第38話 誘拐
けたたましい音と共に怪しげな者達が室内に乱入してきた。
「何者だ! この家に一体何の用だ⁉」
天功が立ち上がり声を張り上げる。
紅玉は蒼子を抱き締めて壁際へと後退する。
狭い部屋に流れ込んで来た者達は三人を取り囲むように広がった。
「その子供を渡せ。でなければ殺す」
一人の男が紅玉と蒼子の前に進み出る。
右頬に大きな傷のある男から放たれる威圧感に蒼子は背筋が冷えた。
この男……只者じゃないな。
刺すような殺気に肌がひりつく。
紅玉も同じように感じたのか蒼子を抱き締める腕に力が籠る。
しかし、紅玉と蒼子を庇うように天功が立ちはだかる。
「天功殿!」
「幼い子供にこんな大勢で……何が目的だ?」
「知る必要はない。早く渡せでなければ……」
感情のない目でこちらを見る男は温度のない声で続ける。
「子供ごと殺す」
言葉と共に放たれた殺気に蒼子達だけでなくその場にいる全員が硬直
した。
「その男は前回殺し損ねた奴だな? また会えて嬉しいぜ」
蒼子はその言葉に不快感を覚える。
「腕をもらうつもりだったんだけどな。腐り落ちてもいないみたいだし、残念だ」
「あんなかすり傷、もう綺麗に治って痕にもならなかったが」
「ほう? なら次は切り落としてやろう」
舌なめずりをする獣のような男を蒼子は睨み付けた。
「紅玉、こんなヤバい奴と付き合ってるなんて聞いてないわ」
「付き合ってません」
「怪我のことも聞いてない」
「言ってませんからね」
蒼子は紅玉を睨み付けて頬を抓る。
「生意気な口を叩くのはどの口? これか?」
柔らかい声音で凄みながら蒼子は言う。
「いはいれす」
「苛められたらすぐに言えといったのを忘れたのかしら?」
「いひめられへらいれす」
「まぁ、いいわ」
蒼子は紅玉の頬から手を離すと同時に自分で紅玉の腕から抜け出て、頬に傷のある男に向き直る。
「駄目です!」
「出て来てはいかん!」
二人を無視して蒼子は男の前に進み出る。
「私をどこに連れて行く気?」
男はわざわざ屈んで蒼子に視線を合わせて不気味に口元に笑みを浮かべた。
「何だお前。泣かないな。子供はピーピー泣くもんだろ」
「私は子供じゃない」
蒼子は男を見据えて言う。
「珍しいガキだ」
そう言って蒼子の服の帯を掴んだ。
「うわっ……おい! 降ろせ!」
突然の浮遊感に蒼子は手足をばたつかせて抵抗するがそれも虚しい。
帯が腹部に食い込んで苦しい。
「蒼子様!」
「連れては行かせん!」
そう言って天功が男に掴み掛かろうとする。
しかし腕を払われ首を掴まれてしまう。
「うぐっう……」
苦しそうに呻き声を上げる。
「天功殿!」
「うるせぇな」
不愉快そうに男は腕の力を強める。
「がはっ」
男の長い指が天功の首に食い込んでいく。
「止めて!」
蒼子は叫ぶが男は力を緩める気配はない。
天功の首を絞めながらも片手で掴んだ蒼子の帯は掴まれたままだ。
「舞優! 危害は加えないという約束だろ!」
そう言い放ち男を止めたのは見覚えのある顔の青年だった。
青年に諌められて舞優と呼ばれた男はようやく天功から手を離す。
「ちっ」
大きく舌打ちした男は天功を突き放し、天功は尻餅を着いて床に転がった。
「ごほっごほっ……けい……桂月」
解放されて大きく咳込む天功を気遣うような視線を向ける青年は竜神の社で見かけた青年だ。
名前を呼ばれて戸惑いの表情を浮かべるが天功と目が合うと何かに怯えるように顔を背けた。
「その子も俺が連れて行く」
「うるせぇな。ほらよ」
「きゃっ」
急に放り投げるように蒼子は手放された。
桂月と呼ばれた青年に受け止められたので床に落ちることはなかったが扱いが雑過ぎる。
「大丈夫かい?」
これから攫おうとしている子供に優しく声を掛ける桂月を不思議に思いながらも蒼子は素直に頷く。
それから帯を乱暴に掴むのではなく、紅玉のように優しく抱え直す。
「蒼子様を離せ」
紅玉の鋭い視線と殺気が桂月に向けられる。
「行くぞ」
桂月は紅玉の言葉に分かりやすく動揺し、そそくさと背を向けて歩き出した。
彼も望んでしていることではないのだろうと蒼子は理解した。
「紅玉」
蒼子の声に紅玉は一度殺気を収める。
「水浴びをしてから迎えに来て」
一言残して蒼子は桂月達と共に天功の家を後にした。
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