第32話 なんとかしたい

「トラフィックインフォメーションをお送りました。やっぱり、昨日の台風の影響でいくつかの幹線道路でも片側交互通行がありましたね。普段、車通りが少ない山間地域で、思いもしないがけ崩れとか、路肩が崩れているとかといったことがあるかもしれませんので、お気を付けて運転なさってくださいね。さて…さきほどお読みした石積み職人さんからの相談メールですが…村上市の赤い風船さんから、幼い子供を持つ親からすれば、正直、大変、ショッキングで心配な相談内容でした。昨今のニュースを見ましても、子どもを対象とした性犯罪の報道も多く、不安が大きくなっているところです。相談されている方にどんな言葉を掛ければよいのか今も分からないのが正直なところです。とのことです。弥彦村のジャズマスターさんから、ショッキングな相談内容で、おいそれとコメントすることができません。さすがに、一般人の私たちには手に負えない内容かなって思います。とのことです。石積み職人さん、私も、すぐにお答えできるような感じがしないのですが、今、私が思っていることをいくつかお話しますね。まず、いくらラジオネームだからといって、こんな表明しにくいことを相談しようと思った石積み職人さんのお心を大事にしてほしい、ということなんです。誰かではなくて、石積み職人さんご自身が自分の性癖をなんとかしたい、変えたい、と思っているお気持ちを大切になさってほしいのです。そのお気持ちを忘れなければ、必ず、なんらかの道はあるだろうと思います。石積み職人さんはご自身で図書館に行かれたり、インターネットで調べたりされたようですが、もしかして、それだけでは気付いていないこともあるかもしれません。性癖もそうですが、精神的なことで困ったことに関しては、一度、専門のお医者さんに相談されてみるのもいいかもしれないなあって思うんです。わかっているようで知らないことや気付かされることもあるような気がするんです。そして、もしかして、石積み職人さんにとってはお辛い療法をお医者さんから持ち掛けられることになるやもしれません。変な言い方ですが、“好きなものを好きじゃなくさせる”ってのは辛いことだって、みなさん、そう思いませんか?とても、積極的に足を向かわせようとは思えないことです。でも、でも、“そんな自分をなんとかしたい”というお気持ちがおありなら、勇気を出して一度、飛び込んでみてください。こんなことしか言えなくて申し訳ないのですが、石積み職人さん、私、心から応援してますので、ちょっと考えてみてください。さて、時刻は、9時53分になるところです。CMの後は、エンディングになります。♪モーニングナビゲート セブンティシックス ポイント ナイン ステイ チューン エフエム ポートサ~イド♪」



 寺の帰りの車の中で、俺は何度も女パーソナリティのコメントを反芻した。俺のラジオネームが読まれたときには(なんてこった。本当に読まれるとは)ってすぐに後悔した。「即答できない」と言われた時には(やっぱりな…俺はやっぱり馬鹿だったな)と思った。でも、その後の、リスナーからの反応も、女パーソナリティのコメントにも俺は嫌な気持ちにはならなかった。全部が全部、言葉通りじゃないだろうが、それは、拒否や排除ではなく、俺という人間を受け入れてコメントしてくれた気がしたからだ。「心から応援してますので」と言った女パーソナリティの最後の一言は、もちろん、営業言葉なんだろうと思うが、その中に微かながらも希望の光のようなニュアンスが感じ取れたような気がした。


 果たして、女パーソナリティの言う通りかもしれない。

 自分なりに調べたとはいえ、きっと、それは全てではない。心配事があるときに、とかく、人は、自分が安心できる情報だけを追い掛けて取り込み、自分に不利な情報は、それが事実に思えることでもスルーしがちなところがある。そして、自分をいくつかの情報だけで安心させようとし、他の情報を自然にシャットアウトするところがある。

 もしかして、俺自身が気が付いていないエピソードや成育歴が性癖の何らかの原因になっているかもしれない。本当に、脳の機能になんらかの欠陥があるのであれば、自分の力でどうこうできるものではないだろう。


 インターネットで調べていく中で、この手の性的倒錯の治療方法についても調べたことがあった。1~2年間、毎週、セラピストの治療を受けることで、自分の欲求を行動に移したり、児童ポルノを消費したりしないよう抑制する術を教わったり、さらに、子どもが小児性愛犯罪の犠牲者となった場合にどれだけ傷つくか、被害者の立場になって考えることも学んだりすることがわかった。また、外国の治療プログラムでは、希望者に対して、化学的去勢や薬物療法も提供しているそうだ。

 去勢なんてもってのほかだとは思うが、薬物療法だって、今の自分が自分でなくなるような気がして怖い。セラピストを相手にした心理療法だって、1~2年間も定期的に通い続ける気力やモチベーションは持つ自信はない。


 そんな治療方法もさることながら、要は、女パーソナリティが最後に短く言った「好きなものを好きじゃなくさせることの辛さ」が、俺の性癖の後ろめたさに勝っているから治療に前向きになれないのだと俺は思った。

 しかし、鼻から全部諦めた上で、気休めに俺はラジオに投稿したのか?と自問すれば、答えはノーだ。

 彼女が言う通り、「なんとかしたい」気持ちが俺の中にあることを俺は再度、車の中で確認した。

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