第15話 昔のこと

 一次会の魚栄から歩いて15分くらいのところにあるカラオケ屋に向かっていた。

 タカマリの歩くスピードに合わせて俺も歩いたが、あまりにも飲み過ぎていた俺は左右に揺れながらも向かって歩いて来る祭り客にぶつからないように気をつけて歩いた。

 

「私、中学の時に清水君のことをいじめぬいたわよね。あのときはごめんね」


 一次会の終わりごろになって、タカマリは意を決したように俺に言った。


「私、あの頃、怖いものなしで、生意気で、とんがっていたことを売りにしていたわ。ちょっと強いことを言えば、周りは『そうそう』って頷いてくれたし、よいしょもいっぱいされた。きっと、他人にはっきりものを言える勇気が持てない子たちの代弁者みたいな存在だったと思うの。なんでも周りが同調してくれたり、従ってくれたりするもんだから私の感覚もマヒしていて、清水君にあんな酷いことをしたんだわ」


 酔い覚ましにと頼んだウーロン茶を一口飲んでからタカマリは続けた。


「だけど、気が付くと、私の周りにも人がいなくなっていたわ。周りの女の子たちにも平気で酷いことを言っていたのよ。ヨシヒトをやっつけた後の清水君と同じ感じだったかもね。周りから怖れられて、距離を置かれて、怖れていた同じ境遇の者同士が気持ちを共有させると一転強くなって、反撃してくるようになる」


「それなら、俺も当時、嫌というほど味わったよ」


 俺は、ハイボールのグラスの中にレモン汁を絞りながら言った。


「本当にごめんなさい。私が馬鹿だったわ」


「タカマリ、もう、昔のことさ」


 こんな告白を聞く心の準備ができていなかった俺は、わかったようなことを短く返すのが精いっぱいだった。



「んじゃあ、ここのみなさんはこの部屋ね~」


 幹事の一人が俺ら二人を含む数人を小部屋に案内した。二次会に来た者たちは30人くらいいるらしく、一つの部屋には収まらないことから幹事団によって適当に部屋を分けられた。

 一緒の部屋になった者たちは、タカマリ以外は全員男で、中学の頃は別のクラスだったけど、小学校が一緒だったことからすぐに名前と顔が一致して、しばらくは、歌も歌わずに酒を飲みながら小学生時代の懐かしい話をした。


「そうそう、6年生の時の音楽室バリケード事件とか覚えてる~?」


「覚えてる!覚えてる!平出先生の授業が嫌で、マサが先生を廊下に締め出して音楽室に鍵をかけて同級生を拉致ったやつ!」


「マサ、あん頃は、すごかったわな」


「最初は、みんな面白がって笑ってたけど、時間が経ってくると心細くて泣きだす女子も出てきて」


「だって、帰りの会の時間過ぎても、音楽室から出なかったもんだから」


「説得に来た他の先生たちも、最初は怒鳴り口調だったのが、飛び降りを止める刑事みたいに優しい口調になって」


「ははは、わっかる~。でも、マサがそれでも譲らないもんだから…」


 話していた者たちの視線が一斉にタカマリに向けられた。


「私が、マサを平手打ちしたのよ。いいかげんにしなさいって」


「そうそう、あんときは、さすがタカマリ!って思ったよ」


「あれで、引っ込みがつかなかったマサも降参」


「そうか、タカマリは小6の頃には、もう大人だったんだな」


 俺は感心しながらつぶやいた。


 そんな昔のエピソードが2つ3つ出された後で、そろそろ歌おう、と誰かが言い出してカラオケが始まった。

 みんな80年代や90年代の懐かしいヒットソングを歌ったけれど、俺には持ち歌らしい持ち歌なんてなかったし、カラオケ屋で歌うこと自体、20年ぶりくらいだったから順番に回ってくるリモコンはすぐに隣の高井真理子に渡していた。


「清水君も歌いなさいよ~」


 酔い覚ましのウーロン茶のシーンが懐かしく思えるくらいにタカマリは明るく酔っぱらって、絡み口調で俺に選曲を勧めてきた。


「わかったよ、タカマリ。1曲だけな」


 俺は、造園科の高校に入学したばかりの時によく聴いていた誰も知っている男性アーティストのヒット曲を歌った。


「おいおいおいおい、ベム、すっげ~似てんじゃん!」


「ベム、すげ~よ、これ!」


「うっける~!」


 別に似せて歌っていたつもりはなかったのだが、同室の者たちからそんな賛辞を受けた。

 

 もう、そのあとは、大変なことになった。

 同室の者が各部屋に俺を連れ回してはその歌を俺に歌わせたのだ。

 中学時代以来の再会の、意外な男の、意外過ぎる歌いっぷりに各部屋共に湧き上がり、俺自身もすっかり感覚がマヒして、歌い終わった後も各部屋の参加者と乾杯し合ったり、近況を短く伝え合ったりした。



 一通り、部屋を巡り終わって、トイレに向かった時だった。


「まあ、ベムもいい気になったもんだな。自分の過去のことも忘れてあの騒ぎよう」


「タカマリもだよ、あの女、左足、義足だぜ」


「まあ、過去のしっぺ返しだよ、ありゃ」


「昔、ハブられた同士が仲良くな」


 廊下の曲がり角の向こうからそんな会話が聞こえてきた。


「おい、俺のことはいいけど、タカマリのことをそんな風に言うんじゃねえよ」と言って俺は相手に詰め寄った。


「清水君、やめて」


 後ろを振り返ると、タカマリが立っていた。


「いい大人が、中学生の続きなんてこんなところでやめましょう」

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