第31話 投稿

「おはようございます。豊樹園の清水です」


「はーい」


 遠くから聞き慣れない男の声で返事があった。


「あ、清水さん、おはようございます」


 玄関先に出てきたのは、副住職のあの男で僧衣を身に付けていた。


「おはようございます。ええっと、観音像の台座の設計図をお持ちしたのですが、ご住職様はいらっしゃいますでしょうか」


「そうですか。それはすみません。住職はあいにく、東京の寺院の方に出掛けて居りまして不在なんですが、言伝ことづてしておきましょうか」


「ああ、そうなんですね。では、この設計図をお渡ししていただけますでしょうか。ちなみに、ご住職様はいつお帰りで?」俺はクリアファイルを副住職に差し出した。


「ありがとうございます。住職は今日の夜には戻りますので、帰りましたら渡しておきます」


「ありがとうございます。設計図をご覧いただいて、細かい算段につきましては後日、改めてお伺いしてご相談させていただきたいと思います」


「承知いたしました。住職に伝えておきます。せっかく来ていただいたのに不在にしていてすみません」


「いえいえ、いいんです。私がアポなしでお伺いしたわけですから。ところで、今日は、副住職様は学校お休みで?」


「そうなんです。枕経が一軒入りまして、これからそちらに伺おうとしていたところなんです。学校の方は時間休をいただきました」


「それは、大変でございますね。では、ご住職様によろしくお伝えくださいませ」


「承知いたしました。こちらこそ、ありがとうございました」


「ええっと、そういえば、先日の夕方、〇〇市の道路で、たぶん、副住職様のディスカバリーの後ろを私の会社の車で走ったと思うんです」


 俺は、言うつもりがなかったこの一言を玄関の戸を半分開けたところで振り返って言ってしまった。


「ああ、そうでしたか。確かに行ってました。あの日は、以前、勤めた学校のクラス会に呼ばれましてね。その帰りだと思います。お酒を飲んでましたので代行だったんですが、帰る途中に、担任してた子のバイト先まで送ってあげたりしていろいろ大変でした」


「あゝ、そうだったんですね。クラス会に呼ばれるなんて、副住職様も生徒から慕われているんですね。私はまた、〇〇市にも檀家さんがいらっしゃったのかな、なんて思ったのですが」


 俺は、予想もしなかった副住職の返答に驚いているのを悟られないように冷静を装って返答した。


「いえ、〇〇市にも数件、檀家さんはいらっしゃるんです。実は、これから枕経に伺う檀家さんもそこの街でして」


「あゝ、そうなんですね。いや、これからお出かけになるお忙しいところを時間取らせてしまってすみませんでした。では、失礼いたします。ご住職様にくれぐれもよろしくお伝えくださいませ」


「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました。お気を付けてお帰りくださいませ」



 参道の両脇に作った石垣が痛んでいないかチェックをしながらも、俺は、副住職の返答を反芻していた。

(クラス会… 飲酒… 代行… ラブホテルでバイトしている卒業生を帰りに送る…)


 副住職の返答する態度を合わせてみても、なんらおかしい点はないと俺は思った。副住職は「いろいろ大変でした」と言っていたが、いくら、教え子をバイト先に送るとはいえ、自分の車で、しかも、代行業者に頼んでラブホテルに入って行くことは、確かに「大変なこと」だろうと察する。

 俺があの日、目にした状況だけを並べれば、俺の想像したストーリーはけっして無茶なことじゃないと思うが、やはり、見た目だけでは本当のことがすべてわかるわけではないのだ。

 俺は、自分の想像したことを恥じるとともに、副住職への謝罪の気持ちを表すために、参道で本堂の方に振り返って一礼してからトラックに乗り込んだ。



「・・・お送りしました曲は、ジョン・スコフィールドの演奏で『アイ・ウィル』でした。時刻は、間もなく、9時40分になるところです。改めまして、おはようございます!

          コンドウマリコです。みなさんがいらっしゃる地域のお天気はいかがでしょうか。スタジオから見える空は…あ、ち~さいですが、青空が見えてますよ~ 昨日は、ほんとに、ひどい天気でしたね~ 夏をまだまだ感じていたいのに、台風による強い北風が夏を根こそぎ一掃するような大荒れの一日でした。報道の方には大きな事故や川の氾濫のニュースは入ってきていませんが、皆さんのお住まいの地域で被害などはなかったでしょうか。番組のエンディングでも皆さんからのメッセージをお読みしますので、是非、お送りください。では… 10時前のメッセージのコーナーで読んでください、と、新潟市の石積み職人さんからいただいたメールをお読みしますね。おはようございます。枝豆の煮かたから2回目の投稿になります。先日、放送された、略奪愛が止まらない女性の相談に対するコンドウさんの返答が素晴らしいと思い、私も、相談してみよう、と思い立った次第です。ああ、あれね~。あの相談に対するみなさんからの回答は、番組始まって以来の厳しさ極まるものがありましたね~ 私なんか “ほんとに好きな人が現れるまでジャンジャン交際していけば” なんてコメントしましたが、それに対してもお叱りのメールをたくさんいただきました。実は、あの相談をされた上越市の女性から後日、メッセージをいただきましてね、『私が、いかに、甘ったれていて、無責任に生きてきたのかよくわかりました。厳しいことを言っていただき、だいぶ、へこみましたが、地に足を付けて生きていこうと思い直すきっかけになりました』というお返事でした。いやはや、リスナーのみなさま、わたくし、コンドウからもお礼を申し上げます。正攻法な回答であっても、真剣に伝えることで人の心に響くんだ、と思い知らされました。ありがとうございました。さて… 石積み職人さんからのメールの続きを読みますね。これも、もんのすごくヘビーな相談内容なので、みなさん、よろしくお願いします。私は、40代前半の男ですが、気が付いた時には幼児愛、特に、思春期前の男児を好む性癖を持ち合わせていました。図書館やインターネットで自分の性癖についていろいろ調べてみましたが、原因らしい原因を思いつくことはできませんでした。しかし、思春期前の男児を好む気持ちには変化は見られず、当然、結婚もできないばかりか、女性に対する恋愛感情も持てていません。恋愛対象が、大人の同姓の方、あ、石積み職人さんの場合は、大人の男性ってことになりますね。恋愛対象が大人の同姓の方なら、こんなに思い悩むこともないし、世間一般の方からも批判を浴びることはないと思うのですが、性の対象が男児であることは、いくら、自分の性癖とはいえ、なんとかならないものかと思っています。男児の全部が全部、性の対象というわけではありません。単純に、子どもとしてかわいく思えますし、大切にしてあげたい気持ちも持ち合わせています。そして、子どもにも人権があって、大人の性の道具にしてはならないことも重々承知しています。だから、こんな自分をまともにしたいのです。ちなみに、今のところ、幼児を対象とした犯罪行為は一切行っておりません。コンドウさんのご意見を是非お伺いしたく、よろしくお願いします。とのことですが…これは…ちょっと即答、というわけにはいかないかな~ 一曲お送りしまね。私なりの回答はこの曲の後で。曲は、今月のパワープレイで・・・」

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