第5話 ポートモレスビー上陸す
──高橋少佐の仇だ。
高山昇少尉の眼中に、高橋赫一少佐の機体が突入した空母が見据えられる。
その艦軸上に取り付いた。
急降下。
60°を超える垂直降下で、空母『ヨークタウン』の飛行甲板に迫る。
──今だ!
ギリギリのところだ、と思った瞬間、高山は投下レバーを引いた。
ブランコ型投下機から五〇番通常爆弾が放たれ、ヨークタウンめがけて落下していく。
「どうだ?」
引き起こしをかけながら、高山は偵察員の新見三飛曹に訊ねた。
「かなり前より、ですがど真ん中です。もう回避は間に合わない」
新見の言ったとおり、高山機の放った500kg爆弾は吸い込まれるようにヨークタウンの、それも前部エレベーターの至近に命中した。
すでに九七式飛行艇の突入、高橋機の突入で炎上していたヨークタウンだったが、いよいよ飛行甲板がめくれ上がり、空母としての機能を喪失する。
「いち、にぃ、さん……」
15機が次々とヨークタウンに急降下爆撃をかける。新見はその命中弾の数を数えている。
「ろく……あっ!」
「どうした!?」
新見の驚いたような声に、高山は聞き返す。
「今、1機突っ込みました!」
「誰の機だ?」
「すみません、そこまでは……」
「くそっ」
「はち、8発です、爆弾は8発命中しました!」
「そうか……」
新見は興奮しているが、高山はそこまではしゃぐ気になれなかった。
一方、『ワスプ』も『祥鳳』の降爆隊9機が迫っていた。
祥鳳の弾薬搭載力の関係で、500kg爆弾は用意されていない。
そのかわり、250kg爆弾を2発ずつ搭載していた。
ワスプにも8発の爆弾が命中し、火の手が上がった。
加えて、ワスプは魚雷も命中している。
──沈むんじゃないか?
そう考えたのは、攻撃隊長、『瑞鶴』雷撃隊の島崎重和中佐だった。
「敵は“エンタープライズ型”空母1、“ワスプ型”空母1、他に空母は確認できず」
「エンタープライズ型空母撃破、ワスプ型空母撃沈確実」
島崎は、五航戦司令部にそう打電した。
しかし、この報告は、致命的ではないが決定的な誤りがあった────
一方その頃、MO機動部隊上空。
「こう次々に来られたんではたまらんなぁ、艦長」
五航戦司令官、角田覚治中将は苦笑しながら、『翔鶴』艦長、城島高次大佐に話しかける。
「まったくです」
流石に、城島の顔に笑みはない。
米軍の放った攻撃隊は、とにかく日本側の攻撃が来る前にと送り出したため、戦闘機・雷撃機・急降下爆撃機が、五月雨式にMO機動部隊上空に現れることになった。
37mm4連装機銃を8基も備えた祥鳳の弾幕が、TBDの雷撃隊を跳ね除けるように
──あれが本艦と瑞鶴にもあればな……
城島がそう思った、次の瞬間だった。
「敵降爆機、直上!」
──しまった!!
城島が思うが、もう遅い。
1000
米海軍が急降下爆撃に使用している爆弾は、薄殻榴弾だった。その分炸薬量が多く、木製の飛行甲板を中心に翔鶴の艦首を傷つけていく。
ささくれだった飛行甲板が燃えていた。
「応急班!」
実のところ、日本海軍の艦艇のダメージコントロール能力は高い水準だった。そう、乗員の編成と技量だけを問題にするならば。
どうやら敵の攻撃は、空母の中では先頭を行く翔鶴に集中しているようだった。輪形陣を形成する先頭の『加古』『青葉』には目もくれずに突っ込んできているようだった。
「艦長、どうやら敵は本艦に狙いを絞っているようだぞ」
「なんの、簡単には沈みませんよ」
角田の言葉に、城島は答える。
「済まないが、盾の役になってもらうぞ」
「早めに休暇がいただけるというわけですね」
「見上げた根性だ」
角田は不敵に笑う。
日本海軍の防空網にはある欠点があった。
それは、八九式一二サンチ高角砲と、九六式二五粍高角機銃と、それぞれの射程の間に、死角になる部分が存在するということである。
本来は、ここにヴィッカース2ポンドQF、ポムポム砲を充てるはずだったが、以前にも書いたとおり使い物になる代物ではなかった。
そのかわりに採用された一式三七粍高角機銃だが、今、この場で装備しているのは祥鳳のみ。
米軍の急降下爆撃機はその“死角”をついて投弾してくる。
37mmを装備する祥鳳や、そのそばで回避運動を取る瑞鶴に近づくのは危険だと判断したのか、急降下爆撃機の攻撃は翔鶴に集中してくる。
さらに、立て続けに2発が命中した。1発は艦橋後部、もう1発は飛行甲板後部だった。
至近弾の水柱の中で炎が上がる様に、瑞鶴の見張員は一瞬、翔鶴が撃沈されたのではないかと思った。
しかし、水柱をかき分けるようにして、翔鶴は黒煙に包まれながらも驀進している。
回避運動のため、並走する形になった重巡洋艦青葉を、翔鶴は追い抜いていこうとする。
このとき、翔鶴に付き添うべく青葉も全力で航走していた。少なくとも32ノットは出していた。その青葉を、翔鶴は悠々と追い抜いていく。
「翔鶴はどこへ向かいしや? 翔鶴についていく必要なきや?」
第二七駆逐隊の駆逐艦『夕暮』が、途方に暮れたように青葉に問いかけてくる。
一方、第七駆逐隊の『潮』の上杉義男少佐は、
「甲巡と駆逐艦が空母に置いていかれるなんてあっていいのか」
と、嘆くように言うが、
「こっちも、缶が破裂寸前で走ってるんです。それでも追いつけないなら、翔鶴は40ノット以上出ているんでしょう!」
と、潮の機関長はそう怒鳴り返した。
とは言え、翔鶴の受けた傷は深刻だった。艦首付近と艦尾付近に爆弾を受けたことで、母艦機能はほぼ失われており、上空を舞っている直掩の零戦も、帰投してくる攻撃隊も、翔鶴に着艦することは出来ない。瑞鶴と祥鳳に着艦することは出来るが、余剰の機体は投棄せざるを得ないだろう。
「ワレに37粍あれば翔鶴に被弾させざること叶いし。一刻も早い37粍銃の配備を求む」
重巡加古の艦長、高橋雄次大佐は、こう嘆くように書き残した。
しかし翔鶴の犠牲と引き換えに、米軍に代償を強いた。攻撃隊の半数が零戦によって撃墜されていた。特にTBDは、祥鳳の対空射撃も合わさってほぼ全滅の状態だった。
しかも、瑞鶴と祥鳳で少なくとも搭乗員だけは回収できる日本側と異なり、米側の攻撃隊には、すでに戻る母艦がなかった。
島崎少佐はワスプを撃沈確実と報じたが、実際には、ワスプもヨークタウンも、乗員の決死の努力により、まだ浮いていた。ワスプは被雷した缶室の浸水を食い止め、反対側に注水して傾斜を戻し、24ノットで航走可能と報告してきた。
実際に深刻なのはヨークタウンの方だった。
日本海軍の対艦爆弾──日本海軍ではこちらを“通常爆弾”と呼ぶ──は、徹甲榴弾だ。しかも遅動信管を装備しており、飛行甲板、航空艤装を突き破ってそこで炸裂する。
五〇番通常爆弾となると、装甲甲板をも破った。
日本海軍の攻撃隊が引き上げた後、ヨークタウンは大爆発を起こした。
艦内に残っていたガソリンに引火し、ヨークタウンは松明のように燃え上がった。
大爆発と火災は缶室にまで損傷を及ぼし、機関室員は退避を余儀なくされた。間に合わなかった者は、熱波によって焼死か、一酸化炭素中毒かのどちらかで、何れにせよ絶命した。
総員上甲板が発令された。重巡『ミネアポリス』が横付けし、TF17司令部も移乗した。
そのTF17司令部に、攻撃隊からの報告が入ってきた。
「ショウカククラス1隻撃沈確実、1隻を撃破。ソウリュウクラス1隻に打撃なし」
「敵の母艦は3隻いたのか……」
報告を受けたフランク・J・フレッチャー少将は、判断を迫られる。
敵の空母は3隻いて、うち2隻を撃沈破したが、1隻がまだ健在である。
こちらの空母は、ヨークタウンはもはや風前の灯、ワスプは、沈没の心配はまだないが、母艦機能は失われている。
日本軍が再度攻撃を仕掛けてきたら、これを凌ぐ方法はない。
「ワスプを温存するべきだな。戦域を離脱する」
フレッチャーはそう結論づけた。
こうして、島崎少佐の報告とは逆に、ワスプを撤退させるため、もはや動くこともままならないヨークタウンは、駆逐艦『ハムマン』の雷撃で処分されることになった。
「すまないな艦長、後を頼むぞ」
「諒解」
角田が城島にそう言い残し、五航戦司令部は、瑞鶴に移乗した。
一方で、闘将・角田は第四艦隊司令部に対し、
「翔鶴被弾退避するも瑞鶴、祥鳳健在、ワレ継戦可能なり」
「索敵哨戒続けつつポートモレスビー攻撃に向かう」
と打電した。
翔鶴が駆逐艦『漣』に付き添われて退避していったものの、依然、瑞鶴に76機、祥鳳に29機の機体があった。ただし、両者の搭載機にまったく被害がなかったわけではなく、翔鶴の攻撃隊の生き残りを受け入れた結果である。搭載しきれない機体は状態の良くないものから投棄したが、一部は露天係止で本来の常用よりも多い数を残している。
再整備に時間を要するものの、角田はこれで作戦継続は充分可能だと判断した。
今だ行方のわからない『サラトガ』を警戒して、南西方向に重点を割いて索敵機を飛ばしつつ、MO機動部隊はジョマード水道を通過した。
そこで第四艦隊司令部から、MO機動部隊はMO攻略部隊と合流せよとの指示が出た。
「よし……井上さんも覚悟を決めてくれたみたいだな。あの人は戦下手だからなぁ」
角田は、ホッとため息を付きながらそう言った。
「それ、問題発言じゃありませんか?」
参謀長の秋山薫大佐がそう言った。
「事実だからしょうがあるまい。まぁ、これで後顧の憂いはなくなった。後は陸さんをモレスビーに確実に送り届けるだけだ」
角田はそう言って、バンバンと手を叩いた。
「明朝までに全機を稼動状態にするぞ、ここからが本番だと心得よ!」
五航戦の司令部要員、そして瑞鶴の艦橋要員に、伝わるように声を上げた。
5月6日、黎明。
稼動機は、瑞鶴が零戦31機、艦爆36機、艦攻9機。祥鳳が零戦19機、艦爆10機になっていた。
夜間のうちにMO機動部隊とMO攻略部隊は合流し、払暁ととともにポートモレスビーに対する攻撃を開始した。
零戦15機、艦爆27機、艦攻9機での攻撃を実施した。
すでに大攻隊による攻撃を何度も受けた後だが、未だに野戦高射砲が隠されていて対空砲火を浴びせてきた。
対地用にも強力な兵器となるこれらは、艦爆隊によって排除されていったが、その代わり艦攻3機、艦爆4機が失われた。
報告されていた、ハリケーン、ボーファイターと言った戦闘機の迎撃はなかった。すでにすべてが失われたのか、米空母部隊の壊滅の報せにオーストラリア本土に引き上げたのかはわからない。
大攻隊による攻撃も実施され、南海支隊は9時頃に、まずニューギニア東端のラビに上陸した。
その後、本隊は西進を続けた。
「祥鳳より、電探に感! 方位170°方向より航空機の編隊接近中!」
「おいでなすったな!」
それはケアンズからのボーイングB-17『フライングフォートレス』爆撃機、ロッキードA-28『ハドソン』攻撃機による航空攻撃だった。
祥鳳に搭載されていた二式超短波電波探信儀により、接近を察知すると、すでに上がっていた直掩機12機に加え、瑞鶴、祥鳳からそれぞれ3機ずつの零戦が上がり、これを待ち構えた。
「一式大攻もデカいが、アメさんの重爆撃機もデカいなぁ」
瑞鶴戦闘機隊の岩本徹三一飛曹は、そう言いながらも、対艦攻撃のために高度を落としているB-17の後ろ上方から、小隊列機とともに襲いかかった。
一式大攻を使った訓練で、B-17のような大型機の相手も心得ている、つもりだった。OPLの照準環の中で、B-17の主翼いっぱいまではみ出すほどに捉えてから、発射釦を押し込む。
機首の7.7mm、主翼の20mmの機銃弾が、B-17に吸い込まれていった。B-17はエンジンナセルの1つから煙を吹き出したが、それでもなお、悠然と飛んでいた。
──頑丈さも大攻並か……
岩本は眉をひそめる。
──もう、追いつけないな……
B-17Eの最高速度は、水平速度では零戦に劣る、が、一度高度の優位を失ってしまった零戦に、追いつくすべはない。
──もっと突っ込みの効く機体ならなぁ。
岩本は思った。零戦二一型には主翼強度の関係から降下制限速度が低いという欠点があった。
主翼の頑丈な九六艦戦ならこのような取り逃がし方はないだろう。もっとも、旧型の九六艦戦でB-17が落とせるとも思えないが。
とは言え、零戦隊の邀撃もあり、米軍爆撃機の攻撃は稚拙なものに終わり、過ぎ去ってみれば、命中弾どころか至近弾もろくになかった。それどころか、機体の頑丈なB-17はまだしも、A-28の部隊は壊滅に近い損害を出してしまったのである。
そしてついに、15時頃、ポートモレスビーに上陸を果たした。
これに先立ってラビに水上機基地が展開され、二式水上戦闘機及び零式水上観測機による、ポートモレスビー陸上の航空支援を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます