第04話 首筋
「今日のエンタメスパークランキングはこちら!夏のビールのお供にしたいおつまみランキング~!」
いつも聞いている地元FM局の朝の番組の名物コーナーが始まるのは、7時40分頃だ。
朝っぱらから酒や肴の話は、この番組ではちっとも珍しくない。
「まずは、第5位! とうもろこし! わっかるぅう。もぎたてをお湯で茹でて、塩をパラパラっとかけてかぶりつくと、シャキシャキっとした歯ごたえに、あとからジワーっとくる甘さがもうたまらないですよね~」
猫の額ほどのうちの畑でも、毎年、とうもろこしが植えられていた。世話をしていたのは、もっぱら、お袋だった。
「明夫~。畑からとうきびを3、4本取ってきて~」
寝転がっておやつ代わりのそら豆を食べながら夕方のアメリカ産のアニメーションを見ている俺に、お袋は台所から大きな声で呼んだものだ。
「今、テレビ見てるっけ、あとで~!」と俺がだるそうに言うと、
「だめ。早よせんと、コンロが空かなくなるから取ってきてってば!」とお袋はほぼ怒りモードで返ってくる。
「はい。はい。行けばいいんでしょ、行けば」
同じような話の短編を毎日やっているアニメ番組だから、見なくても本当はどうってことないのだが、強風にしてある扇風機の前から、西陽がガンガン当たっている蚊だらけの畑に行くのがどうにも億劫だった。
俺が取ってきたとうもろこしは夕飯の食卓に並べられ、それを仕事から帰って風呂を浴びた親父がビールの肴に音を立てながら食べる。
たまらなくなってそーっと皿に手を伸ばすと、上から親父の分厚い手がピシャリと飛んで来る。
「だめらろ!お前はご飯とおかず全部食べてかららろ!」
親父にとっては酒の肴でも、子どもにとってのとうもろこしは、あくまでも“おやつ代わり”という認識なのである。
親父の手は、軍手をしている日焼け跡がくっきりしていた。
“とうもろこし”、と聞いて思い出すのは、アメリカ産のアニメと、蚊に刺されたかゆみと、そして、親父の白い分厚い手だ。
「コンドウマリコがお送りしていますモーニングナビゲーション、今朝のエンタメスパークランキングは“夏のビールのお供にしたいおつまみランキング”ですが~、では、いよいよ、第1位を発表しますよ~ 第1位は~ 枝豆! わかりすぎるくらいわっかるぅう!もう、これは夏の酒の肴では不動の地位ですね。わたしも昨日いただきました~。ク ロ サ キ チャ マ メでしたよ~。香りといい、味といい、もう、ほんっとにっ、おいしかったです。みなさん、今日も暑さに負けずに頑張って、夕ご飯の時に今日紹介したおつまみを肴にして美味しいビールをいただきましょうね~」
まだ、職場にも着いていない朝早い時間だけれど、今夜は枝豆ととうもろこしを肴にたらふくビールを飲んでやる、と俺は決めた。
「おじちゃん、これ、どうぞ」
「おっ、とうもろこしだね。ユイトくん、ありがとう」
昼の休憩時間、畳に横になっている俺に皿に乗せて持ってきてくれたのだった。
「おじちゃんは、あんまりたべないから、はんぶんだけね」
「ああ、それでいいんだよ。まだ、湯気が出てるね。とってもおいしそうだ」
「あつかったよ」
「ユイトくんも食べたんだ。おいしかったかい?」
「ううん、たべてない」
そう言いながらユイトが自分の右の手のひらを見ているから、俺はハッとしてその手を取って見た。
「熱いとうもろこし、自分で皿に乗せたのかい?」
「うん」
「こっちにおいで」
俺は、本堂の端にある流し場にユイトを抱っこして連れて行き、水道の蛇口を開けて水を流しっぱなしにしてユイトの手を冷やした。
「おじちゃん、なんで、みずであらうの?」
ユイトは自分の手のひらを見ながらそう言った。
「ううん、これは洗ってるんじゃなくて、水で冷やしているんだ。ユイトくんの手は軽い火傷をしてるから冷やしてるんだよ」
「ユイト、やけどしたの?」
「そうだよ。熱かったろう」
「うん。あつかった」
「おじちゃんに食べさせようと思って持ってきてくれたんだね」
「うん」
ユイトは坊主頭を大きく頷かせながらそう言った。
「ありがとうね。でも、これからは、ばあばにやってもらうんだよ。ユイトくんは素手で熱いの触っちゃだめだよ。約束できるかい?」
「うん。やくそくする」
流し台の蛇口は高いところにあるので、俺はユイトをずっと抱き上げながら流水で冷やした。
ふと、目の前にあるユイトの首筋を見た。
毛の生え際から鎖骨の辺りまで、日焼け跡のようなこげ茶色をしていた。
俺の子どもの頃の首筋の色とまったく同じだった。
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