第32話 一晩明けて

「おはよう、蒼子。よく眠れたか?」


 朝食の準備をしていた椋が蒼子に言う。


「おはようございます。まだちょっと眠いけど大丈夫」


 蒼子が重い瞼をこすると椋は蒼子の手を優しく掴む。


「擦っちゃ駄目だぞ。目にが傷付いたり、ゴミが入ったりするから」


 蒼子の手を優しく降ろして代わりに濡れた手拭いで目元や顔をふいてくる。


「自分で出来るよ」

「いいから。じっとしてろ」


 完全に子供扱いである。

 しかも慣れている。


 弟達の世話をしていたらしいので慣れているうえに上手なのだ。


 うん……子供扱いは嫌だけど、悪くないかも……。


 そんな風に思っていると柊がいないことに気付く。


「柊さんは?」

「夜遅かったから、もう少し寝せておこうと思う。起こさないでやってくれるか?」


 普段の朝であれば、朝食の準備をするのは専ら柊が行っている。

 その間に椋はお店の掃除や前準備をしている。


 朝起きると柊のお手伝いをして、準備が整った頃に鳳を起こしに行くことが蒼子の仕事だ。


「うん、分かった」


 蒼子が頷くと椋は蒼子の頭を良い子だ、と言って撫でる。


「椋さん、私は子供じゃないんだけど」

「はいはい」


 抗議するも相手にされない。


 まぁ、いいか。


 蒼子は子供扱いを諦めて食事の支度を手伝う。

 と言ってもお皿や橋を並べる程度だ。


 食材を切って鍋に入れる様子を見ると食事作りにも慣れているようだ。

 手際良く作業する椋に蒼子は感心した。


「おはようございます」


 その声に振り返るとまだまだ目の下のクマが濃い紅玉が立っていた。


「おはよう」


 蒼子が挨拶を返すと紅玉は頷いて蒼子を抱き上げた。

 身体が宙に浮き、視線が紅玉と同じ高さに並ぶ。


「おはようございます、具合はどうですか?」

「かなり良くなりました。もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 椋の言葉にクマの消えない笑顔で紅玉は答えた。


 無理するなって……。


 柘榴に比べて体力もなく、神力の底もつきそうな状態なのだから無理もないとは思うが。


 蒼子は大丈夫だと言い張る紅玉を尊重することにした。


「柘榴は?」

「昨日遅くまで起きていたようで……もう少し寝かせておくことにします」

「そうなの」


 柊も柘榴も夜遅くまで何をしていたのだろうか。


「椅子の数がないから、先に食べてしまおう」

「自分も手伝います。汁物は仕上げても構いませんか?」

「ああ、頼めるか? 俺はこっちの煮物を仕上げる。蒼子はお皿を拭いてくれ」


 蒼子は受け取った付近でお皿を拭いて並べた。


「随分と手際が良いな」

「炊事は自分の仕事でしたから。椋さんこそ、随分と料理がお上手ですね。この煮物も凄く柔らかいし、味も染みてて美味しいです」


 そんな会話をしながらお互いを褒め合っているのを見て蒼子は和む。


 しかし、会話の内容が好き嫌いが多い、我儘も多い、文句を付ける、などと主の愚痴になって盛り上がっていると目を逸らして耳を塞ぎたくなった。


「食事が終わったら天功様の所に行こうと思うの」

「天功……?……あの、町外れの森に住んでいる男性ですか?」

「知っているの?」


 紅玉の言葉に蒼子は驚く。


「ここへ来る途中に少しお世話になった方です。改めてお礼ができればと思っていたので丁度いい」

「そうだったの」


 なんというご縁だろうか。

「場所は分かるか? なんなら地図を書くが……」

「それは助かります。周囲はかなり暗かったので自分の記憶だけを頼りにいくのは怖いですね」


そう言って食事と片付けを済ませた蒼子と紅玉は椋から地図を受け取る。


「すまない、本当は付き添えればいいんだが……」

「いえ、大丈夫です。行って来るので柘榴を頼みます」

「椋さん、行って来るね」

「気をつけて行けよ。暗くならないうちに帰るように」


 最後の一言が椋らしい。


 付き合えないことを申し訳なさそうに言う椋に手を振り、蒼子は紅玉に抱かれて天功の元へと向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る