第36話
僕が白昼夢に苦しめられている間鼻毛がでたサーシャとイリアとメリッサは攻撃の手をやめないでいた。僕はよろめいて多分気絶していた。そして目が覚めるとシャボン玉のような幻覚が僕を襲っていた。魔王の第二形態はすこぶる強かった。倒れている、メリッサもイリアもサーシャも。鼻毛の集団だ…僕はへらへらと笑い、魔王の前に立ちはだかった、もう恐れるものは何もない、僕はオリハルコンの剣を構えた。
「お前鼻毛が出てるぞ」
魔王に突然指摘され、自分の鼻を確認した。なんてことだ、僕も鼻毛が出てたのだ。長い間指摘できなかったことを簡単に言ったこの魔王のことが急にとてつもなく憎らしくなった。
「もう僕は狂っている、お前に勝ち目はない!」
そうして魔王と斬りあいになる、多分こいつにもコアがあるはずなのだ。斬りこんでいくにつれてだんだんマントが綻びてミイラのような肉体が明らかになるとそこにコアらしきものはなかった。僕らは全滅する、多分。しかしさっきから魔王は疲れた様子を見せていた。魔力が尽きたのだ。さっき気絶し眠っていたのですこしは回復した体力で僕は魔王のそれより上回っていた、魔王がよろめいた。そして見える光。幻覚だったのかもしれない、これも。
幻聴だったのかもしれない、すべてが。だけど現実は魔王と対面して今魔王を倒そうとしている。
「これで終わりだ!」
僕が叫んで魔王のミイラのような体を一刀両断した。断末魔がフロアに響いて倒れた三人が起き上がる。
「アレス」
「無事だったのかおまえら」
「ようやく倒したのね」
「サーシャ、マジックパワーが尽きて気絶したの」
涙でくしゃくしゃになりながらメリッサが言った。鼻毛が出ている。もうこれは幻覚なのだと理解したから笑いも起きなかった。魔法の聖水を使ってサーシャが意識を取り戻した。
「ついに魔王を倒したのね」
倒れた魔王をつんつんするなどしてちゃんと死んだか確認しにいった。なんだったのだ、この旅は。ご神体から予言されたあの言葉もサーシャの鼻毛もすべてが夢幻だったのか。だけど僕らは魔王を倒した、世界に平和が訪れる。竜騎兵がラッパを吹く、僕らは王都に召喚されていた。今まで無視してたくせに王様は褒美をたんと用意し僕らを出迎えてくれた。これで何もかもが終わった。あとは村に帰って病院に行くだけだ。
「アレス、僕も村についていっていい」
イリアが突然言った。前に見た夢の続きのように。
「アレスとサーシャが育ったところが見てみたい」
褒美の金貨の袋は以前イリアが抱えていた薬草の袋よりかはいくらかは小さくなった。
「私は……村に帰る」
メリッサはそういって悲しげにした。お前もついてきていいんだぞ。
「この…お金で事業を始めようと思う……うまくいくかはわからないけど……」
何の事業を始めるつもりなのだろう、ケーキ屋だろうか。頑張れよと一言言って、僕らは村へと帰還することになった。
「おお勇者よ!待ち構えていたぞ!」村長が出てきて僕らを讃えた。
「さっき鷹の爪って連中が来たけど何者?」
あいつら僕らを追ってきたのか……
「村長医者を紹介してください」
「は?医者を?」
「僕幻覚が見えるらしいんです」
つたう涙は暖かくて物寂しいこの村に僕は佇んでいた。僕の妹は魔法を打つたび鼻毛が伸びる。そんな馬鹿げた呪いも何もかももう終わった。その後イリアとサーシャは結婚した。僕は一人きりでこの病院に入院していた。時々ゴッグや鷹の爪の連中、そしてイリアや花嫁になったサーシャが面会に訪れてくれる。そのあとハーフエルフの姪ができて可愛いその姿を僕にみせるのだった。いつから正気でなかったのか、廃人となった今となっては何もかもがもうよくわからない、ただ村の時間はエルフの時間のようにゆっくり過ぎていく。たゆたうように。
僕の妹は魔法を打つたび鼻毛が伸びる 斉藤なっぱ @nappa3
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