第10話

僕らは以前いた町カナルドの町まで引き返していた。ここにはゴールデンスライムという、黄金でできたスライムがまれにだが出現する、そいつの体から剥ぎ取れる素材は高値で取引されているのだ。それを狙って日暮れまで徘徊していたが、いっこうに奴の姿は見えなくて、イリアがそろそろ日が暮れるといわなければ、まだねばるつもりであった。


「出なかったねゴールデンスライム」


残念そうに妹が鼻の辺りをこすると鼻毛がさらに伸びていた。

もう吹き出す気力も残っていない、宿屋に帰るしかない。


「明日は出るといいですけどね」


イリアが溜息をつき、ぼんやりと呟くとすっかり日が落ちて寒くなっていた。

肌にさぶいぼができている、戻らなければ体調をこわす。しかし帰ろうとした瞬間ザザザっと黄金のスライムの姿が見えたのであった。


「しとめたり!」


妹がファイアーボールをすかさず投げる。きゅううとゴールデンスライムが土の上に落下すると妹はやったね!といわんばかりにこちらを見つめた。やはり鼻毛がまた伸びていた。器用にゴールデンスライムの黄金を剥がしていくと、黄金が寒空のしたキラキラと輝いて、妹は満足げに見せびらかすのであった。僕らのレベルは5になろうかならないかくらいである、デアゴオミーラのレベルは16だ。次にレベルが上がったら妹は新しい魔法をいくつか覚えられることになっている。まだまだここでレベルを上げて、ゴールドを稼がなければあのボスでさえ攻略不能なのである。


「やりましたねサーシャさん、粘った甲斐がありましたね!」


嬉しそうにイリアが話しかける。


「幸運だったね!」


鼻毛が出ていて何が幸運なのだ。僕はなんだか悲しくなってしまった。アンニュイな気分になったところで二人ともウキウキして宿屋へと帰還した。


「ゴールデンスライムの皮ですか、最近乱獲が進んでいてあまり高値がつかないのです」


魔物の皮を引き取る商人がそう漏らすと、ええっと言って妹がのけぞった。


「つまり、在庫がいっぱいあると」


「そうですね、残念ながら600ゴールドいやそれ以下になるかも」


「そんなー」


肩を落とした妹にイリアがそっと手を貸す。たしか以前この町に来たときは、ゴールデンスライムの皮は一枚1500ゴールドの価値があったはずだ、あれからそんなに経っていない。


「他のパーティが乱獲していることっていうことか」


「ま、600ゴールドでもないよりましです。あそこに居た頃よりはよほど旅費の足しになるでしょう、しかし僕ら以外にもハンターがいるということですか、随分やりにくいことですね」


イリアがホットミルクを飲みながら酒場で呟く。本当ならエールを頼んで豪遊するところだが、自分たち以外にもハンターがいるとなると今後の見通しが厳しく、三人で襤褸机を囲んでミルクとフランスパンでも齧っているしかなかった。

酒場の酒の棚には銘酒が並んでいて、それを三人でうらやましく眺めていると後ろから大きな声が響いてくる。


「いやーゴールデンも狩り尽くしたし、そろそろ別の場所に狩場を移しませんか兄上」


「そうだな、そろそろそうするか、素材屋も金をだし渋るようになってきた、このままだとゴールデンの皮は無価値になってしまうわ」


大男たちがそんなことを喋りながらエールを頼んで豪遊している。

あいつらがそうなのか、魔王を退治するという大きな目的のある僕たちとは違ってただのゴールド稼ぎにしか見えなかった。


「親父、勘定」


「へい、まいど」


男たちが酔っ払って酒場をあとにすると、それを聞いていた僕たちは狩場が開放されたことを偶然知ってしまっていた。


「あいつらが……」


イリアが残念そうにしながら残りのホットミルクを啜った。


「これで狩場は開放されたってことね、でも値段が下がるくらいに狩られてたってことはもうそんなに残ってないかもね」


妹も釣られたように溜息をついてホットミルクを啜った。

しかしいくら狩場が開放されたとはいえ価値の下がったゴールデン狙いではせっかくここまで引き返してきた意味がほとんどなくなる。


「お兄ちゃん、どうする?」


妹が無垢な瞳で可愛らしい顔を向けてきた。最近鼻毛の調子は絶好調のようであった。


「そうだな前よりはマシだ、ここに留まってレベルを上げるのが最善だと思う」


僕がそういうと妹はにっこりと微笑んだ。鼻毛さえ出ていなければ村でも評判の美人だったのに……


「サーシャさん、しばらくここで頑張りましょうね」


イリアがにっこりと微笑むと、サーシャは苦笑しながら朝の乾布摩擦はやめたほうがいいんじゃないかと苦言した。


「え、なくなった祖父が体に良いと言っていたんですが……」


「見てるこっちが寒いよ、いくら北国生まれだからって……ね?」


「そうかなあ」


イリアは随分悩んだ様子でフランスパンを齧っている。やっぱりこいつはアホかもしれない。襤褸机に置かれた食材を食べきった僕らはやはりここに留まることにした。

カナルドの町でどのくらいレベルが上がるだろう、そしてゴールデンスライムはまだ出現するだろうか?色んな不安な要素を抱えつつ、僕らは寝床についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る