第40話 援軍

 蒼子と紅玉が天功と会っている頃。


 柘榴は清々しい気分で目覚めた。

 身体を伸ばして起き上がり、借りた布団を畳んで整える。


 椋が用意してくれた少し遅めの朝食を済ませて外出する旨を椋と鳳に伝えて邸を出た。


 昨晩、現れた不審者を柊と共に清掃し、玄関先に転がしておく訳にもいかないので適当な所に捨ててきた。


『また来られても迷惑なので捨てましょう』


 そう言って問答無用に男達を処理した。


「うふん、優男の容赦のない一面……何でこんなにゾクゾクしちゃうのかしら?」


 恍惚とした表情を浮かべて柘榴は身体をくねらせた。


「こうしちゃいられないわ」


 柘榴は町中の人混みを縫って足早に歩く。

 裏路地に入り、人気のない店の前まで来ると周囲を警戒しながら暖簾をくぐる。


「ごめんくだざーい」


 暖簾をくぐり、店の奥に進むと身なりの良い中年の男と子供の二人が柘榴を舞っていた。


「お前は相変わらず元気そうで羨ましいよ」


 白髪交じりの髪を後ろに編んで整えた中年の男は柘榴に向かって微笑んだ。

 目尻に寄るシワが肌艶の割に年齢を感じさせる。


「やーん、お久しぶりです将軍様っ! いつお会いしてもす・て・き」


 地味な色合いの服でも隆起した逞しい筋肉、渋い男の色気が溢れている。

 そして優し気な顔立ちも最高だわ。


 柘榴が興奮気味で言うと、ごほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。


「まぁ、まぁ、まぁ! こちらはまた随分とお久しいですわね!」


 柘榴は男の隣に座る少年に視線を向ける。


 年は十歳前後といったところだろう。

 黒く艶やかな髪は動く度に軽やかに揺れ、整った顔立ちをしている。


 怜悧な目元は大人びていて将来有望と言える。


「……お前のその喋り方は何とかならないのか?」


 少年は怖いものを視るように柘榴に言う。


 中年の男の影に隠れるようにして、じっとこちらを見ている。

 そんな様子が大変可愛らしい。


「これも個性ですわ」


 柘榴は頬に手を当てて微笑んで見せる。


 自分の好きなこと、好きなもの、それらは自分が自分でいるための大切な要素だ。


『それらを諦めて自分を殺す必要はない。自分が好きな自分でいい』


 一風変わった柘榴に蒼子はそう言ってくれた。


 あの時の感動は今もまだ胸に残っていて、思い出す度に自分の中で輝く。


「そうか……まぁ、いい」


 少年のような反応には慣れている。


『そのうち貴方の良さが分かる者も現れる。喋り方も、好きなものも、みんな違う。でもそれは個性の一つだから。貴方も他の人となんら変わらない』


 蒼子の言葉があるから柘榴はどんな目で視られても笑って受け流せるくらい強くなった。


「とにかく無事で何よりだが蒼子と紅玉はどうした?」

「李天功という初老の男性の元へ行っております」

「以前この町を治めていた者だね?」


 男の問いに柘榴は頷く。


「以前? 今はどうなっている?」


「候旋夏という男が地主となり、水に対する税金を上げ、市民の生活を圧迫しています」


 柘榴は天功が旋夏に騙されて地主の座を乗っ取られたことを伝えた。

 柘榴の言葉に少年は目つきを鋭くした。


「この地は随分昔から小神域地だぞ。誰でも代わりが務まるものではない」


 小さいが神が住む神聖な土地を小神域地と呼ぶ。


「烙灰、水や他の税金についても調べろ」

「承知しました」

「柘榴、お前はその男を連れて来い。会って直接話を聞く」

「はい。お任せ下さいな」


 少年は小さな頭を抱えて大きな溜め息をつく。


「だから視察はマメに行えと言うんだ」


 可愛らしい顔を歪めて少年は呟く。

 話し方から不機嫌そうな顔まで誰かにそっくりだと柘榴は思った。

 

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