第3話保護

ぐぅーと何かが遠くで聞こえた。


蒼子が目を覚ますとそこには見慣れない天井がある。

寝ぼけ眼で周囲を見渡すが見たこともない部屋だった。

自分は寝台で眠っていたようだ。

綺麗な寝間着に綺麗な布団、側に置かれた卓には水差しと湯呑が置かれている。部屋の中央に置かれた長椅子に持っていた荷物が置かれていた。

 喉を潤したくて卓に手を伸ばすが届かず、仕方ないので布団から出て寝台から降りた。

 バタンと足に力が入らず床に倒れ込む。

 側にあった卓脚に腕をぶつけて卓が大きく傾く。


 落ちちゃう!


 水差しと湯呑が卓の上を滑り、床に向かって落下していく。


「おっと」


 大きな音を立てて砕けるかと思われたそれらは形あるまま卓上に戻された。


「目が覚めたか? 気分はどうだ?」

「……貴方はさっきの?」


 市で見かけた財布の男だ。見た時と同じ服装のまま蒼子の前に立っている。


「すみません……水飲みたくて、ぶつかったら……」


 水差しと湯呑が落ちそうになったところをこの男が受け止めてくれた。


 壊れなくて良かった。何だか高そうだし。


 そう言うと男は蒼子を抱き上げて寝台に座らせてくれた。


「痛い所はないか?」


 ぶつけた腕が少し痛むが大した事はない。


「大丈夫です」


そう言うと男は水を湯呑に注いで手渡してくれた。


「美味しい……」


 カラカラだった喉が潤っていく。湯呑に水がなくなると黙って水を注ぎ入れてくれる。

 それを何度か繰り返して充分に満たされると蒼子は首を横に振った。


「御馳走さまでした」


 久し振りに水を飲んだ気がする。飲み水が手に入らずここ数日は果物で水分を摂取していたからだ。


「食事の用意も出来ているが……風呂が良いか?」

「良いんですか? でもそこまでしてもらうほどの事を私はしていない」


 たかが財布を盗られるのを未然に防いだだけだ。ここまで親切にされると何か裏がありそうで怖い。


「宿を探してるんだろう? どんな事情があるかは知らないがもう暗い。一晩ぐらい泊めてやる」

「本当ですか?」

「あぁ。昼間の財布には仕入れの為にかなりの金が入っていた。あれを盗られたら大損だった。感謝している」


 なるほど、それなら納得だ。


「私は蒼子と申します。一晩、よろしくお願いします」

「この町で店を出している琳鳳という。詳しい話は後で聞こう」


 鳳は蒼子を抱き上げて部屋を出る。

「柊、いるか?」


「はいはい、ここにいますよ」


 廊下の曲がり角から細身の男が現れる。


「おや、目が覚めたのですね? 気分はどうですか? お腹空いたでしょう?」


 目を細めて微笑む。


 醸し出す雰囲気は穏やかで優しそうな人物だ。


「その前に風呂だ。湯殿の用意は出来てるか?」

「はい。ではこちらへどうぞ」


 鳳が蒼子をそっと床に降ろす。

 そのまま男に連れられて湯殿の方へ向かう。


「私の名は柊を言います。お名前は?」

「蒼子です。一晩御厄介になります。どうぞよろしくお願いします」

 蒼子が言うと感心したような反応を見せる。

「偉いですね」

「……私、子供じゃないよ」

「ふふ、そうですね」


 にこにこと微笑む柊は一人で湯船まで行くとお湯の中に腕を入れて温度を確かめている。

「一人でも大丈夫ですか?」


 蒼子は頷く。


「本当は寝ている間に身体を清めようと思ったのですが……その、女の子は勝手が分からず……着替えだけは失礼して。手足と顔は拭かせてもらいました」

「ありがとうございます。綺麗にしてもらったおかげでよく眠れました」


 恥ずかしそうに頬を掻く柊に蒼子は言う。


「良いのですよ。では替えの服を持ってきますから、身体を洗ってしっかりと温まって下さい」

 そう言って柊は脱衣場を出て行く。


 蒼子は着ていた寝間着を脱ぎ、湯船に浸かる前に身体を洗う。身体や髪を洗い、湯船に浸かる。


「良い匂い」


 香油の香りだろうか、ふわりと甘い香りが漂う。

 温かいお湯が身体の疲れを溶かしてくれる。

 十分に入浴を堪能し、新しく用意された寝間着に着替える。


 さっぱりした。


 久し振りのお風呂は最高だった。身体は勿論、髪も綺麗に出来たのでとても気持ちが良い。


「さっぱりしましたか?」


 脱衣場を出ると控えていた柊が声を掛けて来た。

 蒼子はほんのり紅潮した顔で大きく頷く。


「凄く気持ち良かった。ありがとうございます」

「……何とまぁ……愛らしい」


 惚けたようにこちらを見る柊に蒼子は首を傾げる。

「将来が楽しみですね」


 そう言いながら、湯冷めをしないようにと肩に子供用の羽織を掛けてくれる。

 別の部屋に通され、用意された食事を摂った。


「御馳走さまでした。美味しかったです」

「干し桃がありますよ」

「杏子もあるぞ」

「栗もありましたね」

「芋もあったな」


 同じ顔が蒼子の前であれやこれやと勧めてくれる。

 ニコニコと目を細めて干し桃と栗を勧めるのが柊、物珍しそうな顔で干し杏子と芋を勧めるのが椋だ。

 穏やかな雰囲気の柊と少し気難しそうな椋は全く同じ顔をしているにも関わらず与える印象が異なる。


 双子か。

 

 蒼子は小さめの桃と杏子をもらい、口に入れる。


「それで、話しの続きだが、お前はどこから来た? 親はどうした?」


 話を切り出したのは傍観していた鳳である。

 その質問に蒼子は戸惑う。


 一体どこまで話していいものか……。


 包み隠さずというのは無理だが親切にしてもらっている手前、黙秘という訳にもいかないだろう。


「王都を連れと三人で出て来た。でも途中ではぐれた。親は一緒じゃない」

「何しに来たんだ?」

「人探しに。とある人から家出したバカ息子を探せば……」


 蒼子は言い切ることなく口を噤む。


「探せば?」

「結婚を見逃すと言われた」

「「「は?」」」


 蒼子の言葉に三人は大きく目を剥いた。

 


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