第33話 小学校建設現場
「おい、明夫、準備は出来たか?」
「はい。でも、社長、本当に、スーツとか着て行かなくてもいいんですか?」
「ああ、そんなことは気にしなくてもいい。あそこの社長は昔からよく知っているんだ。打ち合わせといってもな、設計図は向こうさんが作ってくれているし、植える木だって決まってるからな。俺達は、現場に行って社長さんに挨拶して、ロータリーの松と、街路樹とグラウンド周りの木をどんな間隔で植えればよいのかを確認すりゃいいんだ」
社長は、もう、とっくに短くなったハイライトの灰をそれでも人差し指で灰皿の上で叩いて落としながらそう言った。
「わかりました。じゃ、そろそろ行きましょう」
俺は、いつもの会社のトラックの鍵を作業ズボンのポケットから出してジャラジャラさせながらそう言った。
今日は、土曜日なので、いつものラジオ番組はやっておらず、7時から11時半まで放送している地域密着型の情報番組を男のパーソナリティがやっていた。2台の車が通過するのをやり過ごしてからトラックを始動させると、地元のプロサッカーチームの戦跡と、1部復帰昇格の危機を憂う話題がスピーカーから聞えてきた。
「やっぱり、今年の1部復帰はないだろうな」
「おっと、社長、Jリーグなんて興味おありでしたか。知りませんでしたよ」
「うちは、年間パスポートを夫婦で持ってるからな」
「それは、また、本格的なファンなんですね」
「あのチームはな、助っ人外国人を入れて得点王なんかになっても、次の年に、他のチームに売られていっちゃうからな。核となるメンバーが定着しないで、チームとしてその年暮らしなんだよ」
「私は、サッカーのことはよくわからないんですが、毎年、メンバーがころころ変わったんじゃ、そりゃ、チームとしてはだめなんでしょうね~」
「そう、成熟しないしな。また、あそこのチームは監督もころころ替わるんだよ。無論、シーズン中の成績が悪いせいだから仕方ないんだがな」
「社長、今日は、土曜日ですけど、試合を見に行かれるんですか?」
「さっき、ラジオでも言っていたけど、今日の試合はアウェイで大宮とだから行かないよ。俺は、もっぱら、ホームゲームだけだ」
そう言うと、社長は作業着の胸ポケットからハイライトを出して火を点けた。
「そういや、明夫は野球やってたんだっけな」
「社長、たしかに、やってはいましたが、それは、小学校のお遊びと中学校の部活だけですよ。しかも、ライトの補欠の3番手でしたからね、やっていないのと同じですよ」
「ははは…たしか、前にそんなこと言っていたな。これから会う近藤建設の社長も、高校、大学までずっと野球していたって言ってたな」
「ほお、大学までやってたって、そりゃ本格的ですね」と言いながら、俺は、胸ポケットからピースを1本出して火を点けた。
「ま、彼も、事故で体が動けなくなって、今じゃ電動車椅子に乗ってるけどな。怪我する前は、地元のスポーツ少年団の監督やったりして一生懸命だったんだよ」
「そうでしたか。事故でね… でも、近藤建設といえば、この辺りじゃ大手だし、景気もいいんじゃないですか?」
「まあ、そうだろうな。今行く小学校の建設も、共同企業体じゃなくて一社で請け負ったしな。明夫、お前の母校だったところだろ?」
「はい。そうなんです。私がいた頃で、創立百周年とかだったはずなんですわ。なんか、人文字で100周年の字を作って、航空写真を撮った記憶がありますもの。増築とか、耐震とかしたんでしょうけど、新しくする前の校舎なんて、とんでもなくボロかったんじゃないですかね」
「じゃあ、俺達もいい木を植えてあげなきゃな」
「はい。社長、よろしくお願いします」
それから40分ほど、車を走らせて、小学校の建設場所に到着した。懐かしの校舎は跡形もなくなり、すでに、新校舎も大方できあがっていて、あとは内装だけっていう感じだった。
最寄の道路を曲がって入り、小学校の校舎があるところまでの道路がさらに200mほどある。その両側に、桜の木を植え、校舎の児童玄関の前のロータリーの真ん中に大きい松の木を植え、さらに、グラウンド周りに風除けになる常緑樹を植える、そんな風に社長から聞いていた。
2階建てのプレハブが作業員らの飯場だが、社長と俺は1階の入り口の戸を開けて中に入った。
「社長、久しぶりです。お元気でしたか」とうちの社長が声を掛けると、電動車椅子を反転させて作業着姿の男がこちらを向いて言った。
「いやあ、豊樹園さん、お久しぶりです。べム、久しぶりだな。元気にしていたか」
そう言われても、俺はその社長の顔に見覚えがなかったので、まじまじと見つめるしかできなかった。
「俺を忘れたか?ヨシヒトだよ。近藤義人」
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