第5話 ニューギニア航空戦、開幕
北ラバウル沖海戦において、重巡鳥海は炎上する第62任務部隊東部警戒部隊の必死の反撃を一身に浴び、第2、第5砲塔が使用不可能になった。
更に。
「敵駆逐艦、雷撃!」
駆逐艦『パターソン』『バッグレイ』から雷撃を受けた。鳥海は艦尾に魚雷を受け転舵不能になってしまう。
最終的に、滅多打ちにされる重巡アストリアの執念の反撃を受け、鳥海は第5砲塔の弾薬庫に誘爆。これによって航行能力を失い、総員上甲板が指示され、ニューブリテン島北の海に沈んでいった。
第八艦隊司令部は駆逐艦『黒潮』に移乗、第六戦隊指揮官の五藤存知少将に指揮を引き継いだ。第六戦隊は重巡加古の電探で西部警戒隊の接近を知ると、魚雷戦でその出鼻をくじき、これを第二水雷戦隊とともに撃沈破した。
海域離脱後、第八艦隊司令部は重巡加古に移乗、速力18ノットでウエワクへと向けて離脱するルートをとった。
ウエワクが目前に迫った、10月20日、現地時間8時頃。
「?」
加古を先頭に、青葉、衣笠、古鷹の順で進行していた第六戦隊だったが、突如青葉が速度を上げ、加古の右舷側から追い越すような体勢に入った。
「青葉はどこへ向かいしや?」
第八艦隊司令部がそう打電した時だった。
「神通より打電、右舷方向に潜水艦あり!」
「何っ!?」
第二水雷戦隊は、第一〇駆逐隊が装備している二式水中探信儀で、潜水艦の接近に気づいたが、そのときには遅かった。
ド・ド・ドーッ
青葉の右舷側に、3本の水柱が立ち上った。
「やられた!」
加古の艦橋で、第八艦隊司令部要員の誰かが叫んだ。
一〇駆が突出し、爆雷を投射する。秋雲型駆逐艦には九四式爆雷投射機2基と、九五式爆雷50発が搭載されていた。
「ケチケチするな、確実に仕留めるんだ!」
秋雲艦長、吉川潔少佐が吠える。
4隻合計80発の爆雷を投射した結果、沸き立った海が収まった頃、続いてオイルや救命筏、潜水艦の構造物の一部だったであろうものが浮き上がってくる。
S級潜水艦S-44はこうして最期を迎えたが、一方で青葉も深刻だった。
一気に右に傾きながら、急激に喫水を下げていく。
「総員上甲板」
艦長、久宗米次郎大佐がその指示を出すまで、被雷から5分もかからなかった。
久宗艦長は、後に加古を庇って青葉を増速させたと証言した。
「加古に
被雷は覚悟の上だったが、損傷がここまで激しいとは思わなかった、と言う。
「見張りは3本と報告してきましたので、当たるのは1本だなと。少し油断があったのは事実です」
しかし魚雷は3本とも炸裂し、青葉の右舷側に大量の浸水を生じた。
8時8分、日本時間〇七〇八、重巡青葉は横転、沈没した。
三川中将は、敵空母の存在が念頭にあり、対潜航行(之の字運動)を取らせなかったことが青葉喪失の原因になったとした。
ポートモレスビー、ラビ、ニューブリテン島を奪還した連合軍だったが、さらなる反攻は遅々として進まなかった。
ラバウルの飛行場を再整備し、B-17を始めとする陸軍航空隊の進出を狙ったが、日本軍は昼も夜も爆撃を仕掛けてきたからだ。
ラバウルでは、日本軍は、昼間は一式大攻で輸送船団と飛行場とを狙って爆撃した。爆撃高度は6,000m。一式戦の護衛がついた。
飛行場の位置は日本軍が把握しているため、この高度からでも精密な爆撃が可能だった。
米軍がブルドーザーを使って均している最中を、一式大攻から二五番陸用爆弾、二五番焼夷弾、そして二四番集束焼夷弾を投下した。
この二四番集束焼夷弾とは、早い話がクラスター爆弾だ。正式名称を一式三号二四番集束爆弾と言う。すでに開発されていた九九式三号三番爆弾の弾体を8発、紐で縛った基本構造をしている。投下後は風車式の信管で落下中に紐を焼き切って8発の子弾に別れ、飛行場に突き刺さったところで更に孫弾がばらまかれる仕組みだった。
爆撃を受けた滑走路は最初からやり直しになった。しかも、たまに不発の孫弾が混じるため、それがブルドーザーなど重機の重みで起爆して二次被害になることも多かった。
もちろん、滑走路の外には地雷も敷設されていて、重機がそれを踏み抜けば立ち往生だった。
夜間は一式中攻で飛行場への低空爆撃が実施された。前述の通り元々位置は割れており、夜間でも精密爆撃は可能だった。
まず焼夷弾が投下され、その炎が上がっているところへ、集束爆弾を投下した。この集束爆弾の中には、子弾が時計式の八九式信管のものが混ぜられた。
攻撃隊が引き上げて数十分後、焼夷弾の火災を消火しているだろう最中に子弾が炸裂し孫弾をばらまく仕組みだ。
輸送船を撃沈すると同時に、飛行場整備を徹底的に妨害する航空作戦を採ること。これが大本営、統合作戦本部から出された作戦指示だった。
「こんなことやってると、死んでも靖国に行けずに地獄に落ちるんじゃないのか」
一式中攻の1個中隊を率いる美坂薫大尉は、とにかく死傷者を出すこの爆弾での攻撃に、そんな胸糞悪さを感じていた。
だが、悲しいことにこれは戦争だ。
ラバウルの飛行場が再整備され、B-17がウエワクを叩くことになれば、死ぬのは味方なのだ。
先行の梯団が、焼夷弾を落とす……はずだった。
「んっ!?」
先行の梯団の数機が、火を吹き出し、つんのめるようにして、飛行場の手前に墜落した。激しい炎が上がる。
「敵戦闘機だ! 敵戦闘機がいるぞ!」
星空を遮って、覆いかぶさって来る敵のシルエット。
それは双発の姿をしていた。だが、一式中攻とは違い、双発でもスマートな小型機だった。
背中の20mm銃塔、背中中程の12.7mm銃座、尾部の20mm銃座から、激しく防御火器が撃ち上げられる。美坂の梯団の別の機もそれに倣った。
「爆弾投下、投下だ。めくらでいい!」
美坂は爆撃手にそう指示する。
アメリカの施設部隊の力はやはり強いものがあった。日本軍が遺棄していった飛行場の他に、小型機専用の滑走路をすでに建設していた。
そして、現れた戦闘機はデ・ハヴィランドFI『モスキート』。元は高速軽爆撃機として開発された、イギリスのデ・ハヴィランド製木製双発機の夜間戦闘機型、NF.
この日、60機で実施された一式中攻の夜間爆撃は未帰還12機という、1回の作戦としては甚大な被害を出してしまうことになる。
しかし、翌日から日本軍はその対抗策として夜間爆撃を高度8,000mからの目算による爆撃に変更した。米軍は地上移動式レーダーを展開していたが、高々度爆撃となると迎撃のためには高度9,000~10,000mに上昇する必要が生じ、モスキートと言えども防ぎきれなかったのである。
そしてその結果、無差別爆撃になり、かえって広範囲に集束弾の子弾・孫弾がばらまかれるという始末に負えない結果になった。
輸送船の被害も激しく、さらに珊瑚海での日本軍潜水艦の活動が活発になったため、11月1日に連合軍はラバウル飛行場の再建を一時中断することになる。
一〇〇式司令部偵察機による写真偵察でラバウル再建の一時中断を知った日本軍は、それ以降、大攻と中攻との各部隊を交代で夜間爆撃につかせ、飛行場一帯から市街地近く・港湾施設一帯にまで集束爆弾を投下し続けた。
一方、ポートモレスビーの爆撃は陸軍が担当した。こちらは、昼間が一〇〇式重爆、夜間が九七式重爆と役割が分けられた。
ポートモレスビーは過剰なまでの機雷敷設によって港湾設備の使用をほぼ不可能にしていたため、昼間は、近くの岸辺に陸揚げされた物資や、車両が爆撃目標となった。
夜間はラバウル同様、飛行場や港湾施設周辺に集束爆弾を投下した。更に、港湾内に追加で九三式機雷のパラシュート投下が行われた。
11月3日、陸軍省。ディステニアの部屋。
「ヘタレねー」
畑参謀総長から報せを聞いて、ディステニアは苦笑して脱力したように肩を落とした。
「海軍のことを庇うのも最近は珍しくなくなったが……とにかく、夜間迎撃機が出てきたのだ。海軍は頑張っていると思うが」
畑は、困惑したような表情で、手振りを咥えつつそう言った。
「私が言ってるのは、敵さんの方よ」
ディステニアはそう言って、軽くため息をつく。
「ああ……」
畑参謀総長も、納得したように声を出した」
「アメリカのことだから、もっと物量押せ押せで飛行場を早期に再開させて、ウエワクを爆撃してくると思ったのに」
「敢えてアメリカの爆撃機を呼び込んで、出血を強いる……そう言う予定だったな」
二式単戦による邀撃により、アメリカの爆撃機に無視できない損害を与え続ける……米側は今のところまだB-17を援護しうる戦闘機をP-38しか持っていないし、そのP-38も今はまだ少数生産でしかない。
空母搭載機を使う可能性もあったが、空母が出てくればこちらも機動部隊で叩き、エンタープライズを仕留める。
おそらくアメリカはそのリスクを犯さないだろうとは予測していた。が、そのときに備えて空母機動部隊はトラックに待機している。
「潜水艦が思ったより効いてるみたいね。まだ太平洋で輸送船団を組めるほどの余裕が無いのかしら」
「それなんだが」
畑が、顔を引き締め直して言う。
「ん?」
北アフリカ、スエズ。
ドイツ空軍のハンス・ヨアヒム・ヴァルター・ルドルフ・ジークフリート・マルセイユ大尉は、その日も味方のJu88直掩の任務に出撃していた。
マルセイユの空戦スタイルは、本来Bf109の特性を活かした一撃離脱戦法。しかし、今の愛機ではそれはおぼつかない。
Dw152D-1/Tropは、速度性能では本来のドイツ空軍機であるBf109やFw190に明らかに劣っていた。そのかわり、低空では軽く、癖のない良好な操縦性を示す。
マルセイユにとっては不満の塊でしかない機体だったが、この任務をこなすにはうってつけの機体ではあった。スエズにはスピットファイアはすでにおらず、ハリケーンとブーメラン、それにアメリカのP-40ばかりだったからだ。いずれも低高度で厄介な機体だ。
マルセイユのスコアは今年の6月に75機を記録したが、そこからは伸び悩んでいた。Bf109で日に何度も出撃する任務から、1日がかりでスエズ運河の輸送船団に攻撃を加える任務に代わったからだ。
輸送船がこちらの哨戒線にかからなければ出撃はないという、まったくかったるい任務だが、手を抜く気はまったくなかった。撃墜スコアはようやく100に達しようとしていた。稼げるスコアの割に体力を使う任務だったが、自分と同じファーストネームを持つスツーカ乗りから牛乳と適度な運動で肉体を保つことだと教えられた。いや、それ自体はマルセイユも心がけていたのだが、一度の出撃で何故か輸送船を2隻撃沈して帰ってくる彼の発言には説得力があった。その彼の、今の不満は敵が
────閑話休題。
マルセイユの視界の中に、オリーブドラブの翼が捉えられた。
──なんだ、こいつは。
一瞬、P-40かと思ったが、認識すれば似ても似つかない機体だった。が、その主翼には紛れもない、青い丸に白い星のマーク。
その双発双胴の機体は、輸送船団攻撃に向かうJu88に向かって降下、攻撃しようとしている。
──させるか。
スロットルを戦闘出力に叩き込み、追撃する。
──速いな。
P-40やハリケーンより速いことは、感覚としてすぐに解った。だが、爆撃機を一心不乱に狙っているせいか、マルセイユらに対し高度的優位を持っていない。
「この高度じゃあ、それは重たくて厳しいだろう!」
マルセイユの小隊がバックに付くと、その機体は横へ滑らせるような機動で逃れようとする。
──逃がすか。
フットバーを蹴飛ばし、追い詰める。
OPLの照準環から、旋回方向に半分ずらしたところで、操縦桿のトリガーを一瞬押し込む。
20mm、15mmの火線がその機体に吸い込まれていったかと思うと、ジュラルミンが剥がれ落ちるようにして、機体の表面が分解し、急速に高度を落としていった。
「速かったな、今の……スピッツより速かったぞ」
マルセイユは、そのふざけたタコのような姿の機体がすでに周囲にいないことを確認して、緊張を幾分緩める。
「相手がヘボだったからいいが、こっちが頭を取られていたら危なかったな」
これが、マルセイユら
「なるほど、スエズ救援のために航空軍を送り込んでいると。それじゃあ輸送船も護衛艦もそっちに取られるでしょうね、地中海の制空権がない以上、希望峡周りになるでしょうし」
畑からその話を聞かされたディステニアは、少し呆れたように言った。
「にしても、この期に及んでもイギリス救援を優先するとか、相変わらず日本をナメてるわね」
「相手がこちらの実力を見誤ってくれるのは悪くない話だがね」
畑もそう言って苦笑する。
「さて、その勘違いの代償をどこにぶつけてやるかね?」
「その案は魅力的だけど、今はラバウルを適度に、ポートモレスビーは全力で叩き続けた方がいいと思うの」
「そのココロは?」
「今、燃料の無駄遣いをする必要はないわ。相手が手を抜いても勝てると思ってるんなら、こっちは正面を叩き続けるだけ」
ディステニアはそう言ってから、
「それに、この後何をやるかもだいたい想像つくから」
「ほう、対策はしなくていいのかね?」
「そうね、対策は──兵士が身を隠せる場所を確保しとけ、よ」
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