第4話

次の町まで10キロ、歩けない距離じゃないな。その町ならこの弱弱しいひのきのぼう以外のもっと使える武具が手に入るかもしれない。地図を確認していると妹がそれを覗き込んできた。


「ねえお兄ちゃん、次の町までどのくらい?」


「10キロほどだな路銀の節約のためにも歩くぞ」


「ええー」


今日の妹の鼻からは何も出ていない。なぜ出たり引っ込んだりしているのか今のぼくにはまるで分からなかった。僕らは宿をあとにし、途中でぶちスライムやドラキーにう出会ったりしながら次の町を目指した。


「ファイアボール!」


妹がうったその炎がドラキーを燃やすと、やったね!といわんばかりに僕のほうを振り返った。


その瞬間僕はきづいた。


僕の妹は、まほうを打つたびに鼻毛が伸びている。

これはどういうことだ、しばし顔の表情を曇らせ僕は沈黙した。いくら考えてもこれはおかしい。しかもあの鼻毛、妹には見えていないらしいのだ、

そうすると何か、僕にあの御神体が何らかの呪いをかけたとしか思えない。

これから何十回、何百回と妹の鼻毛を見ることになる、そのたびに僕は一人悶々ともだえなければならないのであろうか?

僕にお前鼻毛でてるぞといえる勇気があれば簡単に解決するが、僕にはそれをとても口にすることはできなかった。


「どうしたのおにいちゃん、様子が変だよ」


妹が僕の顔を覗き込む。変なのはお前の鼻だ。その言葉をぐっとこらえて僕らは新しい町へと移動することにした。その間妹はまほうをいくつも打ち、鼻の下がえらいことになってしまっていた、まるで鼻の下がアフロみたいに。

そのもんじゃらめいた鼻の下を見るたびに僕の心はなんともいたたまれない気持ちにさせられた。言ってしまうべきだろうか、それともこんなことは僕の心のなかのブラックボックスにそっとしまっておくべきなのだろうか、今から魔王を倒しにいくという壮大な冒険の手前で、僕は一人悩む羽目になってしまった。

次の町につくころには魔物に一匹も出くわさず、妹の鼻から鼻毛は姿を消していた。


やはりこれでよいのだ。


僕さえ言葉を発しなければ丸く収まる。しかしこの先魔物が強大になるにつれ妹の鼻毛もどんどんパワーアップしていくに違いない。その光景はかなりのシュールであろう、僕は笑わないでいられるだろうか、世界の命運を握っている僕の胸の中で、ひたすら妹の鼻毛のことのほうが心の大部分を占めていた。町に着けば魔物はいないし鼻毛もひっこむ。僕はできるだけ妹の顔を見ずに歩いた。

町は潮騒の香りのする港町で、その光景は壮大なものであった。

ここでできる限りの装備を準備しなくては。このひのきのぼう一本では、スライムを倒すのにも3回か4回は殴らなくてはならない。レベルはどうにか2には上がっていたが、本当にこれっぽっちも強くなった気がしないのであった、妹は先に部屋に戻っておくねと言ってそこから別行動となった。とにかく強そうな武器と防具を装備しなくては!防具屋と武器屋をひととおりめぐり、どうにか冒険者らしい装備を手にすると、さてこれからどうやって魔王のいるキングダムに乗り込むのか、果たして二人だけでしかも時折鼻毛が伸びて笑いを誘う状態でどうやって倒すのか、まだまだ先は長い、僕は不安に駆られ、遠くの海を見つめた。


「お一人ですか?」


突然後ろからつややかな声が響いた。一瞬、聞いた声だと思った。どこで聞いた声であろうか?姿を確認すると、あの時1オンスを拾って手渡してくれたエルフの少年ではないか。


「そうですか、御神体の予言によって世界を救う旅に出られたのですね」


「ああ、でもまだレベル2だ」


僕はぺらぺらとよく喋った。妹から鼻毛は出ていなかったですか?と聴くことはできなかった。


「僕もその旅に参加しても良いですか?」


え?今何といった?


「僕の名はイリヤ・ベージュです。主に回復まほうを使います、ちょうど仲間を探していたところなんです」


イリヤは恥ずかしそうにうつむいて、少しはにかんでみせた。

回復役がいるのは心強い、しかし何故僕らなどに協力してくれるのだろうか?

そのとき聞いておくべきであった、妹から鼻毛が飛び出しているように見えなかったかと。


だけどそのときの僕は仲間ができたという喜びに満ちてその呪いのことは一切頭になかった、よろしくといって握手をし、一緒の宿に戻ることになってしまった。



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