第42話(最終回) 再び

 「清水ですが~、片付け、終わりました~」


 俺が、玄関先で大きな声でそう言うと、まもなく、バタバタとスリッパの音をさせながら法衣を身にまとった住職が玄関先に来られた。


「清水さん、ほんとに、日曜日、来られませんか?」


「ああ、方丈様、申し訳ありません。その日は大事な約束がありまして。うちの社長が落慶式に参りますのでよろしくお願いいたします」


「いやあ、社長さんはもちろんご出席いただきますが、私は、石垣も、そして、しあわせ観音像の台座も、中心となって造られた清水さんに是非、出席いただきたかったのです」


「せっかく、私のような者にもお声掛けいただいたのに申し訳ありません」


「いやあ、清水さん、お世話になりました」


 あの副住職も法衣を身にまとって玄関先にやって来た。その副住職の法衣の袖をつまんで半分隠れながらもじもじしているユイトも居た。


「副住職様、こちらこそ、お世話になりまして、ありがとうございました。あ、これからお二人でお勤めにお出掛けですか?」


「ああ、清水さん、もう、お帰りになるところなんですが、お時間少しいただいていいですか?しあわせ観音像の落慶式とは別に、清水さんも交えて完成したご挨拶にお経を一巻お読みしたいんですが」と住職が言った。


「ああ、いいのですか?私、こんな汚い作業着姿なんですが」


「いいえ、ぜひ、清水さんがいらっしゃる中でお経をお読みしたいんです」と副住職が言った。


「そうですか。それは、ありがたいことです。ぜひ、お参りさせてください」



 住職と副住職が横並びに観音像の前に立って、その後ろに俺とユイトが立った。

 住職によって名付けられた「しあわせ観音」は、白みがかった灰色の石像で、高さが2mほどあった。右手は手のひらを見せて下げ、左手は肘を曲げて手のひらを正面に見せていた。台座は、高さ1m程で、石積にして、上面は鮫肌石さめはだいしを使った。

 お顔の表情は、包み込むでもなく、許すわけでもなく、しかし、なんともいえない優しいお顔をしていたので、台座を作っている最中も、お顔を見るたびに作業の手が止まったものだ。

 

 住職と副住職が声を合わせて読経し、お経の後半で俺とユイトが台座に乗せた焼香台で焼香をした。

 俺は、観音像とお寺の繁栄を祈り、そして、俺自身のことを祈った。



◇◇◇



「礼、今ね、清水君からメールがあって、読むから聞いてね。『タカマリ、すまんが、桃子が今朝、熱を出したので行けなくなったんだ。集合時間に少し遅れるけど、俺は体育館に行くから、申し訳ないけど、先に、ゴールボールの準備をしておいてくれないか』ってさ」


「モモちゃん、ねつでちゃったんだ…」


「残念だけど、そうみたいね。でも、清水君は遅れるけど来てくれるみたいだから、二人でゴールボールの準備しちゃおっか」


「うん」


「よし、じゃあ、平均台を全部で4つ出すけど、礼、ここ持ってね。私、反対持つから。よ~し、じゃあ、せーの!そのまま、まっすぐ歩いてね」


「ねえ、おかあさん」


「ん?なに?手、離しちゃだめよ」


「うん。モモちゃん、ないてるかな」


「う~ん、かもね。あの子、こういうの、すっごい楽しみにする子だからさ。よ~し、一応、ここに置くかな。いい?ゆっくり降ろして~ そう。上手。う~ん、今日はさ、清水君が『出前ピザじゃなくて、手作りサンドイッチがいい』って言うから、たくさん、作ってきたんだけどなあ」


「うん。でも、きっと、しみずさんがモモちゃんのぶんもたべてくれるよ」


「うん、そうだね。残ったら、桃ちゃんにどうぞ、ってクーラーボックスごとあげてもいいしね。よ~し、あと3つ運ぶよ~」


「ああ、おそくなって、すまんかった」


「あ、おはよう、清水く…」


「おはよう…」


「な、なんで、パ、パパが…」


「え?なに?おとう…さん?」


「桃子が、急に熱出しちゃったからさ、無理言って、助っ人でヨシヒトに来てもらったんだよ」


「礼、久しぶりだな。元気にしてたかい?」


「え?ほんとに?ほんとに、おとうさんなの?」


「礼君、おじちゃんと手を繋いで。お父さんとこに行こう」


「おとうさん!おとうさんだね!おとうさんなんだね!」


「ああ、礼、おとうさんだよ。来ちゃったけどよかったかい?」


「ほんとに、おとうさんだ~ おかあさん、おとうさんだよ!」


「タカマリ、ちょっと、外で話していいか?」


「うん…」


「ちょっと、お母さんとお話しするから、ヨシヒトと礼君はさ、そのまま待っていてくれる?戻ってきたら準備して4人でゴールボールをやろう」




「清水君、これは…」


「タカマリに何にも言わなくて、ヨシヒトを連れてきてすまんかった」


「うん、まあ、そうならそうと、言ってくれればよかったのに」


「まあ、それは、俺も考えたんだけど、もしも、タカマリに断られたら、もう、二度とヨシヒトと引き合わせることができそうにないって思ってしまってね。すまんかった。で、ね、俺の話を聞いてほしいんだけど、この前の日曜日に、グリーピアワールドと温泉に行っただろ?そん時ね、礼君の背中を俺が洗っていたら『お父さんに洗ってもらっているみたいだ』って礼君が言うんだよ。でね、お父さんと一緒にお風呂に入っていた話なんかを聞いてね。礼君、そん時、俺に話しながら泣いてたんだよ。で、これは、もう、お父さんに会わせたい、いや、会わせなきゃない、って思ったの。あの子はさ、たぶん、お母さんにも、おじいちゃんやおばあちゃんにも気を遣って、『お父さんに会いたい』なんて言うことなく、目が見えない自分のことをしっかりやんなきゃって、頑張ってきたんだと思うんだよね。だからさ、あんな、俺に背中を洗ってもらっているだけでさ・・・」


「うん、わかるよ。わかる。あの、さっきの礼の姿を見て、私もそう思ったわ」


「なあ、タカマリ、ここからは俺のお願いなんだけど、別に、よりを戻せ、なんて俺は言わない。けどさ、こうやって、時々、奴に会ってほしいんだ。できればさ、3人で。この前、ヨシヒトの職場で会って話したんだけど、タカマリは聞いてた?」


「うん、清水君に久しぶりに会って仕事の打ち合わせをしたって聞いたわ」


「そうだったか。うん。でね、そん時、ヨシヒトから事故の話とか、それから家族内でいろんな感情があって離婚に至った話を聞いたんだけど、奴はさ、礼君に会いたいのに、そして、もしかして、タカマリともよりを戻したいのに、自分の体が悪いからって、子育てにも自信を持てないでいるし、前みたいな家族に戻る自信も持てないでいると思うんだよ。でも、そんなの、待っていたって自信が持てるはずない、って思うんだよ。家族がさ、みんなで協力し合ったり、助け合ったりして、そんで、気持ちが触れ合って、気持ちがわかり合って、少しずつ自信が持てるようになるもんだろ、って。確かに、離婚前の状況は悪かったかもしれないけど、そこから3人とも、自分のハンデと向き合いながら頑張ってきたでしょ。で、今なら、当時よりは、お互いのことを考えられるようになったんじゃないか、ってね。だからさ、無理がない程度に、家族で会ってやってほしいんだ」


「うん。清水君の言っていることよくわかる。私も、自分のハンデのことや、自分の仕事のこと、じいちゃんやばあちゃんに世話になっていることもあって、踏ん張っていなきゃなんなかったから、考える余裕がなかったのよ」


「ああ、タカマリ、わかってくれてよかった。じゃあ、体育館に戻って、ゴールボールをみんなでやろう。あの~ この前みたいに、楽しくやるんだよ!あ、サンドイッチ作ってきてくれた?」


「だって、清水君が食べたいって… あ…」


「そう、ヨシヒトにさ」


「清水君… もう、今回は、一杯食わされたわ!」


「ふふふ、ほんと、悪かったな」


「ああ、それより、清水君、病院の方は?」


「ん? あ、ああ… う~ん… んとね、俺ね、やっぱり、病院で診てもらうことにしたよ。大きな仕事も片付いたんでね。会社と妹には言わなきゃだけど、お袋のこともあるしね。でも、さすがに、嘘の病気を理由にするけどさ。まとまった期間ね、診療を受けるよ。できれば、薬物治療じゃなくて、セラピストの治療を受けたいと思ってる。自分の成育歴とかも、包み隠さず話してみるし、脳の機能が悪くないかも調べてもらうよ」


「あ、いや、清水君のことじゃなくて、桃子ちゃんの…」


「あ…」


「桃子ちゃんの熱は高いの?」


「あゝ、桃子のことは、実は、嘘なんだ。そうじゃないと、此処にヨシヒトを連れて来れなくなっちゃうから。それより、さっきの話だけど…」


「ん? 清水君、いいのよ。も言ったでしょう。自分の性癖をなんとかしたいという気持ちを大切にしてくださいって。その気持ちを忘れなければ、必ず、なんらかの道はあるだろう、って」


「タカマリ、お前、やっぱり、全部わかってて」


「だって、清水君、今時、メールアドレスが、isizumishokunin@だなんて、清水君しかいないわ」


「うむ」


「さあ、体育館に戻りましょ。今日も、私ら負けないからね~」


「私ら、って、今日の組み合わせは、どうするよ。難しいなあ」





             完





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夜想曲 橙 suzukake @daidai1112

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