと席に座る男。その男に、また別の男が話しかける。


「ところでどうでえ。そんな良い身体の上にのっかってた顔はどんなもんだったかい?」


 そう聞かれたところで、男は急に笑みを引っ込めて困惑の表情を浮かべた。


「いや……それが、なあ……」


 そんな男の様子に、皆は察した。ははぁ。さては、身体は一流でも顔は三流というようなことってわけかい。


「なんでえ、なんでえ。天は二物を与えずっていうもんだが、やっぱりその通りってわけかい? よほどの不美人だったってわけかい?」

「いやぁ……そういうわけじゃねえんだが……」

「ハッキリしねえやつだなぁ。どうだったんだい。美人だったかい。それとも不美人だったかい」


 飛び込んできた男。この追及に頭をかきながら、ばつの悪そうな顔をしてこう言った。


「いや、な。その女があまりにも良い身体ぁしてたから、顔のほうには目がいかなかったんだよ。だから、美人か不美人か、わからねえ」

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