第37話 依り代
「先に一つ言っておくけど」
話を始める前に蒼子は天功に断りを入れる。
「何だい?」
前のめりになっている天功が蒼子に言う。
なかなか本題に入らないことにもどかしさを感じているようだ。
「私の言うことを信じなければ貴方達の竜神は戻らない」
断言したと同時に天功は一瞬だけ悲愴な表情を見せたがすぐに取り繕い、大きく頷いた。
蒼子の話を聞くという以外の選択肢は持ち合わせていないようだ。
「では順を追って話す。まず、始めに」
天功は固唾を飲む。
「あの社に竜神はもういない。それは前にも言った通り」
先日、天功と例の社で遭遇した時に言ったことだ。
あの時、天功は竜神はいないという蒼子の言葉を強く否定した。
「貴方はまだあそこに竜神がいると信じたかったんだね」
恐らく、もう随分と前からあの場所に竜神がいないことを天功は知っていたのだろう。
いないことを頭では理解しながらも大切なものがなくなったことに対して感情を整理できていなかったのではないだろうか。
そう蒼子が言うと天功は頷く。
「あの時、竜神様はいないとはっきり言われて反発してしまった。受け入れがたい真実を他人に指摘されて……すまなかったね、女の子にきつく当たってしまった」
項垂れる天功に蒼子は首を降る。
「もう随分と前にそのことを知った。霊玉の代わりに置いてあったこの石を持って旋夏に問い詰めても話が通じず、門前払いで」
腹いせにこの石を持って来てしまったと言う。
「こんな石、代わりにならない。そう思っていたのだが、形や重み、手に乗せた感覚が霊玉にそっくりで懐かしさを覚えてしまってね」
小さく笑みを作り、天功は続ける。
「実を言うと、君からも懐かしいというか、霊玉が近くにおいた時と同じような安心感みたいなものを感じる」
そう言って紅玉に視線を向けて天功は言った。
その表情は今までよりも少しだけ明るい。
「今の天功殿の言葉で確信した」
「何をだい?」
天功が首を傾げる。
「その前に竜神の話をしてしまおう。竜神はあの社にいないだけで今は別の場所にいる。そしてそれを貴方が取り返すのは無理」
「どういうことだい?」
「この霊玉にそっくりの石だけど……」
蒼子は両手で優しく持ち上げて、天功の前に置いた。
「これは貴方が大事にしていた霊玉で間違いない」
「そんな! いや、これはただの石で……霊玉はもっと美しくて……」
激しく動揺する天功を前に蒼子は紅玉に言う。
「紅玉」
「いや、俺ももう結構限界で……」
蒼子が自分に何をさせようとしているのかを察し、紅玉は渋る。
「私はもっとじり貧なんだよ」
紅玉はしぶしぶ置かれた石に手をかざし、力を込めた。
すると石が透明感のある藍色に変化した。
「こ、これは!」
天功は勢いよく立ち上がり、今回は椅子が音を立ててひっくり返る。
「こんな姿だった?」
「そ、その通りで……この、これが……」
感嘆の声を漏らして目元に涙が浮かぶ。
頬に涙が伝い、一度手で拭うとそのまま石を優しく抱き込んだ。
「貴方が言っていた懐かしさ、感覚、全てその通りだったんだよ。何故ならその石は貴方がずっと大切にしていた霊玉そのものなんだから」
蒼子は感心した。
これだけ見た目が違うというのにこの石と天功は惹きあったのだ。
見た目に騙されて、大切にしていた時の感覚を天功は失うことはなかった。
「しかし、何故元の姿に?」
「紅玉がその石に神力を注ぎ込んだ」
「神力……貴方はもしや、し、神官様でいらっしゃるのですか……?」
「見習いです」
慄く天功に紅玉は答えた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「大丈夫ではないので後ほど川で水浴びをさせて下さい」
「私も」
「それは構いませんが……」
石に神力を注いだことにより紅玉はいよいよ限界のようだ。
話を早急に済ませなくてはならないと蒼子は話を続ける。
天功も蒼子の言葉に耳を傾けた。
「そもそもこの石は竜神の依り代だったんだよ」
「依り代?」
「そう。竜神はこの石に宿っていたというか、仮住まいみたいなもの」
だからこの石は竜神の神力によって輝き、神力を失い、ただの石になっても神の力の鱗片が残っているのだろう。
蒼子は初めてここに来た時からこの石が気になっていた。
神聖な気配がこの石から感じられたので無意識に惹きつけられていたのだろう。
「それでは竜神様は一体どこに? もしや、本当に消えてしまったのだろうか?」
「いや、竜神は消えてない」
蒼子の言葉に天功は胸を撫で下ろす。
「だけど、このままでは消滅する。竜神の存在を維持できるかは貴方達一族次第」
「それはどういう意味だい? それに竜神様は一体どこに……」
やはり旋夏の元にいるのだろか、と小さく呟く。
戸惑う天功に蒼子は告げる。
「竜神はおそらく貴女の娘、詠貴殿に憑いている」
その言葉に天功は唖然とする。
ぽかんと開いた口から言葉を発するには少し時間を要した。
蒼子が説明を続けようとした時だ。
急に外に人の気配が膨れ上がり、胸騒ぎを覚える。
そして激しい音と共に入口の扉が破られた。
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