第30話 夜の帳が降りた頃
夜の帳が降りて辺りが静まった頃、鳳、椋、柊の三人は鳳の寝室に集まり、卓を囲んでいた。
蝋燭に灯った火か揺らめき、三人の影を造る。
「何か分かったか?」
鳳の問いに椋が口を開く。
「まず先に報告したいことが。蒼子を誘拐しようとした人攫い達だが、牢屋
に入れた後に看守が少し目を離した隙に何者かに殺された」
「何だって……?」
「自殺ではなく他殺ですか?」
不愉快そうに眉を顰める二人に椋は頷く。
「牢屋の格子に捕まるような形で喉を切られて死んでいたそうだ。外ににいた仲間に助けを求めるように手を伸ばし、格子の隙間から刃物で喉を切られたのだろう」
「仲間に殺されたか……黒幕は?」
「まだ確証はないが……」
「確証はなくても怪しい者はいるのですね?」
歯切れ悪く視線を彷徨わせる椋に柊は言う。
「それが……」
ダンっと大きな音が響く。
振動で卓の茶器がガチャリと音を立てて揺れた。
「誰だ? 蒼子を攫おうとした輩は?」
憤りを隠さずに感情を露わにする鳳に椋は一瞬だけ怯んだ。
しかし、言いにくいのも理由がある。
「人攫い達は金持ち頼まれただけだと証言していました。人攫いが殺害された時間帯に近くの茶屋でボヤ騒ぎがあり、警吏署は手薄だった。手薄になった警吏署から呂桂月という男が出て来たと目撃情報があります」
「呂桂月? 何者だ?」
「あの候家の使用人です」
椋の言葉に頭に一気に血が巡り、腹の中が煮えるのを感じた。
「あの女っ……!」
バリン、ガシャンっと怒りに任せて手元にあった茶碗が砕け散る。
「ああ……新しい茶碗が……」
蒼子が来てから新しく購入した四つで一組の茶碗である。
柊は心の中で涙を流したが今はそれどころではない。
当然、柊の心の嘆きなど鳳には聞こえない。
「蒼子を使ってまで私を手に入れたいかっ」
自分のせいだ。
自分がいつまでもこの問題を解決出来ずにいたから蒼子を危険に晒してしまった。
凜抄が自分に執着していることを鳳は重々理解していた。
しかし、あくまでも執着しているのは自分で周りを巻きこむような、このような手段を使うとは思っていなかったのだ。
「蒼子を取引の材料にして貴方を手に入れようとしているのだろう」
「彼女は使用人にも当たりがきつく、容赦がない。鞭で打たれたり、手足や舌を切られた者も多い。彼女に捕まったら蒼子さんはきっと殺されてしまいます」
柊の言葉に怒りと恐怖が同時に押し寄せる。
脳裏に映るのははにかんで笑う蒼子の姿だ。
初めて見るものに感動し、はしゃぐ彼女は生き生きと輝いていた。
これからどんな風に成長するのだろうか? どんな人と関わり、どんな経験をしていくのだろうか?
彼女に広がる果てしない可能性と、未来を想像して鳳は温かい気持ちになった。
しかし、そんな彼女の未来を奪おうとする者がいるならば黙っているつもりはない。
彼女の雇い主とやらを調べて依頼を遂行し、可能であれば蒼子を檻の中から解放したかった。
大体、おかしいだろ! 一昔前ならともかく、こんな幼い娘に今から結婚を迫るなんて!
どこかの頭がおかしい変態に違いない。
結婚を強要しようとする雇い主も頭のネジが飛んでいる狂人だ。
そちらを処理する前にまさかこんなことが起きるとは。
「落ち着いて下さい」
椋に窘められ、鳳は大きく息をつく。
「呂桂月は現在は候家の使用人ですが、元は天功様の、李家の使用人です。詠貴様とは仲の良い幼馴染で、桂月の父は李家に侍従長でした。父が天功様を無理やり追い出したことに激怒し、腕を切られて解雇されました」
「その男…母が病気か?」
以前、天功と男のやり取りを思い出す。
竜神に会わせてくれと請う天功に謝罪をしていた人物だ。
「ご存知でしたか。母も少し前に病気の悪化で亡くなり、父も後を追うように亡くなりました」
「そんな所で働き続ける理由があるか?」
「はっきりとした理由は分かりませんが、詠貴様がいるからでしょうね。あの二人は幼い頃から仲が良く、天功殿も働き者で優しく、頼りになる男だと桂月を褒めていましたから」
椋はそう言って溜め息をついた。
「もしくは詠貴様を人質に取られて言いなりにされているのかもしれません」
柊が腕を組みながら言う。
「……何やら事情がありそうだな。まだ桂月が殺した証拠も凜抄が依頼した証拠もない」
桂月という男が男達の口を封じるためにボヤ騒ぎを起こして警吏署に侵入し、人攫い達を殺したと考えれば辻褄が合うというだけで証拠ではない。
以前、凜抄が蒼子を睨み付けて殴ろうとした時のことを思い出す。
あの時の凜抄は確かに蒼子に対して憎悪を持っていた。
子供に対して愚かなことだが、好きな男を奪われたことに嫉妬し、怒りと憎しみのままに腕を振り上げた。
あの憎悪が募り、蒼子に向けられている。
何とかしなくては。
鳳は決心し、椋と柊に向き合う。
「明日の夜、候家の邸に行く」
鳳の言葉に双子は目を見開く。
「用意をしろ。これは命令だ」
二人に有無を言わさない圧がある。
視線も口調も佇まいからも、威圧感を肌に覚える。
鳳が候家に赴くことは反対だ。
凜抄に近付かないでもらいたいというのは双子の共通認識である。
しかし、椋と柊は久し振りのこの感覚に高揚し、胸が震えた。
そうなれば二人のすることは一つ。
「「はい、鳳様の仰せのままに」」
双子の従者は主人に頭を垂れた。
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