第4話 北ラバウル沖海戦
ニューブリテン島ラバウルの場合は、ポートモレスビーと異なり、上陸部隊がブービートラップに悩まされることはそれほどなかった。日本軍の飛行場は市街地から離れたところに設置されており、そこに入念な艦砲射撃や航空攻撃が実施されたからだ。
だが、ラバウルの内湾は当然のように機雷が敷設されており、それを掃海しない限り輸送船を港湾につけることは不可能だった。
掃海作業は直ちに始められたが、同時に上陸は、ニューブリテン島北側のワトム島との間の水路に輸送船を停泊させ、ラバウル市街から太平洋側に抜けたピラピラという集落の付近に内火艇で物資を揚陸させるという気の遠くなるような作業で始められた。
地雷の数は少なかったが、それでもラバウル周辺部となると、苦労して運んできた車両が地雷で吹き飛ばされる事態も起きた。ポートモレスビーでも問題になった木製地雷である。
欧州戦線で使う予定だった、M4中戦車を改造した地雷除去車を投入するという話もあったが、まずそこまで運ぶのも一苦労という事態だった。舗装されていない道路は雨が降れば簡単に車両の脚をとった。
太平洋側に仮設の飛行場をつくって戦闘機を運用することが実施されることになったが、その最中にも、敵はやってきた。
ダイナ、もしくは写真屋のジョーこと、一〇〇式司令部偵察機だ。
米軍は上陸部隊にエアカバーを提供するため、カサブランカ級護衛空母4隻をつけていた。しかしダイナの足は速い。悠々とF4Fを振り切って飛び去っていった。
その翌日から、日本機の爆撃は始まった。
10月18日。
陸軍の九七式重爆撃機、一〇〇式重爆撃機『呑龍』が尖兵となり、高度6000mから、揚陸された部隊や物資めがけて投弾しようとする。護衛には第六四戦隊を含む一式戦II型の部隊が付けられていた。
アメリカ側の邀撃機は護衛空母から発艦したF4F。100機程度が揃っていたが全機を出動はさせきれない。一式戦は84機と、実質的に数でも優位に立っていた。
F4Fは九七式重爆の部隊を狙おうとするが、そのさらに背後を一式戦が狙う。
黒江の小隊が緩降下でF4Fを捉える。
──上空警戒が疎かだぜ。
OPLの中に捉えられたF4Fに向かって、短く機銃の発射釦を押し込む。
一式戦の機首から放たれた火線が、F4Fに吸い込まれていくと、F4Fは煙を吹きながら急速に高度を落としていく。
──次はどいつだ。
そう思い、ちらりと僚機がついてきていることを確認してから、次のF4Fに狙いを向ける。
すると、黒江が狙ったF4Fは、一気に急降下で照準から逃げる。
「クッ」
黒江は呻くように声を漏らす。
一式戦は、零戦に増して急降下が苦手なのだ。
──キ44ならな。
黒江は思う、キ44とは、二式単戦の形式番号だ
だが、下に追い詰めたのであれば黒江たちの任務は達成されたことになる。
陸軍の爆撃機は海軍の陸攻に比べても速い。一度パワーダイブで降下してしまったら、もう、追いつけない。
1機の九九式双発軽爆撃機が一気に降下していき、目標に対して焼夷弾を投下した。積み上げられた物資から、炎が上がる。
九七重爆、一〇〇式重爆の編隊は、その炎をめがけて投弾した。
その頃、黒江の小隊はF4Fの小隊を追い詰めていた。
──ここからじゃ急降下して逃げられまい?
F4Fはたまらないと言った感じで右に旋回するが、一式戦は容易にそれに追随する。
「!」
黒江が発射釦を押し込みかけた瞬間、別のF4Fが上空から被さってくる。
しかし、そのF4Fも、黒江の第二分隊の射撃を受けて煙を吹き出した。
舵を当て、再び目前のF4FをOPLの照準環の中に確りと捉える。
発射釦を押し込むと、火線がF4Fに吸い込まれていき、煙を吹いて高度を落とし始めた。
陸軍の爆撃機が引き上げにかかると、後続が低高度から侵入してきた。
「フネ相手なら、魚雷が撃ちたいところなんだがなぁ」
一式大攻の副操縦席で、野中中佐はぼやくように言った。
「仕方ないじゃないですか、命令なんですし。それに輸送船に魚雷はもったいないですよ」
操縦席の久瀬が言う。
「まぁ、それもそうなんだがな」
そう言っている間にも、一式大攻は投弾コースに入る。
「そのまま、ちょい右」
「宜候」
爆撃手を兼ねる国崎が、爆撃照準器を覗き込みながら言い、久瀬がそれに答えて操縦桿を振る。
「そのまま」
「宜候」
「
言いながら、爆弾投下索を引いた。
爆弾倉の中は二五番通常爆弾と二五番陸用爆弾6発ずつが搭載されている。それが眼下の輸送船団に向かって落ちていく。
250発以上の爆弾が輸送船団に降り注ぐ。非装甲の輸送船はあっさり甲板を貫かれ、燃え上がった。内火艇は爆風だけで簡単にひっくり返り、潜水艦を寄せ付けないための駆潜艇にも爆弾が直撃し、燃え上がった。
「敵さんの数が多すぎて、これだけいても仕留めきれねぇぜ」
野中が呟く。
実際、連合軍の輸送船団に与えた損害は決して小さくはなかったが、それでもまだかなりの船が停泊しているのが確認できた。
しかし、日本側もすでに別の行動を始めていたのである。
「殴り込み作戦、か」
第八艦隊司令長官・三川軍一中将は、その命令を受けると直ちに行動を開始した。
自身の旗艦、重巡『鳥海』の指揮下、第六戦隊、第二水雷戦隊を組み入れ、トラックからウエワクへと向かう。
ウエワクで補給艦からの補給を行うと、10月19日現地時間14時、ニューブリテン島北部へ向けて出撃していた。
第一八戦隊や第六水雷戦隊もこれに加わろうと三川に直談判に来たが、軍令部より軽巡『夕張』修理のため内地帰還とその護衛の命令が出され、果たされなかった。
米軍はカタリナ飛行艇、ロッキードPBO『ハドソン』哨戒機で三川艦隊に接触してきた。だが、三川艦隊は引き返すことなく18ノットでワイト島を目指す。
「重巡を中心とした日本軍の部隊が東進中か……」
エンタープライズや戦艦『ノース・カロライナ』は、ソロモン海側からの艦砲射撃と航空攻撃の後、ケアンズ方面に退避していた。
「来るなら来いだ。受けて立ってやる」
ターナーの判断はワイト島沖の東西に別れて部隊を配置し、待ち構えるというものだった。
現地時間23時頃。第八艦隊はラバウル北西方向、ワイト島との水道の入口付近にあった。すでに九五式水上偵察機を射出し、突入体制を整えつつあった。
「加古より無電、電探に感、南方より接近する艦あり」
加古に備え付けられた二式水上電波探信儀が、接近する連合軍艦艇を発見した。
「こちらが捉えているということは、敵さんもこちらを捉えたな」
三川はそう判断し、麾下の艦隊に「合戦準備」を下令した。
しかし。
「敵駆逐艦、見えまーす」
日本の電探は性能面でアメリカに遅れを取ってはいたが、あるのとないのとでは大違いだ。
加古の電探によって発見されたバッグレイ級駆逐艦『ブルー』も、レーダーで日本艦隊を捉えていた。だが……
「敵駆逐艦、遠ざかります」
ブルーは、そのまま三川艦隊から遠ざかっていく。
「退避したのか?」
三川中将は首をかしげる。
実は、ブルーのレーダー手が錯誤を起こしており、味方重巡と思い込んでいたのだ。
その次の瞬間。
バスーン……
そのブルーが、火柱を上げて残骸へと変えられた。
第二水雷戦隊麾下の第一七駆逐隊が、ブルーに向かって魚雷を放ったのだ。
「全軍突撃せよ!」
ブルーの爆沈をきっかけに、三川中将はそう下令した。
重巡鳥海を先頭に、第六戦隊は一列になって突入を開始した。
一方。
「警報、敵艦隊襲来!」
第62任務部隊でも、ブルーの爆沈で日本艦隊の接近に気づいた。だが、戦闘準備を終える前に、日本軍の重巡が発砲した。
重巡加古の第一斉射は、第62任務部隊西部隊のニューオリンズ級重巡洋艦『ヴィンセンス』を夾叉した。夾叉とは、複数が一斉に発砲した主砲弾が相手を挟み込むように着弾した様だ。
曲射砲で命中を狙うのは難しい。実際には何度か発砲して、実際の着弾を見ながら修正し寄せていく。この時期の艦砲というものは1発必中というわけに行かず、複数発砲した1発ないし数発が命中するという性質のもので、夾叉を出すのはかなり命中を期待できる状態にあるということである。
鳥海と他の第六戦隊の重巡も発砲を始め、それらは先頭をゆくヴィンセンスに集中した。ヴィンセンスに2発、3発と命中弾が上がり、甲板装甲を突き破って火災を発生させた。
反航戦の体制から、鳥海は2番艦の『クインシー』に3斉射を行い、4発の命中弾を受けて炎上させた。さらに3番艦の『アストリア』にも斉射を送り込み始めた。
もちろん米重巡もいつまでも沈黙していたわけではない。先頭を行く鳥海に射撃が集まってくる。
アストリアの斉射が鳥海の第2砲塔と砲塔基部に命中、砲塔基部のものは不発に終わったが、第2砲塔が破壊される。後部の第5砲塔にも命中。こちらも使用不可能になった他、炸裂の勢いで水上機用カタパルトも吹き飛んだ。
「夜戦に駆り出されるとは思わなかったがな、来たからには暴れさせてもらうぞ」
如月の艦橋で、板倉艦長は舌なめずりをする。
「魚雷戦準備だ、第六戦隊との打ち合いに夢中なところにお見舞いしてやれ」
如月を含む第一五駆逐隊と、続く第一六駆逐隊の駆逐艦から、日本重巡と撃ち合っている米重巡に向かって魚雷が放たれた。
闇夜の中、酸素魚雷は砲撃音に完全に存在をかき消されながら向かっていき──
「魚雷到達、今!」
ズズズーン……
重々しい音とともに、米重巡の横っ腹に水柱が上がった。
高く上った魚雷の水柱が収まるのに、暫く掛かる。それが崩れ落ちた後に、果たしてあったものは、すでに沈んでいこうとしていくヴィンセンスとクインシーの姿だった。
アストリアは比較的軽傷に見えたが、舵を破壊されており、逃げることもままならず、5隻の重巡から滅多打ちにされていく。
「日本艦隊の襲来か!?」
輸送船団の直掩部隊を指揮していたノーマン・スコット少将は、東部警戒隊が激しく撃ち合う砲火を見て、声を上げた。
その時だった。
強烈な光が、スコットの旗艦である軽巡『サンファン』に浴びせられた。
「西部警戒隊が誤認してるんだ! 味方だと伝えろ!」
スコットはそう指示した。応援に向かう、オーストラリア重巡『オーストラリア』以下の西部警戒隊が、自身を敵艦隊と誤認していると思い込んだのである。
だが、実際に探照灯を照射していたのは、第二水雷戦隊の旗艦『神通』だった。
神通の14サンチ砲がサンファンに着弾して、ようやくスコットはそれが敵だと知る。
「魚雷戦よぉーい!」
田中頼三少将は、ようやく反撃を始めたサンファンに対し、魚雷の発射を命じる。
「
神通、そして続く第一〇駆逐隊、第一七駆逐隊から魚雷が放たれる。
反航戦の状況で神通はサンファンから徐々に離れ始めるが、混乱の中で探照灯照射を行っている神通に遮二無二射撃してくる。
「魚雷到達、今!」
激しい水柱が上がり、サンファン、駆逐艦『モンセン』、『ブキャナン』にオーストラリア軽巡『ホバート』で編成された直掩隊が包まれる。
直掩隊からの反撃は止まっており、水柱が崩れ落ちた後、残骸と化したサンファンとホバートが漂流していた。2隻の駆逐艦の姿はすでになかった。
二水戦は反転し、直掩隊の背後にいた輸送船団に砲撃を始める。
「畜生、ジャップどもめ、調子に乗りやがって……」
割れた額から出血を伴いながら、スコット少将は忌々しそうに、日本の駆逐艦の姿を見る。
「おい、本艦がまだ撃てることを見せつけてやれ」
「アイ・サー」
艦長、ジェームス・E・マーヘル大佐も、自らも負傷しながら、その命令を実行に移した。
サンファンの斉射が、第一七駆逐隊に降り注いだ。
「しまった、まだ撃てたのか!」
一七駆に先行する一〇駆の、駆逐艦秋雲では、吉川艦長がやられた、と顔を覆った。
一〇駆は次発の魚雷をすでに輸送船団めがけて放ってしまっていた。一七駆は最初に駆逐艦ブルーを仕留めるために魚雷を使ってしまっている。
サンファンの砲撃は、1発、2発と着弾した。それは駆逐艦『磯風』だった。
艦尾に立て続けに2発の6インチ砲を受けた磯風は、急速に右後方に傾き始めた。
「いいぞ! ジャップの駆逐艦を皆殺しにしろ!」
スコット少将が、制帽を握りしめながらそう言ったときだった。
ド・ド・ド・ドォン
先ほどと同じ、不気味な響きとともに、サンファンが駆逐艦を狙い撃っていた左舷側とは逆側に水柱が上がる。
日本重巡と東部警戒隊が打ち合う中を雷撃した一五駆と一六駆だったが、乱戦の中で駆逐艦『雪風』と如月はそれぞれの隊からはぐれ、南に飛び出してしまった。
その真正面に、サンファンはいたのである。
「味方がやられているぞ! 左方雷撃戦だ、急げ!」
如月は大急ぎで魚雷発射管を左に向ける。雪風でも、同じ騒ぎが起きていた。
2隻からサンファンの艦尾付近を狙って放たれた九三式魚雷は、それを文字通り粉砕した。サンファンは一気に舳先を上に向けて棒立ちになり、沈んでいく。
「敵軽巡轟沈だ! 後は輸送船を狩るだけだぞ!」
吉川艦長が、秋雲の艦橋で威勢を上げる。
「敵の輸送船だらけか、これは良い、狙いをつける必要もない、とにかく撃てば敵に当たるぞ!」
吉川の言葉通り、一〇駆の駆逐艦から八九式12.7サンチ高角砲が火を噴く度、輸送船がいともたやすく炎に包まれていく。あるいは、そのままへたりこんで沈み込んでしまう。
如月と雪風もこの狩りに加わり、連合軍の輸送船は次々に炎上させられていく。
一方。
「右方雷撃戦準備、変針左75°!」
第62任務部隊東部警戒隊を壊滅させた第六戦隊は、西部警戒隊との交戦に移ろうとしていた。
後に北ラバウル沖海戦と呼ばれるこの海戦において、米豪軍に重巡5隻・軽巡2隻・駆逐艦4隻を喪失、重巡3隻が大破の被害を与えた。そしてなにより、一晩で合計6万トンの輸送船を喪失させた。
しかし、日本側も旗艦だった鳥海を喪失、駆逐艦磯風も失われた。
更に日本艦隊の被害は、これだけにとどまらなかった────
─※─※─※─
2019/02/01 21:04 改題・一部改訂
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