第34話 天功の元へ
「気持ちの良い場所ですね」
蒼子を抱いた紅玉が感嘆の声を漏らす。
「本当に。ここの水は清いから、水を含む木々、土、空気でさえも私達に味方する」
太陽の光が豊かな緑に降り注ぎ、川を流れる水音が安らぎをもたらす。
町から離れたこの場所は人も少なく、静かで時間の流れが穏やかに感じる。
森の中を川に沿って歩きながら蒼子と紅玉は天功の住まいを目指していた。
「紅玉、貴方は後で水浴びでもして神力を回復しなさい。町中探してもここほど神力に満ちている場所はないから」
「町は賑やかで栄えていますが、水は駄目ですね。井戸はどこも枯れているか、水溜り程度で気が滞っている」
気が滞っている水では神力の回復はできない。
「私も水に飛び込みたい」
日の光を反射して輝く水面を覗き込んて蒼子は溜め息をついた。
「駄目ですよ。そんな小さな身体で。流されてしまいます」
この川は深くはないが浅くもない。
身体の小さい蒼子では転んだらそのまま下流まで流されてしまうかもしれない。
「飛び込むのが一番手っ取り早いのに」
「大きめの桶がないか、訊いてみましょう。手足だけでも水に浸かれば少しは楽になるはずです」
「そうしよう」
蒼子と紅玉は川辺から離れて歩き出す。
しばらく歩くと天功の家が見えて来た。
前回は椋に連れて来てもらった場所である。
家はかなり年期が経っているものの、補修と清掃を行い、丁寧に使われている印象を受けた。
今の地主に追い出されてこの場所に来たのだろうか。
その時の天功の悔しさ、戸惑い、悲しみを想像すると蒼子の中であらゆる感情が波を立てる。
「それにしても驚きました。天功殿が町の地主だったとは」
道すがら紅玉には蒼子の知り得る範囲で天功の話をしてある。
「天功殿が再び地主の座に就くことを望んでいるのですね?」
「その通り」
「貴女なら簡単ではないですか」
紅玉の言葉に蒼子は頷く。
「けど、単に頭を挿げ替えるだけでは解決しない問題もある」
「解決しない問題?」
蒼子の脳裏に浮かぶのは鳳と双子の三人だ。
鳳は地主の娘である凜抄に言い寄られている。
蒼子が詳しく聞こうとしてもあの三人は話さないだろう。
鳳に迫る凜抄を思い出すと何だか胸がムカムカするのだ。
きっと神力が不足していて疲れてるんだな。
そもそも女との諍いに他人を巻きこむなと言いたい。
女性や子供が危ない目に遭っているならば、手を貸すのは当然だ。
しかし鳳は立派な成人男性だ。
どうせきっかけは自分の節操のなさなのだ。
女性になら誰にでも同じように優しく、気を持たせるようなことをしてきたのだろう。
童貞ならともかく、散々女性と遊んだ経験があるのなら気に入られたらヤバイ女とそうじゃない女の見分けぐらいつけて欲しいものだ。
これでは椋と柊も苦労するな。
双子の心労を考えると蒼子も溜め息が出る。
蒼子は自分なりに整理のつかない感情を咀嚼し、思考を切り替える。
「着きましたよ」
紅玉が天功の家の扉を叩く。
中から音が聞こえ、天功が扉を開けてくれた。
「こんにちは」
蒼子は紅玉に抱かれたまま天功に挨拶をする。
「おや、君は……それに蒼子ちゃんも」
「先日はお世話になりました。身内とも再会することが叶いましたので改めてお礼に伺いました」
紅玉が深々と天功に頭を下げる。
すると人の良い笑みを浮かべて頷く。
「それは良かった。そうか、身内というのは蒼子ちゃんのことだったのだね」
蒼子の頭を天功は優しく撫でる。
天功の手は大きくて温かく、優しさが伝わって来る。
どんな子供でも同じように慈愛に満ちた目で微笑み、同じように可愛がる
人だと感じる。
「はい。本当にありがとうございます」
「こちらこそ、わざわざそれを伝えに来てくれたのかい?」
「いえ、それだけではないんです」
「というと?」
天功が首を傾ける。
天功が撫でたことで少しばかり乱れてしまった蒼子の前髪を軽く払って整えた紅玉は蒼子を見つめて頷く。
「天功殿、私と取引をしましょう」
その言葉を口にしたのは蒼子である。
幼い子供に『取引』などと言われ、天功からは驚きと戸惑いの色が窺える。
「それはどういう……」
「竜神からの伝言を聞きたくはありませんか?」
凜とした蒼子の言葉に天功の瞳は揺れていた。
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