第41話 この棒
扉を開けて風呂場に入ると、硫黄の匂いがふわっとして、いかにも温泉、という感じがした。こんな平場の日帰り温泉で、塩素臭くない温泉を味わえると思っていなかったから少し嬉しくなった。
入ってすぐのところに掛け湯があって、そこで、俺は桶ですくった湯を二人に身体に掛け、それから、目の前にある内湯に入った。
「ちょっと、あついね」と、桃子が言った。
内湯は8畳ほどの小さい風呂で、いかにも、熱い湯じゃなきゃ風呂じゃない、と言わんばかりの細身の年寄り3人が黙って肩まで浸かっているだけだった。
「あの通路を通っていくと、お外にお風呂があるみたいだから行ってみよう」
俺はそう言って、礼君の手を繋いで内湯の階段の場所を示しながら上がった。タイル敷きの通路を滑らないようにゆっくり歩いていくと、お風呂内の空気とは明らかに違う少し冷めた風が前から吹いてきたのがわかった。
「わあ、すご~い」
桃子は、繋いでいたレイくんとの手を放して、速足で露天風呂の方に進んだ。
露天風呂は、白っぽい大きな岩のような石で囲まれていて、広さにすると、20畳くらいの大きさがあった。
湯船に入ってみると、さっきの内湯の温度よりもはるかに低くて、お湯も俺の肩が隠れない程度の湯量だったから残暑の今日みたいな日でもゆっくり入っていられそうな感じがした。
お湯を両手ですくって顔を洗うと、内湯のお湯よりもさらに硫黄の匂いがして気持ちよかった。
内湯からの通路と反対側を見ると、もうひとつの内湯がある大きめの建物が見えた。そこは、ちゃんと屋根が付いているが、露天との境のドアは広く解放されているので半露天と言えそうな風呂だった。
本当であれば、桃子は、簡易プールよろしく泳ぐ真似とかしたいのだろうけど、目の悪い礼君に遠慮してか、周りの風景を見ながら静かに入っていた。
「どう?礼君、熱くないかい?」と俺が尋ねると、「うん。ちょうどいいかんじ」と礼君は答えた。
「こういうところには来たことある?」
「ううん。はじめて。そとのおふろなんてはじめてだよ」と礼君は見えない目を丸くしながら答えた。
「そなんだ。お湯の中は温かいけど、肩から上は風が通って涼しくて気持ちいいだろ」
「うん」
「あきおじちゃん、カナカナが鳴いてるよ」
桃子の言う通り、湯船から遠くに見える森のようなところからヒグラシの鳴き声が聞こえた。それに、気が付かなかったが、極少数のアブラゼミもミンミンゼミの鳴き声も混じって聞こえた。
「ねえ、からだ、あらお」と桃子が言い、礼君も同意したので俺たちは来た通路を戻って洗い場に行くことにした。
最初に入った内湯のそばを通ったら、黙って風呂に浸かっていたさっきの老人3人は、さっきと同じ場所で、さっきと同じ姿勢のままでまだ浸かっていた。
洗い場は、ほどなく混んでいたが、一人分の洗い場が空いたところに俺たちは入った。
「ええっと、じゃあ、桃子から先に洗うから、礼君はこの椅子に座って待っていてくれるかい?」
俺は、アイボリーの腰掛に礼君を座らせてから、桃子の洗髪に取り掛かった。
「おじちゃん、みみに、おゆかけないでね~」
桃子は、目と耳のどちらを手で覆うか少し迷ってから両目を両手で塞いで頭を下げた。
「桃子、わかってるって。おじちゃん、お前の相手はもうベテランだろ?」
そう言いながらシャンプーを濡らした髪にこすりつけたが、警戒しているのか、桃子からの返事はなかった。
「さ、一丁上がり。じゃあ、桃子は自分のタオルに石鹸付けて前の方洗ってね。俺はこのタオルでお前の背中を洗うから」
「もう~おじちゃん、ももこのみみのなか、はいったんだけど~」
「あれ?そだった?ごめんごめん」
俺はそう言うと、持っていたタオルで耳を拭いた。
「ああ~もう!いたいってば!じぶんでふく!」
「ごめんごめん」
俺は、前に置いてあるボディソープの液をタオルに付けてから桃子の小さな背中を洗った。
「礼君、もう少しで終わるからね。寒くない?」
「うん、さむくないよ」
礼君は俺と桃子じゃない、ボディソープのボトルが置いてある方を見ながらそう言った。
「よし、背中おしまい。桃子は前の方洗った?」
「うん、ももこもおしまい。こんどは、レイくんのばんだよ。さきに、からだあらお!おじちゃんがレイくんのせなかをあらって、ももこがおじちゃんのせなかをあらうの!」
「ふふふ、そりゃ面白いな。じゃあ、礼君、この椅子に座って」
さっきまで桃子が座っていた腰掛に礼君を座らせて俺がその後ろに座り、桃子が俺の後ろに立ってそれぞれの背中をタオルで洗った。
「よし、ももこ、おしまい。ももこ、そとのおふろいってくるね~」
桃子はそう言うと、俺に泡の付いたタオルを預けてさっきの露天風呂につながる通路の方へ歩いて行ってしまった。
「まったく、桃子の奴、ちょちょらに洗って終わりにするんだから。礼君はもう少しちゃんと洗ってからね」
「うん」
礼君の白くて柔らかい背中をタオルで洗いながら、とっくに、俺の性器はガチガチに勃起していた。こんな小さな背中だから本当は洗い終わっているのだが、俺はどうしてもやめることができないでいた。
このまま、このまま近づいて、礼君の背中に当てようか…
いや、当てるだけじゃ足りない。とても、足りない。
(礼君、ちょっと、これ、触ってみてくれないか)
(礼君、これなんだかわかる?ちょっと触ってくれる?)
(いや、だめだ。この言い方じゃ)
(礼君、ちょっと、この棒を握って)
(棒、そう。棒がいい)
俺は、どう切り出して自分の性器を礼君に握ってもらうか、しか考えが及ばないでいた。
「礼君、ちょっと、この棒…」
「おとうさん」
「え?なに?」
「おとうさんにあらってもらっているみたい」
「おとうさん…」
「おとうさんが、まだ、いたとき、いつもいっしょにおふろにはいってたの。で、いつも、こうやって、おとうさんがせなかをあらってくれてたの」
「そだったんだ」
「あらうのがおわって、いっしょにおふろにはいると、おとうさんがくちをおゆのなかにいれて、ブクブクってカニみたいなあわをだすの。ぼくもまねするんだけど、うまくできないの。そんなことしてると、おかあさんがおふろのとをあけて、『いつまではいってるの!はやくあがりなさい!』っておこるの。おとうさん『はーい』っていうんだけど、おっきいオナラをするの。それが、おかしくって」
「礼君…」
「ま~だ、あらってる!はやく、みんなでそとのおふろはいろ!」戻ってきた桃子が後ろから声を掛けた。
(ああ、なんてことを俺は礼君にしようとしてたんだ。俺はまったくの大馬鹿野郎だ)
「わかった、わかった。桃子、外のお風呂で待ってて。よし、礼君、背中おしまい。あと、前の方をこのタオルで自分で洗って。おじちゃんは髪を洗うから」
(そうだ。きっと、そう。ヨシヒト、お前が助けてくれたんだな)
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