第13話 同窓会

 女子でもないのに、同窓会に着ていく服からして悩みの種だった。

 弔事の機会の方が圧倒的に多かったから礼服はあったのだが、ブレザーは袖を通す機会はまったくなく、洋服ダンスをひっくり返すように探してようやく見つかった。しかも、ブレザーに袖を通すと、体がすでに規格外になっていて見られたものじゃない状態だった。

「着るものなんて、夏だし、普段着でいいのよ。結婚式じゃないんだから」と高井真理子は言っていたが、奴だって同窓会は初参加のはずで、当てになんかできない。と言っても、他に着るものもないから、俺はあきらめて、ボタンダウンシャツにチノパンで行くことにした。


 同窓会の会場の魚栄は、この街有数の大きな仕出し割烹だ。俺と同じ野球部の補欠だった男が跡を継いで板長をしているという。

 うちらの年の同窓会の会場とすれば、至極当然の場所と言えるが、久方ぶりに表玄関の前に立つと、昔の面影がほとんどないくらいに立派に改装されていた。決して大きくないものの、庭も丁寧に整備されていて、それだけで足がすくむ思いがした。

 

 時間は開始15分前だったが、ロビーは人でごった返していて、どこが受付なのかわからないほどだった。


「清水君」


 後ろから呼ばれて振り返ると、高井真理子が立っていた。昨日の白尽くめと違って、黒のスラックスパンツに、大きな襟のあずき色のシャツ、そして、黒いジャケットを着ていた。


「お互いにドタキャンなしでエライ!エライ!」


 まるで子ども扱いするような感じで高井真理子は言った。


「受付は…」


「そうね…あそこじゃない?」


 高井真理子が指差す方を見ると、5、6列の短い順番待ちの行列ができている場所があった。人混みを避けるようにロビーの端を通って受付のテーブル前にできている列の後ろについた。受付はクラスごとになっていたので俺たちは5組の列に並んだ。参加者のいでたちも、俺と同じような軽装の者ばかりか、Tシャツ姿の者も居るくらいだったので少し安心した。

 おそるおそる左右の列に並んでいる男女の面々の顔を見てもさっぱりわからなかったし、その者たちも近くに居る者同士で昔を懐かしむように談笑していて俺たちの存在に気付いていない様子だった。

 


「幹事、おつかれさま。お久しぶりね。高井真理子です。昨日、電話したけど、清水明夫君も一緒よ。お料理追加してくれたかしら」


 俺のひとつ前に並んでいた高井真理子がそう言った。


「おお、ベム、よく来たな~」


 受付の席に座っていた男が身を乗り出してひとつ後ろに居る俺を確認した。


「え!? ベム!? どこ?どこ?」


「ベムって、もしかして、清水君?」


「ベムだって?どこら?どこら?」


 四方八方から矢継ぎ早にそんな声がして、瞬く間に俺は同窓生たちに囲まれた。


「おい、ベム、久しぶりだな~今、何してんの?」


「ベム、どこに住んでんらー?」


「ベム、俺のこと覚えてっかー?」


 こうして、また、矢継ぎ早に質問攻めにあった。

 顔に見覚えはあっても、名前は思い出せない同窓生たちのそんな質問に短く答えていると、「ほら、清水君、受付しちゃいなよ」と高井真理子が俺の肩を叩いた。


「あっれ~?タカマリじゃね?」


「ほんとだ、タカマリだ!」


「うわぁ、このツーショット何?奇跡?」


とかなんとか、またまた大きな声が上がった。

 俺は、顔が火照るのを感じながら受付で会費を払い、急遽参加することになった証拠とでも言わんばかりのマジックペンで書かれたネームプレートをもらって、懇親会会場の2階の大広間に移動した。


 大広間は、ざっと50~60畳ほどあって、コの字型にお膳が並べてあった。掛け軸のある上座には四つのお膳が並べてあった。

 お膳のひとつひとつに「○組○○○○様」と名札が置かれていて、席順もどうやらクラスごとになっているようだった。


「わたしはここ。清水君は隣ね」高井真理子が言った。


 高井真理子の席は座布団ではなく、背もたれがついた低い椅子が置かれていた。


「電話でお願いしといたのよ。足が不自由だから、足の悪いおばあちゃんが座るような椅子を端っこに用意してくださいってね」


 まもなく、ロビーから上がってきた同窓生たちが自分の席に付いたのだが、上座の四つの席は空いたままだった。


「あの上座の席は?」


「ばかね。先生たちに決まってるじゃない」


「先生、呼んでるの?」


「普通、こういう席には呼ぶものじゃないの?」小声で高井真理子はそう言った。



「ん?どうしたの?誰か探しているの?」なおも周りをきょろきょろ見回している俺に高井真理子が聞いてきた。


「ん?いや、なんでもない。彼は来てないみたいだな」


「彼…?もしかして、ヨシヒト?」


「いや、あ、うん、そう」


「そうね、彼は来てないみたいね」と大して見回しもせずに高井真理子はそう言った。



「みなさん、大変、お待たせいたしました。会を始めるにあたりまして、まずは、私達が当時お世話になった先生方をお迎えしたいと思います。みなさん、盛大な拍手をお願いします!」


 司会者は、中学校時代に生徒会の何とか役員だった男だった。

 するとまもなく、下座のふすま戸が自動ドアみたいに左右に開いて、男3人女1人の見るからに年老いた元先生たちが入ってきた。

 元先生たちは、ベレー帽をかぶっていたり、紐タイをしていたり、杖を付きながら歩いていたりと、そのスタイルはさまざまだが、皆、年相応の格好をしている正真正銘の老人であり、あの老人たちが俺たちを教えていたのかと思うと実感がわかなかった。



「みなさん、お忙しいところたくさんのご参加ありがとうございました。これより、昭和〇〇年度○○町立○○中学校同窓生懇親会を始めたいと思います。まず、はじめに、ご来賓であらせられます先生方から一言、ご挨拶を賜りたいと存じます」


 元先生たちは、ひとりひとり自分の座布団の上に立ってあいさつを述べた。

 俺のクラス担任だったあの牧師みたいな先生は、やっぱり、昔と変わりなく、役にも立たないような話をするもんだから、俺は途中で大きなため息をついてしまい、隣の高井真理子からひじで小突かれた。


 当時の生徒会長の音頭で乾杯してから開宴になった。

 最初は、銘々のお膳の料理をいただきながら隣同士でビールやらウーロン茶を注ぎ合って飲んでいたが、間もなくして、思い思いの場所に車座ができて昔の懐かしい話やら、仕事や育児の話なんかを楽しそうに話す声があちこちから聞こえてきた。

 俺は、元担任の“牧師”のところにも、他の同窓生のところにも酒を注ぎに行かず、瓶ビールを隣の高井真理子に注いでもらったり、手酌で注ぎながら飲んだりしていた。

 店に来た当初の最大緊張からは幾分なりとも和らいでいたが、やはり、普段では味わえない底知れない緊張感が俺を支配しているのがわかったし、それを無くそうと、普段よりも早いピッチでグラスを空け続けていた。

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