第19話 提案

「今日は、8月8日、金曜日です。改めまして、みなさん、おはようございます!    

            コンドウマリコです。燕市のドレス美人さんから。おはようございます。この頃、コンドウさんの“おはようございます”の挨拶の後の空白の時間が短くなっているような気がしますが、それは、あまりの暑さにイライラしていらっしゃるせいでしょうか?というメッセージが届いています。ヌハハハハハ…みなさんも、そう思ってましたか~?私とすれば、変わらないつもりでいたんですけど~ やっぱり、ドレス美人さんのおっしゃる通り、暑さでマヒしていたのかもしれませんね。わたくし、コンドウマリコが、“おはようございます”の挨拶の後にしばらく黙っているのは、リスナーの皆さんにも挨拶を返してほしいからでありまして、もう、そ~だな~、4,5年くらい続けていますでしょうか。今日も、蝉と田んぼの稲しか喜ばないかのような暑さですけれども、しっかり挨拶し合って元気出していきましょうね。さて…8時前のメッセージのコーナーで読んでいただけるとありがたいですというのは、初投稿の新潟市の石積み職人さん。いらっしゃいませ~!毎朝、通勤の車の中で楽しく聴かせてもらっています。先週の放送で、コンドウさんが自宅でやっている枝豆のゆで方を聴いて、ひとつアドバイスを送りたくなりました。枝豆をゆでる鍋に多めの塩を入れるのはもちろんですが、ゆでる前に、枝豆をよく塩もみして、30分くらい寝かせた後にゆでると、さらに香りが立って美味しさが増しますのでお試しください、と。うわあ、石積み職人さん、美味しさが引き立つひと手間情報をありがとうございます!今日、帰ったら、早速、試してみたいと思います。今夜の枝豆はどうしようかな~ やっぱり、“湯あがり娘”でしょうかね~ あゝ、もう、だめ。帰るまで待てない!スタッフ滝壺!ちょっと、近くのスーパーで枝豆買ってきてこの方法でゆでて!ヌハハハハ ほんと、今夜やってみますね!石積み職人さん、どうもありがとうございました。んでは、次のメッセージは…」


 昨日、帰宅してから、ガラケーでラジオ局を検索して、メッセージを送ったら、なんと読まれた。想像はしていたけど、こんなに嬉しいものとは知らなかった。あの女パーソナリティが俺のラジオネームを読んだときに、俺は右手でガッツポーズをしてしまっていた。こんなに嬉しいものなら、他のリスナーがそうなように、もっと時候の挨拶やら、自分の近況なんかを愛想よく書けばよかったとさえ思った。

 今夜、あの女パーソナリティは、本当に、塩もみしてから30分寝かせるだろう。もちろん、会ったことも見たこともないが、きっとそういう女だ。


 明日の土曜日、以前、タカマリと約束した桃子と礼君と一緒に遊ぶ日になった。場所は、県立自然科学館だ。桃子は、大きいウォータースライダーのあるレジャープールに行きたがったが、目の見えない礼君にとってプールは、いまひとつ心配であることから、タカマリの提案で自然科学館になった。インドアとはいえ、夏休み中だから、もちろん混んでいるだろうが、午後から行けばさほどでもないらしい。自然科学館にあるレストランで昼食を食べてから館内を回ることにしている。


 

 お寺の参道の石積も、あと片付けで終わる。住職には、さっき見てもらってOKをいただいた。

 3時の休憩をしている時だ。本堂の上り口に座って麦茶を飲んでいたら、住職が廊下を歩いてやって来た。


「清水さん、石垣、大変よくしていただいてありがとうございました」


「いえいえ、一人作業のせいで少し工期が遅くなってしまってすみませんでした」


「あの、今日、会社に戻りますか?」俺の側で住職は正座しながら言った。


「はい、いったん帰社しますけど」


「そしたら、社長さんにこれをお見せしてくれませんか」


 住職は、A4の紙2枚をクリアファイルから出した。


「ひとつは、これなんですけどね。うちの寺で、観音像を安置することにしたんですわ。ほら、此処からちょうど見える、庭のあの辺りなんですけどね」住職が指をさしながら言った。


「有名な彫刻家の作で、この石像の観音様に一目惚れしてしまいましてね」A4の紙にプリントアウトされている石像を見せながら住職は言った。


「で、もうひとつ。観音像の台座なんですけどね」もう一枚のA4の紙を出して住職は言った。


「こんな感じに仕上げてくれるとありがたいんですわ」


 A4の紙にプリントされていた写真には、参道に作った石垣と同じような感じで作った高さが1m、縦横が2mほどの台座だった。台座の上面は、おそらく鮫肌石を使っているように見えた。


「この写真は、うちの寺と同じ宗派の他所よそさんのお寺のものなんですけどね、伺った時に、これまた一目惚れしましてね。このお寺さんのはお大師様の銅像ですけど、きっと、観音様の石像にも合うと思うんですわ」


「なるほど、わかりました。この写真を預からせてもらって社長に言っておきます。で、方丈様、工事はいつくらいからがご希望ですか」


「そうね~ お盆が終わった後、っていえばすぐですし、豊樹園さんさえよければ、9月に入ってからだとありがたいです。観音様の石像はすでに発注してあって、1か月後に完成らしんです」


「わかりました。工事開始時期の希望も社長に言って、追ってご連絡申し上げます」


「ありがとうございます。この参道の石垣を造っていただいて、ほんとに良かったです。なので、是非とも、観音像の台座も豊樹園さんにお願いしたいのです」


「方丈様からそう言っていただけると、私もとても嬉しいです」


 俺は、紙が入ったクリアファイルを預からせてもらって、参道の片付け作業に移った。

 参道ほどの工期は掛からないだろうけど、9月からまたしばらくの間、俺がこの寺に来ることになるかもな、と思った。

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