僕の妹は魔法を打つたび鼻毛が伸びる

斉藤なっぱ

第1話

コケコッコー


朝からやかましく近所の鶏が時を知らせた。いつものようにその声で目を覚ました僕はいつものように顔を洗い歯を磨く。櫛で髪の毛をとかすとわりと爽やかな好青年が鏡にうつっている。朝から町は騒がしい、そう、今日は祭りなのだ。


「お兄ちゃん!お兄ちゃんってば!」


「なんだよやぶからぼうに、今日は祭りだろ?行かなくていいのか?」


「見て、これ巫女の衣装なの、私は今日、祭りで演舞を披露するのよ!絶対見にきてよね!」


これが僕の妹、サーシャ・ペスだ。

兄の眼から見てもとても可愛い。子猫のように愛くるしい表情でくるくると回ってみせる彼女はさながら妖精のようにも思えた。


「気が向いたら見に行くよ、俺も今日は何かをやらされるんだ、忙しいんだからまたな」


妹の晴れ舞台を見たい気持ちはやまやまだったが、僕は祭りで神輿を担ぐことになっていた。やれやれ、面倒くさい。玄関先で新調したばかりの靴に履き替え、僕は外の空気に触れた。涼しい風が吹いてる、夏真っ盛りの今、風が強いことは幸運だった。


「よう、アレス!祭りだってのに浮かない顔だな」


僕の名前はアレス・ペスという。体格のいい金髪。これが友人のゴッグだ。


「ゴッグ、僕は低血圧なんだ、鶏が鳴くから目を覚ましちまった、もっと寝ていたかったのに」


そうやって愚痴を垂れ流すと、やれやれといった感じでゴッグは肩を思いっきり叩いてきた。


「辛気臭いことは忘れるこった!今日くらい晴れやかにかましてやろうぜ!」


そういってゴッグは額に巻いた鉢巻をぎゅっと縛りなおした。相変わらず熱い男だ。ただでさえ暑いのに余計に暑くなりそうで思わず僕は天を仰ぎ右手で頬に風を送った。少しは涼しい。なにか扇子的なものがないかその辺を見回してみたが、それらしきものは何もなかった。こんな辺鄙な村の小規模な祭り。それに浮かれるほど僕はのん気じゃなかった。さっさと終わらせて妹の晴れ舞台でちらと見て、すぐさま家に帰って風呂に入って眠りたかった。今思えばこんな自堕落な気持ちで神聖な神の儀式に参加したことが、いけなかったのではないかと思うのだった。


担ぐ予定となっていた神輿は、神社のすぐ側にある倉庫に眠っている。相変わらず、和洋折衷的な、何をあがめているのかまったく理解不能なデザインをしている。ちょっとばかりの信仰心も持ってない僕は、このデザインの神輿を担いで街中を練り歩く意味を知りたかった。でも 何年も受け継がれている伝統だから、僕はこの伝統に逆らうわけにはいかなかったし、またそんな反逆的な心情を誰かに吐露して険悪な雰囲気を作る気にもなれなかった、卑しくもローラン人で、八百万の神様を有するこの国において僕は無力だった。そう、この日までは。

 どこからか祭囃子の音がしてきた、出店も出始めている。僕らは法被を羽織り、この得体の知れない神輿を担いだ。この神輿は何キロくらいあるものだろうか、ずしりと肩にかかる重さと、悪趣味な神々のモチーフと、やたら派手でこれまた何を崇めているのかまったくわからないデザインの法被が、奇妙な空気を醸しだす。和なのか洋なのかはっきりしない音楽が流れてきて、わっしょいわっしょい言いながらこの寂れた村を練り歩く。昨日あまり眠れなかった僕は、さっさと家に帰りたかった。村長が甲冑を着込んで馬に乗り、先導していく。僕らは神輿を担いでそのあとをついていく。結構な重さがあって肩のあたりがずしりと痛んだ。山の頂上にある神殿まで来ると、やっと休憩になり、芋煮込みの汁が振舞われた。一体何の意味があってこんなことをやっているのだ。芋煮の汁をすすりながら妹の晴れ姿を見ておかねばならないことをやっと思い出していた。一通りの休憩が終わった後、僕は神殿に向かった。

あの妹が舞を披露するのである、兄として見ておかねばならないだろう。

神殿はこじんまりとした木製の建物で、これまた何を信仰しているのかわからない謎の御神体がどんと座っていて、よく見ていると邪神の像にも似た何かを感じさせるものであった。妹の姿は白と赤でできた袴姿で、普通の巫女の衣装であった。


「お兄ちゃん来てくれたの!」


妹が嬉しそうに話しかける。神聖な舞が始まるってときに大声を出したものだから、妹と僕は偉い人から咳払いされた。妹の姿は伝統的な巫女そのものである。

和洋折衷な音楽が流れ出し、浦安の舞が始まった。そう、巫女とはそういうものだ。

だが、僕の目には邪神の像にしか見えない御神体がこれでもかというほどの異彩を放って映っていた。


浦安の舞がひととおり終わり、村人たちが拍手で迎え綺麗だったねなどと言い、その日の祭りの神聖な儀式は幕を下ろしたかのように見えた。突然御神体が光を放ち、空中を舞った。


「選ばれし者よ」


御神体が光を放ち、僕に向かってくる。どこから響いてくるのかわからないその不気味な声は、周囲を唖然とさせるにはそんなに時間はかからなかった。

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