第34話 再会
「近藤社長、清水をご存じだったんですか?」
「知っているも何も、俺たちは小中学校が同じで、中2と中3の時は同じクラスでしたし、部活も一緒だったんですよ」
「それは、それは。今日は、いつぶりの再会でしょうか」
「いやあ、それこそ、中学を卒業して以来になりますわ。な?ベム」
「あ、ああ、そうですね」
俺は、この状況をただ、ただ信じられない気持ちで、二人の会話を呆然と聞いていただけだったから、そう返すのが精一杯だった。
「豊樹園さん、改めまして、本当は休業日だったところ無理して来ていただいて申し訳ありませんでした。早速なんですが、ロータリーの松から打ち合わせさせてもらっていいでしょうか」と、近藤義人は言った。
「いえいえ、うちらも忙しい時期を一山超えたところでしてちょうどよかったんですわ。近藤さんもお忙しいところ時間を作っていただいてありがとうございました。じゃあ、松の方、お話を聞かせてもらいますわ」
社長と俺はプレハブのドアを開けて外に出た。ヨシヒトは、左手側にあるレバーを動かして電動車椅子を操作して俺たちが開けたドアから傾斜の低いスロープを降りて外に出た。
まさか、あのヨシヒトが近藤建設のせがれで、今は社長になっていて、しかも、電動車椅子に乗って俺の前を進み、これから植樹について打ち合わせをする…この展開に俺はうまく順応できていなかった。頭はぼーっとしたままだったし、足が地に付いていないフワフワした感じがしていた。いや、無理もない。よりによって、俺をなじった挙句、ぶちのめした相手なのだ。タカマリと同じくらい、俺の半生を決定づけたきっかけを作った男がこの男なのだ。そんな男とこれから仕事の話をしようというのだから。
ヨシヒトは、車椅子に乗っている以外でいえば、小中学生の頃に色白だった顔は日によく焼けた顔になっていて、細くてサラサラと柔らかそうだった髪の毛は、ほぼ真っ白い白髪を短髪にしていた。上半身は、肩幅が広く、がっちりとした体型だった。もしも、車椅子から立ち上がれば、身長も相当高そうだった。こうやって紹介を受ければまだしも、街中ですれ違ってもまず気付くことはないだろう、と思った。
児童玄関前のロータリー周りの石垣は、うちの会社の別の社員が先月のうちに完成させていた。正円の石垣の直径は7mほどで、赤玉土や鹿沼土と腐葉土を混ぜたものと川砂で埋めてある。10月初めには松を植樹して、その周りに杉苔を植えることにしている。
社長は、A4大の植樹する候補の松の写真を何枚かヨシヒトに見せては、目の前のロータリーの石垣に目をやってイメージを共有させていた。
「なあ、ベム、社長さんはこの松がいいと仰っているんだが、お前はどう思う?」
二人の後ろで、ぼーっと立っていた俺の方に振り返ってヨシヒトは言った。
「はい。私も、この松で良いのではと思います。幹もしっかりしていますし、枝っぷりもこの学校の背景によく合っていると思います」
二人の方に歩み寄って写真を見ながら俺はそう言った。
「そうか。じゃあ、社長さん、この松でお願いします」
「近藤さん、うちの造園場で直に見られてからでもいいんですよ」
「いや、社長さん、あなたと清水君の意見を信用しますわ」
「そうですか。わかりました。じゃあ、この松でいきましょう」
社長は、写真の入ったクリアファイルを閉じてそう言った。
「じゃあ、次は、グラウンド周りの常緑樹の方をお願いします」ヨシヒトはそう言って車椅子を反転させた。
俺たち3人は、トラックやら重機が停まっている校地を縫うようにして進んでグラウンドに出た。グラウンドは、すでに
「本当は、此処も桜の木にしたかったんだがな、校門前の連絡道路も桜、此処も桜じゃ芸がないし、風除け・日除けの効果も期待してな、常緑樹にしたんだ」
そうヨシヒトは俺に向かって言った。
グラウンド周りの打ち合わせが終わり、再び、校門に戻って連絡道路の桜並木の打ち合わせをして、飯場のプレハブに戻ってきた。
「もしよかったら、缶コーヒーどうぞ」
女従業員がお盆に乗せて俺たちに持ってきてくれた。
「社長さん、まだお時間ありますでしょうか?久しぶりに会えたんで、清水君と少し話ができたらと思って」
「はいはい。時間なら大丈夫です。私はここで一服していますんでどうぞどうぞ」
胸ポケットからハイライトを出しながら社長がそう言った。
「ありがとうございます。ベム、ちょっとそこまでいいか?」
ヨシヒトも缶コーヒーを膝の上において電動車椅子をプレハブの入口に向かって進ませた。俺が入口のドアを開けると「ありがとう」とヨシヒトが言った。
この男に礼を言われたのは、おそらく初めてではないかと俺は思った。
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