第4話 空母炎上

 MO機動部隊を指揮する第一航空艦隊は、空母『加賀』に将旗を翻している。

「どうにもやりにくいな」

 小沢はそう言って、苦笑した。

 MO機動部隊の指揮権は自分にあるのだが、本来その上の聯合艦隊司令部が同道している。

「機動部隊の指揮は君に一任するよ、大和に出番があったら遠慮なく言ってくれ」

 山本は小沢にそう言って、自分は脇役に徹すると言ってきたのである。

 ともあれ、各空母の搭載数は次のようになっていた。

 『加賀』零戦27機、艦爆27機、艦攻21機。

 『赤城』零戦21機、艦爆27機、艦攻18機。

 『蒼龍』零戦21機、艦爆21機、艦攻15機。

 『飛龍』零戦21機、艦爆21機、艦攻15機。

 『瑞鶴』零戦27機、艦爆27機、艦攻18機。

 『祥鳳』零戦15機、艦爆12機。

 ルイジアード沖海戦の戦訓もあり、零戦と、偵察機としても使う九九艦爆が多めに載せられている。第一航空艦隊航空参謀の源田実中佐はもう少し艦攻の数を増やすべき、と進言したが、小沢と参謀長の草鹿によって却下された。

 零戦は二二型と二一型の混成となり、その点も不安が残る。特に無線機の形式が異なるのが問題だ。二一型の無線機を一式三号に交換しようとしたら、エンジンの発電機まで交換しなければならないが、そこまでの余裕はなかった。


 6月5日、現地時間(日付前日、以下同じ)4時30分、零戦57機、艦爆45機、艦攻54機からなる第一次攻撃隊をミッドウェイ島に送り出した。

 攻撃隊長は空母『飛龍』の小林道雄大尉。

 本来であれば、真珠湾攻撃の際の指揮官だった淵田美津雄中佐が今回も指揮を取るはずだったが、航海中に急性盲腸炎を発症し、手術を受け、その予後の段階だったため、動けず、小林大尉が指揮を取ることになった。

 また、航空参謀の源田実も、前日から高熱に倒れて治療を受けていた。

「幸先が悪いな」

 小沢の表情が苦いものに変わっていた。

 攻撃隊には無闇に滑走路を狙わず、防御陣地、高射砲陣地などの地上設備を第一目標とするよう通達されている。

「何故滑走路を第一目標としないんだろうか?」

 操縦席で小林は呟くように言った。

「上陸してすぐに使う意図があるからではないでしょうか?」

 背後から、偵察員がそう声をかけてくる。

「ハワイを攻撃するのだろうか」

「そんなところでしょう。真珠湾攻撃で一度使用不能にしたとはいえ、いつまでもそのままにしておくはずがありませんから」

 ハワイ作戦以降、日本の空母攻撃隊は、艦爆、零戦、艦攻、の順で飛行するようになっていた。九九艦爆は速度も出て複座なので先頭を行き、単座の零戦はそれに追随する。九七艦攻はこれらの機体の後を追う形だ。



 5時15分、ハワード・アディ大尉が操縦する、第23哨戒飛行中隊のPBYは、1機の航空機を発見した。零式水偵ジェイクだ。

 日本機との接触に、付近に日本艦隊がいると確信したアディ大尉は、ジェイクの来た方角に機を向かわせた。

「ビンゴだ! こいつは日本空母だぞ」

 15分後に空母の1隻を発見した時、アディ大尉ははしゃいだような声を出したが、すぐにそれどころではなくなる。

 まず襲いかかってきたのはゼロではなく零観ピートだった。戦艦大和搭載機で、対潜哨戒のために飛行していたが、アディ機とすれ違った零式水偵の通報を受けて、高度を上げていたのだった。

 零観が時流遅れの複葉水上機に見えて、立派に戦闘機の真似事が出来ることを、まだアディたちは知らない。

 アディ機はミッドウェイ基地に向けて日本空母発見の報を打電していたが、その間にもピート、そしてゼロが迫ってくる。

「ゼロが! 速い!」

 アディは雲の中に逃げ込んでゼロからの追撃をかわそうとしたが、零戦二二型はそれを許さなかった。2速過給器の『瑞星』の戦闘出力で、ぐんぐん迫ってくる。

 PBYはお世辞にもタフな機体とは言い難い。少なくともB-17のようには行かない。零戦の執拗な追撃を受けたアディ機は、2つの発動機から煙を吹きながら、急速に高度を落としていった。


 しかし、それから10分後、もう1機のPBYがやはりMI機動部隊の上空に姿を表した。

「無線封止が仇になったか……」

 大和の戦闘艦橋で、山本は苦々しくそう言った。

 大和、加賀、祥鳳には超短波電波探信儀が取り付けられている。だが、位置秘匿のための無線封止のため、これらの電源も切られていた。

「小沢司令部が無線封止解除を下令、祥鳳に電探作動させよと発令しました!」

「さすが小沢君だ。こういうときの決断は早い」

 無電室からの報せに、山本は感嘆したように言ってから、

「大和も電探作動だ、早くしたまえ!」

 と、大和の艦橋要員に指示する。


「敵の空母も付近にいるはずだ! 見つからないのか!」

 草鹿が焦れたように言う。

「残念ながら、まだ発見の報は……」

「くっ」

「草鹿君、落ち着きたまえ」

 焦れる草鹿を、小沢が制した。

「相手が、すぐそばにいることはわかっているんだ、偵察員を信じようじゃないか」

 小沢は自ら双眼鏡を抱えたまま、落ち着き払った口調でそう言った。

 加賀の艦橋のガラスの外では、2機目のPBYが零戦に迎撃され、炎に包まれて墜ちていくのが見えた。


「一体何がどうなっているんだ」

 スプルーアンスは、空母エンタープライズの艦上で、焦れていた。

 空母発見の報が立て続けに2回に渡って受信されたため、その所在地に混乱を生じさせていた。

 本来なら直ちに攻撃隊を発進させるべきだが、ハワイの司令部は確実に日本空母部隊と判断できる場合に攻撃せよとの指示が飛んできている。

 それに、トーキョー・ライドでは、下手に艦載機を飛ばしたため、かえってこちらの発見を早めてしまったことで、ホーネットを失う結果になってしまった。

 先任のフレッチャーからも特に報せはない。

 ──本当は我々が日本軍に待ち伏せされているんじゃないのか。

 前線の混乱具合に、スプルーアンスは憔悴を隠せなかった。

 それから数分立って、ようやく、

「ミッドウェイ基地から緊急電、日本空母発見!」

 との報せが入った。

「よろしい、攻撃隊の準備を急げ」


 6時16分、第一次攻撃隊はミッドウェイ島上空に差し掛かっていた。

「!」

 黎明の薄暗い空に、突然、ひときわ輝く光球が出現した。

 すでにミッドウェイ島にもレーダーが配備されており、その警戒警報にしたがって、F4FとF2Aの両戦闘機が離陸していた。

 だが、吊光弾は余計だった。

 その光を合図に、零戦隊は即座に艦爆隊を追い抜き、F4F、F2Aの群れに襲いかかった。たちまち乱戦になる。

 中でも率先して飛び出してきたのが、瑞鶴の零戦隊だった。

 五航戦はルイジアード沖海戦で、レーダーの有用性を敵とした場合の厄介さも味方とした場合の頼もしさも身にしみている。米海軍のレーダーで攻撃を阻害された一方、祥鳳の電探で米軍の爆撃機に壊滅的被害を強いた。

「させるか!」

 岩本徹三一飛曹の小隊が、攻撃隊に対して米戦闘機隊の真正面に立ちふさがるように飛び出す。

 ──当たらない。

 直感的に感じた。真正面のF4Fの射撃は実際、零戦の後ろに逸れていった。

 一旦行き違ってから、互いに後ろを取ろうと旋回に入る、ドッグファイトだ。

「遅い!」

 F4Fの動きは鈍かった。それは、機体の問題ではないように感じた。

「トツレトツレトツレトツレ……」

 小林機の偵察員が、指揮下の攻撃隊に向かって突撃を下令する。

「行くぞ!」

 小林大尉は、自らの小隊を率い、率先して対空砲陣地に向かって急降下を開始した。

 二五番爆弾2発が投下機から投げ出され、野戦高射砲の陣地に叩きつけられ、炸裂した。

 九九艦爆の群れが野戦高射砲や海岸の防塁と言った陣地をピンポイントで攻撃する一方、九七艦攻は水平爆撃で防空指揮所や燃料タンクと言った施設に打撃を与えていく。

 ミッドウェイ島──実際にはイースタン島とサンド島の2つの島からなる環礁のあちこちで、黒い煙が上がり始めていた。



 7時28分、日本時間〇四二八。

「敵らしきもの発見、少なくとも空母2を含む」

 零式水上偵察機の1機が、その報告をしてきた。

「ついに見つけたか!」

 加賀の司令部要員が、一気に色めき立つ。

「接敵機発進せよ! 攻撃隊準備急げ!」

 水偵と入れ替わりで接触を続けるため、加賀から3機の九九艦爆が、爆弾の代わりに増槽を抱えて発艦していった。

 6隻の空母の艦上に、慌ただしく攻撃隊が並べられ始めた。



 一方。

 7時に発艦を開始していたエンタープライズとレンジャーの攻撃隊は、自分たちが日本軍偵察機に発見されたことを知る。

 ──ここを日本軍に攻撃されたら、こっちは壊滅だ。

 スプルーアンスは、冷静に、そして冷徹に、判断を下した。

「発艦の完了した航空隊から、順に日本艦隊の方角へ進撃を開始、発見次第攻撃せよ」

 つまり、本来護衛の戦闘機とひとかたまりとなって進撃するのではなく、艦爆・艦攻が各々の判断で進撃せよと命じたのである。



 その頃日本艦隊はてんやわんやの大騒ぎであった。

 ミッドウェイからすでに発進していた爆撃機・攻撃機が五月雨式にやってきて、攻撃を加えてくるのである。

 7時55分頃、海兵隊のSBD16機が接近してきたが、加賀・祥鳳の電探に捉えられ、1機も投弾することなく全滅した。

 8時10分にB-17が水平爆撃をかけてきた。重爆撃機による爆撃はやはり投弾数が多く、日本軍自身、本土攻撃に来たホーネットを撃沈しているだけに、激しく上がる水柱に、味方でさえ一瞬被弾したと誤認した報告が上がった。

 その後、海兵隊のチャンス・ヴォートSB2U『ヴィンディケーター』急降下爆撃機11機が襲いかかった。SB2UはSBDの前任に当たる急降下爆撃機だが、ダイブブレーキとしてプロペラピッチを逆にするという手法をとった結果、急降下中に激しく振動し照準がろくに出来ないという欠点を持っていた。

 ジャック・ノリス少佐は、ゼロの待ち構える輪形陣の中に入って空母に攻撃することは不可能と思い、先頭を行く大型艦を狙おうとした。

「なんだ……こいつは」

 その大型艦を見て唖然とした。そばにいるのは、米軍にもその名の通った日本の戦艦ナガト──『長門』だ。だが、その長門が、まるで巡洋艦に見える。とんでもない巨艦が、艦隊の先頭に陣取っていた。

「日本の新型戦艦を確認。極めて巨大」

 ノリスはその大型艦について、偵察員に打電させながら、その巨艦、大和に向かって攻撃を仕掛けた。

 大和の対空弾幕は熾烈だった。2機が撃墜され、それ以外も投弾を断念して回避、ゼロから逃げるために爆弾を投棄した。

 ノリス少佐ともうひとりの誰かが、確かに投弾した。命中コースだった。2発の1000lb爆弾は、モンスターのような戦艦の主砲塔に確かに命中した。

 だが、それだけだった。戦艦は何事もなかったかのように、悠然と突き進んでいく。

 その直後、ノリス少佐の意識を、零戦の銃撃が永遠に奪った。


「さすが、君が豪語するだけのことはあるな」

 命中弾を受けながらも大した被害もなく驀進する大和の艦橋で、山本は宇垣に向かってそう言って、苦笑した。

「降爆機程度では攻撃されたうちにも入りませんよ」

 宇垣は面白くもなさそうに言う。


 一方で、五月雨式にやってくる敵機のおかげで、攻撃隊の準備はまったくはかどらない。高速で回避運動をとるために、激しいGがかかり、攻撃機を、格納庫内を移動させ、エレベーターに乗せることもままならなかった。

 8時20分、日本時間〇五二〇になって、敵の攻撃が一段落した中でようやく、攻撃隊が飛行甲板上に並び始めた。

 だが、問題がいくつもあった。

 まず1つ目は、攻撃隊につける予定だった零戦が、次々にやってくる敵機迎撃のためにほとんど発艦してしまったこと。

 だが、これはすぐに解決した。

「祥鳳より戦闘機15機出撃待機中」

 祥鳳には攻撃機が残っていなかったため、着艦させた零戦をすぐに整備し、飛び立たせられるように準備していたのである。

 寡兵ではあるが、無いよりマシだ。

 第2に、第一次攻撃隊が帰投しつつあること。だが、飛行甲板上に攻撃隊が乗っている状態では、攻撃隊を収容することは出来ない。

 小沢はすぐに決断した。

「第二次攻撃隊発艦開始。第一次攻撃隊は発艦終わるまで着艦待て」

 8時40分、日本時間〇五四〇、第二次攻撃隊は発艦を開始した。

 ルイジアード沖海戦でも、角田が直ちに攻撃隊を発進させたおかげで、味方の損害は翔鶴1隻にとどまった。その戦訓を活かすべきだ──と、小沢は判断したのである。

 そして、この判断の結果は────


 日本時間6月5日、東京、7時ちょうど頃。

 陸軍省。ディステニアの部屋。

 扉をノックする音が、やけに重々しく聞こえた。

 朝食を終えたばかりのディステニアは、「どうぞ」と言って、相手に入室を促した。

 現れたのは、参謀総長畑俊六大将だった。ディステニアの存在を知る数少ない人物の1人だ。

「海軍からの報告、空母加賀、赤城、飛龍、被弾炎上中。損害極めて深刻」

「…………」

 がくり。

 執務机の事務椅子に腰掛けていたディステニアは、がくり、と肩を落とした。

「さらに……」

「ごめんなさい、あとで聞くわ」

 続けようとした畑の言葉を遮って、ディステニアはそう言った。

 自失。その状態にあった。

 ──失敗した……勝ちを急ぎすぎた……

 だが、畑は敢えて、その先を続けた。

「蒼龍、瑞鶴、祥鳳健在。現在山本大将陣頭指揮にて敵を追撃中!」

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