第7話
季節はすっかり夏になっていた。半そでになった妹はどこぞのコスメ屋で買った日焼け止めを一生懸命皮膚に塗りたくっている。鼻毛が出ていたらどんなに色白でも台無しじゃないかと思うのだったが僕にしか見えてないその鼻毛は夏のあたたかな風に吹かれてゆらゆら揺れ動いていた。イリアのほうはというとノースリーブになり、海賊のような格好をしていた。エルフに日焼け止めなど無用であろう。妹は羨ましがり、妬んだ様子もなく肌の露出した部分に更にUV加工を施していた。妹はワンピースを着こなしていて、冒険には不向きじゃないかと注意すると烈火の如く怒り出した。
「私は年頃の娘なんだからオシャレしたいに決まってるじゃない!」
そりゃそうかもしれんがお前鼻毛でてるんだぞ。
イリアがすかさず
「よくお似合いですよ」
そう言って照れてみせた。
「ありがと」
まんざらでもない様子で妹はすこし顔が赤くなった。僕は部屋のソファに寝そべりながらその様子を観察していたが、裸の王様の話を思い出していた。
誰にも見えない服を着込んだ王様。
誰にも見えない鼻毛がでた妹。
似ているではないか。
そんなことを考えながら熱帯夜を過ごしていると突然僕は眩暈を起こし、意識が遠のいていくのを感じていた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
サーシャの声でうっすら意識が戻ると、
「鼻毛…鼻毛が……」
「お兄ちゃんしっかりして!
「毛がどうかしましたか?」
イリアが僕の顔を覗き込む。妹の手はしっかりと僕の手を掴んでいた。
「ふむ、ただの熱中症でしょう」
医者からそのような診断を受け、仲間はみんな安堵した様子だった。
この猛暑の中で鎧をつけぼうっとしていたら仕方がない。
「あの毛がどうかしたんですか?」
イリアが真っ直ぐな瞳で僕を見つめて話しかける。
食塩水と砂糖水で作ったスポーツ飲料をがぶがぶと飲んでいる最中であった。
「実は毛根が死滅する夢を見て……」
「それはそれは大変な悪夢でしたね」
イリアは僕の嘘を見抜いたのかもしれない、冗談とも本気とも取れない言い方をしてさらりとかわしたように見えた。
「なあイリア、サーシャに何かおかしなことが起こっているように見えなかったか?」
「はあ?」
呆然とした様子で僕の戯言をはねつけた。
イリアの銀の髪の毛が夏の涼しげな風を受け止めてサラサラと靡いていく。
やはり毛が見えているのは僕だけなのだ。
王様のロバに出てくる大きな穴があれば叫んでやりたかった。
「おれの妹の鼻から鼻毛がでている!」
夏の空は高く澄んで積乱雲がもくもくと空の間に立ち込めていた。
今夜あたり、雷になるかもしれない。
信仰心というものをこれぽっちも持ち合わせていない僕が教会へ足を忍ばせたのは夕立が降る直前のことだった。
「は?妹さんの鼻から鼻毛がでているのですか?」
懺悔室へ通された僕は藁にも縋る思いでその秘密を打ち明けた。
「ごほん」
シスターはむせてしまったらしい。
「だったら一言注意すればすむでしょう」
「それができないんだ、僕は勇者なのに」
そう、僕は勇者なのだ。でも……
「ささ問題は解決しました祈りましょう、神はあらゆる罪を許してくださるでしょう」
そうやって懺悔室を出るとシスターの大爆笑が聞こえた。
僕にとっては命を脅かすほどの悩みだというのに。
僕は悔しさでいっぱいになって自室へ戻っていた。いつか妹の鼻毛が見えなくなったら言ってやるのだ。おい、お前鼻毛でてんぞと。
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