第5話 負けて勝つ
6月5日、現地時間(日付は前日、以下同じ)9時20分、
だが、加賀と祥鳳の電探によって察知され、零戦による邀撃を受けた。
「突っ込んでくるぞ!」
すでに煙を吹いたTBD 1機が、加賀の艦橋めがけて突っ込んでくるように見えた。だが、機体はその直前で力尽き、海に落下した。
一瞬、死を覚悟した草鹿が、ホッと胸をなでおろす。だが、その横で、小沢は艦橋から前を見据えて、仁王立ちのまま動じていなかった。
結局、VT-4は残らず全滅してしまう。墜落した機体から脱出したジョージ・ゲイ少尉が日本側に救助されるが、残りは全員戦死だった。
それから30分後、今度は
10時10分、ワスプからの攻撃隊が到達した。こちらは雷撃機隊と戦闘機隊がほぼ同時に来襲することが出来、戦闘機隊の援護の下、『飛龍』に左右挟撃の雷撃を仕掛けた。
ただし、その代償として
この雷撃によって、飛龍は回避運動によって艦隊の輪形陣から突出してしまい、更に速度も低下してしまった。
だが、問題はここからだった。
「電探に感、10機程度の編隊、北東方向より接近中!」
加賀の、祥鳳の、もちろん大和の電探もそれを捉えた。だが、五月雨式にやってくる雷撃機に対処するため、直掩の零戦の多くが弾丸不足の状態に陥ってしまっていたのである。
ベルト給弾式の機銃はまだ開発途上で、間に合っていない。ひとまず二二型には100発入り弾倉が装備できるようになっていたが、それでも限度がある。しかも、直掩と邀撃を繰り返したため、100発入り弾倉が揃わず、二二型でも60発弾倉で発艦した機体も多かった。
追加の邀撃機が発艦するが、数はわずかに3機だけだった。
その頃、加賀の脇で別の戦いも行われていた。
「へへへ……こんな偶然もあるもんだな」
ウィリアム・ハーマン・ブロックマンJr.中佐は、やたら面白そうに笑う。
ブロックマン中佐が艦長を務める潜水艦『ノーチラス』は、日本艦隊至近にありとの電文を傍受した後、日本艦隊を求めて行動を開始していた。
4時55分に最初に日本艦隊を発見すると、日本機が寄ってきて機銃掃射をし始めたため急速潜航、深度30mでやり過ごしてから、潜望鏡深度で追尾を開始。すると、今度は大型の戦艦が目前を横切ろうとしていた。ナガトクラスだった。再び航空機が接近してきたため、急速潜航。再び深度30mでやり過ごす。
そして、8時頃、ノーチラスは再び潜望鏡深度に浮上した。そこは、日本艦隊のど真ん中だったのである。
ノーチラスは、目の前にいたナガトクラスの戦艦に魚雷2本を発射しようとしたが、1本は発射管の不良で発射できず、発射した1本も明後日の方向へ走っていってしまった。再攻撃に手間取っている間に、日本の駆逐艦が、ノーチラスの存在に気がついて向かってきた。
加賀に続行していた駆逐艦嵐は、戦艦『陸奥』の後ろに魚雷らしい航跡を発見、魚雷は逸れていったが、敵潜水艦がいることに気づいた嵐は、直ちに対潜攻撃に移った。
二号一型駆逐艦である嵐は、一号型の秋雲型に比べても小さく、速度も32ノット、3缶搭載するボイラーの1缶は混焼缶で石炭を搭載しているなど、お世辞にも艦隊型駆逐艦とは言えなかった。やたら数だけは作られる計画らしかったが、本来は海上護衛総隊に引き渡される小型駆逐艦だ。嵐だけが、秋雲型の数合わせで聯合艦隊に引き渡されていた。
だが、そのために他の駆逐艦より充実しているものがひとつだけあった。爆雷装備である。
「こんなときに顔をだすような、ふざけた潜水艦はぶっ飛ばさないとなぁ」
嵐艦長、松原緑一郎少佐は、そう言って「爆雷戦準備」を下令した。
8時30分──空からの攻撃は一段落しようとしていた。
「畜生! ストライクゾーンのど真ん中にいやがる!」
ブロックマン艦長は毒ついた。
射線上には日本の大型空母がいると言うのに、それを遮るように、
「あの駆逐艦から沈めてやる、魚雷発射準備!」
ブロックマン艦長は、駆逐艦嵐に向かって、魚雷発射を命じた。
だが──ツイていた、と思われたノーチラスは、そこでツキを使い果たしてしまっていたのだろう。
嵐は、ノーチラスの魚雷を遮るように転舵した。
ブロックマン艦長には、それは真後ろの空母を守るための行為のように見えた。
だが、実際には嵐は、2基搭載されている九四式爆雷投射機を使うために転舵したのだ。
「気泡発見! 潜水艦いまぁーす!」
見張員が怒鳴る。
魚雷攻撃を行う瞬間は、潜水艦にとってももっとも危険な瞬間だった。圧搾空気で魚雷を押し出すため、どうしても気泡が海面に発生し、位置を露呈してしまうからである。
「右舷爆雷投射戦準備! 取舵90°!」
嵐型は、ちょうど石炭庫の上に爆雷装備を持っている。ここに合計60発の九五式爆雷を搭載できた。
「ら、雷跡、本艦に向けて接近!」
見張員が真っ青になりながら言う。
「大丈夫だ! 当たりゃせん!」
当たった。2本も。
嵐のような小舟、潜水艦用の魚雷が命中すれば、普通はお陀仏である。
「?」
だが、確かに命中の衝撃はあったものの、肝心の炸裂の破滅的な衝撃が来ない。
「畜生! 不発だ!」
アメリカの潜水艦用魚雷と言うとMk.14魚雷が悪い意味で有名だ。ろくすっぽ試験をしないで実戦投入した結果、信管に欠陥を抱えたまま開戦を迎えてしまうのである。
が、問題はMk.14固有のものではなかった。第一次世界大戦以降の軍縮ムードの中で、アメリカでは予算削減のため、魚雷を爆発試験させることが禁じられていた。要するに、Mk.14以前の魚雷も炸裂したらめっけもんという状態に陥っていたのである。
ブロックマン艦長は急速潜航を命じたが、1930年竣工のロートルであるノーチラスの潜行速度はお世辞にも早いとは言えなかった。
誰を呪えばいい? ブロックマン艦長は思った。このタイミングで空からいなくなりやがった味方の飛行機か? ロクに爆発しない魚雷を第一線に配備し続けるワシントンのバカどもか? 目の前のジャップの駆逐艦か? それとも────
九五式爆雷が次々と撃ち込まれる。激しい衝撃が何度もノーチラスを襲った。致命的だと思われるものがいくつかあった。船殻が軋む不気味な、潜水艦乗りが絶望の中で最期に聞く
──それとも、ナガトクラスや大型空母に欲をかいた己自身、か?
嵐がノーチラスを葬り去った直後、日本側にも悲劇が起きた。
「敵、急降下ぁ!」
ワスプの
だが、悲劇は日本側だけにもたらされなかった。
加賀は座礁での修理の際、それを手に入れていたのである。
そう、後に Grumman Can Opener と恐れられる──一式37mm4連装機銃だ。
九五式高射装置の統制の元、九六式25mmとともに、一斉に火を噴く。
「ワッ、ワッワッ」
張られる弾幕が、SBDの狙いを妨害する。
撃墜機こそ2機にとどまったが、日本機より浅い降下角度も加わって、VB-7の爆弾は次々に逸れていった。
それでも2発、1発は艦橋基部付近に、1発は艦首付近に命中した。
「小沢君!?」
艦橋基部から爆炎を上げる加賀の姿に、大和の艦橋からそれを見た山本は思わず声を上げていた。
だが、艦橋基部の爆発はそれほど問題ではなかった。飛行甲板に穴は穿ったが、それ以上ではなかった。
問題はもう1発の方だった。
爆薬は危険、それは誰でも知っている。だが本当にそれほど危険だろうか? 実は、爆薬の多くは、信管を使ってきれいに爆発させないと、ろくすっぽ火もつかないものが意外と多い。
この頃の空母には、“管理さえきちんとしていれば”まず不意に爆発などしない弾薬類よりも、よほど剣呑なものが搭載されていた。
ガソリンである。
艦首に命中した爆弾は、よりによって、給油中の零戦と給油車を誘爆させたのだった。
加賀がみるみる炎に包まれていく。その横で、他にも悲劇は起きていた。
赤城には、エンタープライズの
赤城は、予算不足から充分な近代化改装を受けておらず、特に対空兵装の不足は、深刻なレベルだった。
12機のSBDが、赤城に急降下爆撃を仕掛けた。加賀と違い、赤城にはそれを払いのける力はない。
6発もの爆弾が、立て続けに命中した。赤城でもガソリンに引火、たちまち火災が広がった。命中した爆弾によって、応急班も身動きが出来ない状況にまで追い込まれてしまった。
爆炎に包まれながらも驀進する加賀と異なり、赤城はグワン、グワン、と、不気味な爆発音を何度もたてながら、船足を落としていった。
さらに飛龍を悲劇が襲う。
飛龍に向かって攻撃をかけたのは、VB-6からはぐれた3機のみだった。そこで、輪形陣から突出し、船足も墜ちている飛龍が狙われた。
3発全弾が命中した。特に後部エレベーター付近に命中した1発が致命的だった。
魚雷による浸水をなんとか抑えようとしていたところへ、更に追加でダメージを受けたのである。
最初は軽傷に思えた飛龍だったが、10時45分、艦尾から急速に沈み始めた。次に赤城が、11時30分、大爆発を起こし、これによって完全に航行能力を失った。加賀は炎に包まれながらも、今だ動いている。
「ワレこれより艦隊指揮す。全艦ワレに続け」
大和の聯合艦隊司令部から、MI機動部隊にむけて打電された。小沢中将の乗る加賀は通信機能を失っており、指揮することが難しいと判断したからである。
「負けたか……」
「いえ!」
意気消沈するというか、どこか他人事のように呟く山本に、宇垣が珍しく声を上げた。
「まだ負けてはいません! 第二次攻撃隊は、間もなく敵空母部隊に襲いかかるでしょう!」
「そうか……そうか!!」
時間が少し錯綜することをお許し願いたい。
8時50分頃、空母エンタープライズとレンジャーのレーダーのスコープに、フリップが映し出された。
それは空母加賀から送り出された接敵機だった。
TF17を発見した水偵はすでに離脱してしまっていたが、結果としてTF16の空母を捉えたのである。
もっとも、両者はすでに合流していて、ほぼ1つの部隊となっていたのだが。
F4Fを発艦させて邀撃に向かわせるも、相手も身が軽く、雲間にうまく隠れたりしながら、接触を続けてくる。
9時ちょうど頃、レーダーが編隊を捉えた。
零戦15機、艦爆51機、艦攻33機からなる攻撃隊だった。
零戦の少なさが不安だったが、いざ敵艦隊の上空に出てみると、敵戦闘機の数も同程度しかいなかった。祥鳳搭載の零戦はすべてが二一型だったが、同数のF4Fが相手なら、これで充分だった。
「一〇一空は脱落している空母を、二〇一空と五〇一空はその先の空母にかかれ」
零戦がF4Fを追い回している頃、攻撃隊長として出撃した村田重治少佐が、そう指示を出し、ト連送を打電した。和文モールス信号のトを繰り返し打電することで、「全部隊突撃せよ」を意味する。
村田は脱落していた空母に狙いを定め、麾下の、赤城の攻撃機とともに雷撃高度で迫る。
加賀の艦爆隊が、ちょうど急降下を始めるところだった。理想的な雷爆同時攻撃だ。
──アメリカの空母は、もっと激しく撃ち上げてくるものだと聞いていたが……
空中戦艦と喧伝される一式大攻をもってして、レキシントンを攻撃した際には損害を出しているし、ホーネットを攻撃した大攻隊もアメリカの空母の対空火力は侮れないと言っていた。
さすがの村田も、目の前の空母──ワスプが、見かけだけ取り繕った満身創痍の身体だとは見抜けなかった。
雷撃高度5m。
距離、130、120、110……
「テーッ!」
村田が魚雷を放つ。一瞬遅れて、麾下の機体も魚雷を投下した。
操縦桿を押し付けて機体が浮き上がるのを抑え、敵の飛行甲板スレスレを通り過ぎる。
その一瞬後に、その飛行甲板が噴火したようにめくれ上がった。急降下爆撃隊の五〇番爆弾が命中したのだ。
村田は二番機に指揮を引き継がせ、自身は戦果の確認のために、緩上昇しながら旋回する。
「先の空母、1隻、轟沈しまぁす!」
偵察員が知らせてくる。
それは、艦爆33機、艦攻15機に滅多打ちにされたレンジャーが、早くも断末魔の様相を呈している姿だった。チカチカと弾薬が誘爆する光を発しながら、水面に沈んでいこうとする。
「敵“ワスプ型”空母撃破、“レンジャー型”空母1、轟沈」
「作戦中止だと!?」
山本が驚いたような声を出した。
「何故ここで軍令部が口を挟んでくるんだ!」
山本は荒い声を出した。
「空母機動部隊の損耗激しくミッドウェイ島の攻略意義喪失せり……だそうです」
「やはり負けは負けか」
山本は投げやりに言った。
「更に電文、敵艦隊の追撃の恐れ低ければ極力現場海域にとどまり沈没艦より乗員救助すべし、です」
「? 妙な電文だな。軍令部は何故ここまで詳しく状況を判断できるんだ?」
「何か、神仏の類の知恵かもしれませんなぁ」
首をかしげる山本に、黒島がそう、呟くように言った。
「いえ、そんな気がしただけですよ、しただけです」
「勝ったわ! そうよ、大勝利だわ!」
陸軍省の自室で、ディステニアは、改めて訪れた東條にそれを聞かされ、小躍りしてはしゃぎまわった。まるで、見た目通りの少女が無邪気にそうするように。
東條はこう告げたのだ。
アレキサンドリアが陥落した、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます