第15話微笑ましい光景


「あらあら、鳳さん、いらっしゃい」


 鳳の店の斜め向かいに店を構える飲食店を訪れた。


 入口の暖簾をくぐると前掛けをした恰幅の良い女性が歓迎してくれる。

 鳳へ恋愛へのダメ出しをした後は二人で寝台の上でのんびりと過ごした。


 睡魔に負けて微睡んでいた蒼子が鳳に起こされる頃には昼食の頃合いだったのである。


 いつも柊が食事の用意をしてくれるのだが今日は不在の為、外食する事になった。

 昼餉の時間帯だけあって店内は人も多く、ぱっと見た限りでは空席は少ない。


「邪魔するぞ」

「まぁ、蒼子ちゃんも一緒なのね~いらっしゃい」


 ここに来るのは今日で二回目だ。


 鳳達はこの店の常連客で頻繁に出入りしているらしく、この町に来た時からお世話になっているのだと柊から聞いている。


 恰幅の良い女性は夫婦でこの店を切り盛りしていて、元気なその声は店の外までよく聞える。


「こんにちは、おばさん」


 愛想良く微笑み、蒼子の小さな手を握った。


 温かい雰囲気や表情からは母性を感じる。

 お母さんのようなに親しみのある人だ。


「はい、こんにちは。うん、大人になったらお父さんよりもずっと美人になるわよ~」


「私の子じゃないぞ。前にも言ったが」


 鳳は空いている席に蒼子を座らせながら否定の言葉を発する。


「隠さなくても良いのよ。誰との子なのかさっさと白状しな」


「魚屋の染ちゃんだろ?」


「いやいや、旅籠の零ちゃんだって」


「俺は貴族の娘だって聞いたぞ」


 店内にいた顔見知り達が会話に混ざり、気付けば鳳と蒼子の周りには人だかりができていた。


「どれも違うと言っているだろうに」


「とか言いてさ」


「こんな可愛い子をこさえて」


「この果報者め」


 呆れ顔の鳳の背中や肩をバシバシと叩く。


「おう、鳳この前はお前の所から買った匂い付きの水、嫁さんがえらい気に入ったみたいだ。助かったぞ」


 豪快に笑う男性が鳳に言う。


「それはなによりだ」


 その言葉に鳳が口元に笑みを浮かべて応えた。


「だけど来る度に嫁さんに色目使うのはマジで止めろ」


「本当だよ、この色ボケが」


「ちょいとばかり顔が良いからって調子に乗んなよ」


「お前が来ると女達がきゃーきゃーやかましい」


「可愛い子が声かけて来たと思ったらお前の事しか聞いてこない」


 じっとりとした複数の視線と私怨の含まれた声に鳳はくるりと背を向けて聞こえぬフリをする。


「蒼ちゃん、お菓子食べるかい?」


 首に手拭いを掛けた男が蒼子に言う。

 差し出された饅頭を受け取る。


「ありがとう、お兄さん」


 年齢的には鳳に近いと思う。

 おじさんではない。青年と呼んだ方が良いだろう。


「……おい待て、みんな」


 青年は蒼子を見つめながら驚愕の表情を浮かべている。 


「……鳳の子がこんなに素直で可愛いなんて有り得ない! おい、鳳! どっから攫って来たんだ!」


「誰が人攫いだ」


 鳳はあくまで冷静に答える。


 周囲からどっと笑い声が湧き起こり店内は一層賑やかになった。

 若者から年長者まで鳳を取り囲む人の年齢層は幅広い。


 慕われているのは見ていれば分かる。


 人を惹きつける魅力が鳳にはあるのだろう。


「蒼ちゃん、うちに来ても良いんだよ」


「むしろ来てくれ。一生大事にする」


「鳳さんよりも幸せにすると約束する」


「つーか、こんな奴と一緒にいたら教育に悪い」


 比較的、鳳に年齢の近い若者が蒼子に視線を合わせて声を掛けてくる。

 一人の腕が蒼子に向かって伸ばされた。


「却下!」


 ハリのある声が室内に響く。


 少しばかり荒れた鳳の声にその場にいた者達は一瞬身を強張らせた。

 みなが静止している間に逞しい腕が蒼子を攫い、強く抱き締める。


「誰にも渡さん」


 蒼子に近付く男達を右から左へ順に睨み付け、蒼子を彼らから遠ざける。


「誰も取ったりしないわよ、全く」


「全くだ」


「ついに鳳が父親になったぞ!」


「恋敵が一人消えたぜー!」


「滅びろ、優男!」


「お前、ホント子守でもして大人しくしてろ!」


 店内の冷えた空気が再び温かいものに変わり、笑い声が湧く。

 鳳は注文をして蒼子の隣に腰を降ろす。


 みんなが楽しそうに笑い合う中、鳳は浮かない顔をしている。


 どうしたのだろうか、蒼子が訊ねようとすると、鳳と視線がぶつかる。


「……どこにも行くな」


 切なげな声が耳に響く。


 大きな手がそっと蒼子の頭を撫でる。

 鳳の瞳が不安そうに揺れていた。


「……知らない人についていくほど子供じゃないんだけど」


 心配し過ぎだ。


 お菓子で釣れば簡単に連れ去られてしまうとでも思ったのだろう。


「私は子供じゃない」


「あぁ……そうだな」


 蒼子は強めに言う。

 しかし返事からは心配の色は消えない。


「はい、お待たせ。蒼子ちゃん、熱いから気を付けてね」


 膳が前に置かれる。


 食べている最中も鳳はずっと何か考えているようであまり話し掛けて来なかった。

 いつもと様子が違う鳳が気になりながらも食事を済ませて二人は店を後にした。


 店を出る時、恰幅の良い女将さんがニコニコと見送ってくれる。


「蒼子ちゃん、鳳さんをよろしくね」


 何をよろしくしろと言うのか、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、蒼子は小さく手だけを振り返した。


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