第12話 約束

「ぎそく、ってなーに?」


 悪びれずに桃子が尋ねた。


「義足っていうのはね、本当の足じゃない、お人形さんのような足のことよ」


 高井真理子は臆することなくそう答えた。


「なんで、おにんぎょうさんのあしになったの?」


「なあ、桃ちゃん、そんなふうになんでも聞くもんじゃないよ」


「どうして?」


「いいのよ、清水君。いぶかしまれるよりも話してわかってもらった方がいいわ」


「俺は、なんとも言えないけど…」


「わたしね、車で事故を起こしたの。去年ね。電信柱にドーンと正面衝突。わたしは左足を失って、一緒に乗っていたこの子は視力を失ったわ。脳の前の方が、頭蓋骨の内側に激しく当たった衝撃でね。明るさとか、ぼやけた輪郭は認識できるんだけど、それ以上は見えなくなってしまったの。わたしは、自業自得だからしょうがないにしても、この子の視力を奪ってしまったのはね…」


「そうだったんだ…」


「旦那ともね、その事故以来、関係がギクシャクしてね、今年の初めに、別れたのよ」


「でも… でも、どうしてそんなことを俺なんかに話したの?」


「うん…そうね… 清水君だから話したかったのかもね」


「俺だから?」


「ほら、礼、こうやって持たないとアイスが溶けて垂れてきちゃうよ」


 高井真理子は礼君の手に手を添えながらそう言った。


「ねえ、清水君、明日の同窓会、出る?」


「同窓会?」


「そう。案内の葉書、来なかった?」


「いや、届いてないけど」


「そう… もしかして、清水君、引っ越した?」


「ああ、もう10何年前にね。1区から7区に。といっても、7区の家も中古の家なんだけど」


「そうか、きっとそのせいよ。うちらの中学校の卒業年度全員に幹事が往復葉書で案内を出したはずだから」


「そうなんだ…」


「ほら、男の子たちは今年42歳で本厄でしょ。だから、お昼に神社でお祓いしてもらって、そのすぐ後に同窓会って日程になってるの。ね、明日、おいでよ」


「いや、勘弁してくれよ」


「なんで?」


「なんで、って、中学のときの俺の状態からすれば当然だろ?」


「でも、清水君、わたしたち、もう42歳よ。大人も大人、いい大人よ。中学のときのいろいろなことだって、昔話だわ。私とだってこうやって普通にしゃべれているでしょ?」


「う~ん… とはいえ…」


「この街に住んでいるみんなは、それぞれ、仲間同士で集まって飲んでたみたいだけど、こんなふうに大規模に声を掛けて集まるのは成人式以来ね。実は、わたしも、みんなに中学卒業以来、久し振りに会うの」


「え、タカマリも、中学卒業以来なの?」


「そう、成人式も出られなかったしね。ほら、うちらの成人式ってお盆に合わせてでしょ。わたし、その頃、海外に留学してたから出られなかったのよ。久し振り過ぎるとなんだかわたしも気が引けてね。清水君と一緒ならわたしも心強いし。ね、お願い!一緒に行って!」


「レイくんも、いっしょにいくのー?わたしも、その、なんとかかい、でるー」


 桃子が言った。


「ももこちゃん、礼はおじいちゃんとおばあちゃんに預けるから行かないのよ」


「えー!? ももこ、レイくんとあそびたかったのに…」


「そう、ありがとう。じゃあさ、また、別の休みの日に会ってくれる?」


「うん!いつ?あした?あしたのあした?」


「そんな近くはだめだけど、都合のいい日を明夫おじちゃんと相談するからさ、待っててくれる?」


「うん…わかった。ももこ、まってるから、ぜったいにぜったいにぜったいだよ!」


「ね、礼、ももこちゃん、そう言ってくれてるけど、いい?」


「うん、いいよ。ぼくも、いっしょにあそびたい」


 礼君はそう言った。


「レイくん、ほんと、やくそくだよ」


「うん。ももこちゃん、いっしょにあそぼう」


「じゃあ、決まりね。清水君もわたしと約束しなさいよ」


「そうよ!あきおじちゃんも、やくそくしなよー」


「わかった、わかったよ。それは、どこで、何時からあるの?」


「10区の魚栄、知ってるでしょ?野川君がやってる店。そこで、15時からよ」


「やけに、早い時間だな」


「今、お祭りでしょ。それに、明後日は月曜日で仕事だから、そんなものよ」


「魚栄に15時。わかったよ」


「清水君、直前に怖気づいてドタキャンは無しね。“いい大人”なんだから」


「わかったよ。でも、タカマリこそ、ドタキャンしないでくれよ」


「そうね…ドタキャンはだめよね…」


 俺は、半ば冗談のつもりで言ったのに、まともな返事が返ってきたから、少々、驚いた。


 俺たちは、お互いの携帯電話の番号とメールアドレスを交換してから別れた。

 桃子は、すぐに、金魚を飼うための道具の心配と、礼君に会ったら何して遊ぶか考え始めたけれど、俺は、突如決まった明日の同窓会のことが現実的に心配になった。

 高井真理子と話しているうちに、なんとなく、大丈夫そうな気がして思わず承諾してしまったが、昔の同級生たちの不機嫌そうな顔が次々に頭の中に浮かんでは消えていき、もう、ここ何年かは思い出すことがなかった中学時代のいろいろなエピソードが、頭の中を駆け巡った。


「ももこ、レイくんとあそぶの、とってもたのしみ~」

 

 俺は、スキップしながら楽しそうに歩く桃子を上からしばらく眺めていた。

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