第21話 相性の悪い二人

「恩人とは知らず、とんだ誤解を……。申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げているのは紅玉である。


 蒼子は紅玉と柘榴にこれまでの経緯を説明し、鳳の家に世話になっていたことを話した。この港町で起きている少々厄介な事情も含めてだ。


 蒼子と鳳を追って来た天功は顔見知りだという警吏と共に人攫いを縛り上げて連行して行った。


「いや、良いんだ。幼い娘が見ず知らずの男と一緒にいれば驚くに決まっている」


 紅玉は蒼子を追いかけて来た鳳を誘拐犯の仲間だと勘違いしたらしい。


「すみません……ようやく視界の中に彼女を見つけたと思ったらいきなり攫われかけて、後ろから迫って来る貴方も誘拐犯の一味だと思い込んでしまって。もしかしたら彼女を言い様に丸め込んで手元にくるように仕向ける為の罠なのではないかと……」


 警戒心の強い紅玉は蒼子と鳳の双方から話を聞くまでは警戒を解こうとしなかった。


「恩を受けた方に対する振る舞いではありませんでした。反省しております」


 紅玉は少し項垂れて、羞恥で染まった頬を隠す。

 蒼子の口から語られた経緯と状況を聞き、対面した時よりも紅玉の警戒は和らいでいるように思えた。


「それだけ彼女を想ってのことでしょう。私達にも兄弟がいるので心配する気持ちはよくわかりますよ」


 机にお茶を並べながら柊は言う。


「そうなのよ。この子、彼女のことになると酷く視野が狭くなっちゃって。本当はもっと穏やかな子なんだけど」


 そう言って肩を竦めるのは柘榴である。


「あら、いい香りね」


「茉莉花です。クセの強いものも多いですが、このお茶は香りが良く、しぶ見が少なくて美味しいんですよ」


「ホント。凄く美味しいわ。貴方、お茶を淹れるの上手なのね」


 お茶の入った碗を手に柘榴が柊を称賛する。


「柊はお茶だけじゃなくて、料理も上手で美味しいわ」

「まぁ! そうなの! 凄いわ」

「大したことはありませんよ」


 そう言って柔和に微笑む柊と柘榴は会話が成立する相手だと認識できた様子だった。


「コホン」


 弾みかけた二人の会話が不自然な咳払いで中断される。


「今後のことについて話しておきたいんだが……」


 鳳の言葉に柊が頷く。


「蒼子さん、少しお休みしませんか? 疲れたでしょう?」


 柊が蒼子を抱き上げようと手を伸ばした。


「うーん……まだ……」


 先ほどから眠そうに目を細めている蒼子だが、自分は眠くないと首を横に振る。


「少し休ませて頂きましょう。体力も少しずつ戻るはずですから」


 紅玉の言葉に蒼子は少し不服気に頷いた。


「隣の部屋で休んでいてもらいますね」


 柊は紅玉に告げて、紅玉も頷いて抱いていた蒼子を柊に預けた。


「じゃあ、私が付き添うわ」


 柊の後を柘榴が追いかけるようにして立ち上がる。

 三人が扉の向こうに消えると紅玉は鳳に向き直った。


「蒼子がいる手前、話し難いことだったのでな。昼寝がてら退室してもらった」


 鳳の言葉に紅玉は頷く。


「蒼子からそなた達は人を探していると聞いたが?」


「ええ、その通りです。我々は人を探して王都からこの町にやって来ました」


 その途中散々な目に遭ったのだが、その全てを鳳に話す程、紅玉はまだ鳳を信用していなかった。


 先ほどの柊という青年は只者ではない気配がするが、蒼子や自分達に害はないと感じた。蒼子を見る目が幼い妹を前にする兄のようで、接し方も慣れている。


 しかし、この鳳という男は信用ならない。


 蒼子に対して邪な感情を持っているのではないかとそんな風に感じていた。


 恩人に対してこんなことを思うのは恥知らずもいい所だが、どうにもこの男を警戒しろと父性本能が訴えている。


 そんな紅玉の心中など知る由もなく、鳳は続ける。


「どうも、蒼子の結婚がかかっているらしいな」

「そこまで話しておりましたか」


 彼女は一体、どこまで鳳に自分達のことを話したのだろうか? 


 紅玉は固唾を飲み、鳳の言葉を待った。


「一体、誰を探しているんだ? 顔は広い方だ。力になろう」


 鳳は真剣な声色で紅玉に言った。


 蒼子に詳しく話を聞こうとしてもはぐらかされてしまって、全貌が見えないのだ。

 鳳が把握していることは蒼子が酷く大人びている不思議な娘だということ、人探しをしていること、自身の婚姻がかかっていること、蒼子と婚姻を結ぼうとしている変態がいることぐらいなものだ。


 そもそも人探しというが、その人物は実在するのかも怪しい。


 実在もしない人物を探すように命じて、諦めさせて、蒼子を手に入れようとしているのではないだろうか。


「蒼子はただ可愛いだけでなく、不思議と大人びた娘だ。おかしなことを考える輩がいてもおかしくはない」


 幼くも整った顔立ち、艶やかな黒髪は歩く度にたおやかに揺れ、口を開けば度々毒を吐くが、そんな唇すらも愛らしい。


 食べたくなるほど可愛いとはこのことだ。


 鳳は庇護欲をそそられていた。それは完全に父性から来るものだと自覚している。

 子供を持ったらこんな感じなのかと、子供もいないのに父親気分である。


 とにかく詳しく事情を聞いて蒼子の身に危険が及ぶことがないように、出来ることなら協力したい。


 それが鳳の望みだった。


 しかし、そんな鳳を前に紅玉は警戒心を一気に高めて、汚らわしいものを視るような目をしていた。


 何だ、この男……まさか親切心を装って彼女に邪な感情を抱いているのでは……?


 鳳の溢れる父性が紅玉には全く別のものに映っていた。


 このまま蒼子をこの場所に留めておくのは危険過ぎると判断した。

 もしや自分達が来るまでの間に、蒼子は悪戯されたり辱めを受けていたのではないかととてつもない不安に襲われた。


 自分が目を離した隙にこんなことに……!


 激しい後悔と自責の念で眩暈がした。


 その辺りは後ほど慎重に確認して、事実であるならば然るべき措置を取らなければならない。


 そこへ蒼子を寝かしつけた柊が戻って来た。柘榴が蒼子へ付き添い、入室してきたのは柊だけである。


 そんな二人を見て、柊は何となくだが感じたことがある。


 この二人、相性良くないですね……。


 意思疎通の出来ていない二人を見て、柊は腕を組み溜め息を付いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る