第38話 グリーンピアワールド
夏休み中ほどじゃないのかもしれないけれど、天気がいい日曜日ということで、広い駐車場の3分の1くらいのスペースに車が停められていた。
「園の入り口までだいぶ歩くことになりそうだけど、礼君は平気かな?」とバックミラー越しに俺はそう言った。
「うん。だいじょうぶ」と礼君は答えては、またケタケタと笑った。
二つのチャイルドシートにそれぞれ座ってはいたが、後部座席に隣同士っていうシチュエーションだけで二人は興奮して盛り上がって、道中、ひっきりなしにおしゃべりしては笑い合っていた。
俺は、結局、ヨシヒトと会ったことや、ヨシヒトが俺に話したことをタカマリには言わないでいた。おそらく、ヨシヒトは、遅かれ早かれタカマリに俺と会ったことを知らせるだろうとは思うが、俺にお願いしたことはきっとタカマリには言わないだろうと思った。朝にもらった電話の時も、タカマリはヨシヒトのことには触れなかった。
「よし、じゃあ、車から降りるよ」
俺は、二人のチャイルドシートのベルトを外して、桃子は一人で車外に出て、礼君は俺が抱っこして降ろした。ネイビーのTシャツからはラベンダーの匂いがした。タカマリが使っている柔軟剤がそうなのかもしれない、と俺は思った。
俺は礼君の左手と、桃子が礼君の右手を繋いで駐車場の端にある歩道を歩いた。歩道には、何十本というポールが立っていて、ポールのてっぺんには世界各国の国旗が風にはためいていた。
♬今日はきっと~ た~のしくな~るよ~ グリーンピアワールドで~
まだ、駐車場なのに備え付けられているスピーカーから、大音響でグリーンピアワールドの歌が流れていて、サビの部分では子どもたちも一緒に歌った。
「二人とも、よく知ってるね~」と俺が言うと、
「だって、テレビのシーエムでもやってるもん。ね~レイくん」と桃子が礼君を覗き込むようにして言った。
♬光あふれる~ 楽園へ~ グリーンピアワールドで あたしもまたがんばるの~
そう俺が口ずさむと、「なにそれ~?」って二人に同時に言われた。
「おじちゃんが小さい頃のここの歌は、こんなだったんだよ」
「えええ?おじちゃんがちいさいころから、あったの?」と桃子が言った。
「ああ、おじちゃんが小学生の頃にここができたんだよ。家族で来たことなかったけど、学校の遠足で1回だけ来たことがあったよ」
山と田園しかないこの街に、不釣り合いな本格的な遊園地ができたのが1970年代だった。太平洋側の園に比べれば小規模だし、話題になるようなアトラクションもなかったが、隣県の山形県や福島県にも当時、遊園地がなかったこともあって、創設してしばらくは大変な賑わいだったはずだ。
小学生の頃、月曜日の教室で「グリーンピアワールド行ったよ~」「グリーンピアワールドでね…」という話し声が教室にこだましていたのを思い出す。当然のことながら、我が家には全く所縁がない話題だったので、どんな楽しみ方があるかどうかも友達から聞くことはなかった。
大人の入園料が千円で、桃子が600円。礼君は障害者手帳を見せて300円だった。それ以外に、アトラクション乗り放題の券が大人が四千円で、子どもたちは三千円だった。チケット売り場で俺がまとめて支払った後に入口ゲートのところで手首にオレンジ色のベルトを巻いてもらって園内に入った。
「レイくん、なにのる~?」
桃子は礼君の顔を覗き込みながらそう聞いた。
「桃子、すぐそこにメリーゴーランドがあるみたいだけど、どう?」って俺が言うと、
「あれは、おとなのひととのらなきゃだから、3にんはだめかも」と礼君が言った。
「礼君、よく知ってるね~」と俺が感心しながら言うと、
「まえに、おとうさんとおかあさんと3にんできたとき、そうだったの」と礼君が言ったから、俺は何かズシリと重い物をお腹に当てられた気がした。
「ちょ、ちょっと、待ってね」
俺はそう言って、チケット売り場でもらった園内マップを広げた。
「ぼく、スカイジェットにのりたいな」と礼君が言った。
「ん?スカイジェット? スカイジェット… あ、あった」
大きな噴水がある広場の右側にスカイジェットの名前を地図上で見つけた。
「レールがたかいところにあって、そこをくるまみたいなのではしるの」と礼君が言った。
「おじちゃん、スカイジェットにいこ~!」と桃子が言った。
「ああ、そうしよう」
こういうところは全く不慣れな俺なので、かえって、子どもたちに任せた方がいいと俺は思った。
「お客さん、3人さんね。お子さんたちはまだ小さいから、お父さんが運転してくださいね」と赤いアロハシャツを着た係員の男の人がそう言った。アロハシャツを着ていながら、歳は60歳を優に超えているように見えた。
俺は礼君の両手をとって乗り物の後部座席に誘導して座らせ、その隣に桃子を座らせてから前方の運転席に座った。アロハシャツの係員は手際よく子どもたちにシートベルトを装着してから、俺にアクセルペダルとブレーキペダルの操作を教えてくれた。
「では、天空の旅にいってらっしゃ~い!」と係員が言ったので、俺はアクセルペダルをゆっくり踏んだ。すると、青いボディの乗り物は後ろで大げさなエンジン音をさせて前に進み始めた。
すぐに、屋根のない場所になって、園の半分くらいが広く見渡せるところに来ると「わあ、すご~い」と桃子がエンジン音に負けない大きな声で言った。モノレールなので車体の左右から下を覗くと結構な高さを感じることができた。
「よ~し、いくぞ~」
運転に慣れてきた俺は、レールが長い下り坂になっているところでアクセルを踏み込んだ。車体のエンジン音が高くなってどんどん加速しているのが実感できると「キャ~!レイく~ん!」と桃子は叫び、「ハハハハハ」と大きな声で礼君は笑った。
あんまりアクセルを踏みすぎてスピードを出すとあっという間に終わって勿体ないと思った俺がスピードを緩めると「はやくして!はやくして!」と二人に催促された。
「よ~し、後悔すんなよ~」
俺はそう言ってアクセルを踏み込むと、♬今日はきっと~ た~のしくな~るよ~ グリーンピアワールドで~ と二人は楽しそうにサビの部分を繰り返し歌った。
無事にゴールして、車体からホームに降りると「もう1かい、のりた~い!」と二人に言われた。
「今日は、空いてますんで、そこから、ちょっとくるっと周ってもらって、あそこの乗り場から乗っていただいて構いませんよ」と、さっきとは別のアロハシャツの係員が言った。
「もう1かい!もう1かい!」と二人はリズムを合わせてそう言いながら乗り場に向かって歩いた。
結局、俺たちはほとんど待ち時間なしで、4回連続でスカイジェットに乗った。
遊園地自体、小学校の遠足でここに来て以来だった俺なので、こんな風に乗り物に連続して乗るとか、「キャーキャー」言いながらアトラクションを楽しむことがとても新鮮に思えた。
係員は俺のことを「お父さん」と呼んだが、そうなのだ。世のお父さんたちは、こんな風に子どもと楽しい時間を過ごすものなのだ。俺は、子どもの時もそういうのは知らなかったし、大人になっても、こんな機会でもなければ、一生知らないで終わったかもしれなかったんだ、と手を繋いで順番を待つ子どもたちの背中を見ながら俺は思った。
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