第3話 急転・南太平洋
長期間続く戦争は、大規模な戦闘が繰り返される時期と、そうでもない膠着した時期とがある。
今が後者の時期なのだろう。
と、言っても全く戦闘がないわけではない。
ウエワクとラバウルでお互いに爆撃しあっているし、水雷戦隊同士の戦いも頻発している。
「…………」
海軍省、海軍大臣公室。
この2ヶ月ほどの海戦の状況を、ディステニアは嶋田とともに見ていた。
日本の駆逐艦の損耗が、徐々に大きくなり始めていた。
秋雲型が意外なほどに沈んでいない。問題はそれ以前の甲型、朝潮型と陽炎型に被害が集中していることだ。
原因は大体わかっている。
まず、砲の問題。これは砲自体と言うより、砲の旋回機構の問題だ。
日本軍の従来の12.7サンチ砲の旋回速度は遅い。これは八九式高角砲でも、平射砲の三年式でも大して変わらない。
ただ、旋回させる電動機の出力を単純に上げれば解決できることが解っている。秋雲型はそれを設計に取り入れている。睦月型の改装でも取り入れさせた。だが甲型については他に予算を回していて後回しにしていた。
次に電探設備だ。二式水上電探も、防空改装艦以外の、従来の駆逐艦は後回しになっている。すでにアメリカは駆逐艦にも射撃管制レーダーを装備している。煙幕を展張されると一方的に撃たれてしまう。
とは言え、全体としてキルオーダーは日本軍優位だ。アメリカの量産能力を考えると安心はできないが、太平洋に全力を注げる状態にないことを考えれば悪くない数字だ。
「やたらキルオーダーが良すぎるのが気になるのよね」
ディステニアは眉をひそめる。
「目的は輸送船の襲撃なのよ。駆逐艦を沈めて満足してるんじゃまずいわ」
「それは解っている。だが現実に敵の輸送船に接触できていないのだから仕方ない」
嶋田が答える。
「駆逐艦並みの高速輸送船の可能性か……」
二水戦の田中少将が報告してきたものだ。
レーダーの探知範囲が日本軍より広い。その為、日本軍が接近する前に逃されてしまう。
「確かに、アメリカなら可能でしょうけど……」
技術的な話だけで言えば、日本だって造れないことはない。ただ、そんな事をやったら数が揃えられなくて破綻してしまうからできないだけだ。
だが、これがアメリカなら力技で克服することは可能ではある。
「でも、本当にそんな物存在してるのかしら?」
ディステニアは、少し唸ってからそう言った。
「どういうことかね?」
「流石に毎回、こっちの電探の捜査範囲にも入らないほど素早く逃してるって話がうまく出来すぎてると思わない? それに、航空機や潜水艦にも接触された形跡もないのよ?」
「しかし、護衛の駆逐艦は現に確認されているし、交戦もしている」
「それなんだけど……」
ディステニアは一層、表情を険しくした。
「これ、駆逐艦そのものを輸送に使ってるんじゃないかしら?」
「まさか、そんな。相手は新型駆逐艦が多いと報告されているぞ」
嶋田はそう言ったが、ディステニアが知る歴史書の中では日本軍がそれをやっている。
「でも、姿の見えない輸送船の存在を疑うよりも、そっちの方が、説明が付きやすいわ」
「むう……言われてみれば」
実際、アメリカは戦争が始まると、旧式駆逐艦の兵装を一部取っ払って輸送駆逐艦に仕立て上げている。
しかしアメリカの旧式駆逐艦から更に武装を外したそれらでは、日本の駆逐艦に対抗できない。
そこで新型のフレッチャー級を輸送に使っている──そう考えれば、辻褄は合う。
「解せないとしたら、アメリカの輸送船の保有量がそこまで逼迫しているとは思えないことなのよね」
「それはそうだろう」
2人は、アメリカの国内事情まではまだ、知らない。
「しかしもしそうだと仮定すると、この先も水雷戦隊同士の戦いが暫く続くことになるということか」
「いえ、それはないでしょうね」
ディステニアは言う。
「そろそろ、敵さん動き出すはずよ」
「警報! 敵機接近中」
電波警戒機が敵の接近を捉え、ウエワクの基地に緊張が走る。
しばらくぶりの昼間爆撃だった。
二式複戦による迎撃で大損害を出して以降、米軍はB-17での夜間爆撃を高度1万mからの目算爆撃に切り替えていた。
二式複戦を持ってしても高々度爆撃をされるとなかなか落とせなかったが、その代わり爆撃精度も極端に落ちた。ノルデン式照準機を持ってしても、成層圏からの爆撃では正確な照準は難しく、しかも風の影響も受ける。
それが今日は昼間に、それも推定高度6,000m付近で侵入してくる。
護衛戦闘機がついている可能性が高い。
戦隊長はそう指示してきた。
自分たちの任務は、その護衛戦闘機を排除し、二式単戦がB-17の迎撃に専念できるようにすることだ。
松本浩明一等飛行兵曹は、指導車が発動機を始動させようとしている自機に近付く。
──かかってくれよ……
果たして、ハ40は始動に成功し、軽快にアイドリングを始めた。
整備員の手で、車止めが払われる。
戦隊長機に続いて、列機が次々と離陸に移る。
松本もスロットルを開きつつ、フラップを下ろして離陸滑走に入る。
キ61、三式戦闘機。
この日、初めて戦場の、敵のいる空域に向けて飛び立った。
松本が空に上がると、上昇している最中にも、無線機から接近する編隊の情報が伝わってくる。
松本は編隊を組む僚機とともに、無線での誘導に従って機を向かわせた。
「松本、前上方!」
「!」
僚機から無線で声がかけられてくる。
最初はゴマ粒のようだったそれが、ぐんぐんと姿を大きくしていくのが見えた。
──なんだ、あれは。
見たことのない、異質な姿をした双発機。
──あれが、噂の高性能双発戦闘機か!
以前から度々、隊内、というより、陸軍はもちろん海軍の航空隊でも、チラホラと噂になっていた。
双発でありながら高性能、高速で長距離掩護のできる新型敵戦闘機。
それが、いよいよ姿を表したのだ。
「右だ!」
敵が射撃してくる、そう思った瞬間、松本はフットバーを蹴飛ばし、操縦桿を捩って横転しながら機体を右に滑らせる。
圧倒的な火線が迸り、先程まで松本機のいた空間を薙いだ。
ロッキードP-38G『ライトニング』。
ついに、太平洋戦線にも姿を現したのだった。
松本たち三式戦の戦隊には、この機体の対処法が叩き込まれていた。
双発エンジンの大出力を生かして、上下に機動する戦法をとってくる。
従って、一度高度を下げたところを狙い、頭を抑えろ。
スロットルはすでに戦闘出力。こちらも1,000馬力を超えるハ40が、機体を加速させる。更に緩降下で、増速させる。
一式戦ではありえない速度で、敵に迫る。
前情報通り、P-38は急上昇で上空に逃れようとする。
それを許さず、後上方に迫った。
機銃の発射釦を押し込む。
機首の二式二〇粍機関砲、主翼の一〇〇式二〇粍機関砲、合わせて4門が火を吹き、火線を的に伸ばしていく。
──あの隙間に吸い込まれて、当たらないんじゃないのか
松本は一瞬、そうも思ったが、果たしてP-38は、右の内翼から炎を吹き出して高度を急速に落としていった。
「松本、後ろだ!」
「!」
無線越しの、僚機からの声。
フットバーを蹴飛ばし、左に機を倒す。
松本が避けたその空間を、P-38が急降下してくる。
だが、そのP-38も、左のエンジンから煙を吹いて、落ちていった。
「
戦隊長から指示が入った。
松本と僚機は、他の獲物を探して、上昇しつつ緩く旋回する。
──後ろが8、前が2、それぐらいでいい、か。
ラバウルで一式戦を飛ばしていた時、海軍の零戦乗りからそんな話を聞いた。
ファストバックのキ61は後方の視認性はよくなかったが、感覚を向けるだけでも話はだいぶ変わってくる。
後ろに敵は──いない。
松本はそう確信してから、前方のP-38に狙いを定めようとしていた。
──何だこれは、地獄の釜か。
グラマンTBF『アベンジャー』艦上攻撃機の偵察員席で、アレクサンドル・コーギッシュ中尉はそう思わざるを得なかった。
彼らの機体は、太平洋ではじめての作戦任務につく空母『エセックス』の
ホーランディア攻撃を実施し、引き上げる最中、索敵機が日本空母を発見し、出撃してくることになった。
2隻の空母は、おそらくウエワクに航空機を輸送し、トラックに帰投する途中の
が、その輪形陣の中に飛び込んでからが問題だった。
ルイジアードやミッドウェイの生き残りは、ゼロの性能は驚異的だが、日本の水上艦の対空火器は大したことがない、と言っていた。
──全然話が違うじゃないか。
空母を取り巻く駆逐艦は、激しい火線を打ち上げてくる。
一式三七粍四連装高角機銃を装備した、第六駆逐隊、第二二駆逐隊の駆逐艦が、突入してくるTBFめがけて激しい射撃を浴びせていた。
同時に、八九式一二・七糎高角砲が、上空から迫るSBDに向かって火を吹き続ける。
九四式高射装置はない。精密で量産が効かなかったし、ただでさえトップヘビーの特III型や、小柄な睦月型に搭載するのは無理がある。その代わり、機銃用の九五式高射装置を改修した零式高射装置が搭載されていた。
睦月型の防空艦改装計画に合わせて急造された品だが、電探で突入してくる方角がわかればこれでも充分だった。もとよりこの時期の対空砲火というのは必中を期待するものではない。弾幕を張って近寄らせなくするためのものだ。
改装中も地上に設置された砲を使って猛特訓が行われた。1門あたり毎分14発発射しろ。八九式12.7サンチ高角砲の限界を超えたものだったが、乗員は必死に目標を達成しようとした。
「畜生、そこをどきやがれ!」
コーギッシュ中尉は毒ついた。
真正面に空母──龍驤がいたが、その間に駆逐艦『三日月』が割って入ってきた。37mm機銃をコーギッシュ中尉の小隊に向けて乱射してくる。
TBFは頑丈だ。そう簡単には落ちはしない。ホーランディア地上攻撃の際は日本の散発的な対空射撃に対し、そう思ったものだ。
だが、──これは、簡単なんてレベルじゃねぇ!
小隊の1機が、エンジンから火を吹いたかと思った次の瞬間、海面に叩きつけられてバラバラになった。
「くそっ!」
この憎たらしい駆逐艦から撃沈してやる──コーギッシュ中尉はそう決断した。
TBFの爆弾倉から、Mk.13魚雷が投下される。
旧式の、しかし恐るべき対空火器を備えた駆逐艦は、避けようとしない。
──空母を庇うつもりか!?
三日月は意地を張るかのように、TBFに向かって射撃を続けてくる。
ガンガンガンガン!!
その衝撃を感じた次の瞬間、コーギッシュ中尉のTBFは右側から海面に突っ込んでいた。
「それで、日本軍の空母を撃沈したのは間違いないんだな?」
「リュウジョウはSBDの爆弾を、少なくとも6発は受けて、派手に燃えていました。もう1隻のCVLも、少なくとも3発の爆弾と、3本の魚雷が命中しています」
「そうか……」
第17任務部隊指揮官、フランク・J・フレッチャーは、それでも晴れた表情をしなかった。
エンタープライズとエセックスから出撃した攻撃機の損耗率は、44%に達していた。
もし、大型空母を含む部隊を攻撃していたとしたら、この程度では済まないだろう。
アメリカも水上艦の防空は強化している。だからこそ、日本の防空力を侮れない。この損耗率は、空母の戦闘力がただ1回の出撃で奪われるということに他ならないのだ。
「対策が必要だな……」
新型戦闘機が間もなく配備されるという情報はある。ゼロによるインターセプトはそれで排除できるだろう。
実のところ、零戦とF4Fの数がほとんど同数だったために、F4Fは攻撃機を援護しきれなかった。特にSBDの撃墜は零戦によるものがその大半だった。
事実、南太平洋海戦と呼ばれるこの空母戦において、龍驤と龍鳳は一方的に攻撃を受けて沈んだ。直掩の零戦こそ載せていたものの、艦爆は降ろして陸軍機を輸送し、その帰途の最中だったため、攻撃のしようがなかった。
龍鳳が受けた魚雷は2本だった。1本は、龍鳳を庇ってその前に身を晒した駆逐艦深雪に命中──したはずが、磁気信管の早発によって深雪の艦体を食い破れなかったのである。
そして、それは1本だけの話ではなかった。
「おっ、気がついたな」
コーギッシュ中尉が、気がついた時、英語ではない言葉でそう言われた。
「ここは……どこだ?」
「大日本帝国海軍、駆逐艦三日月の医務室だ」
英語で話しかけてきたその日本人は、この艦の主計官だと名乗った。
「アンタ、運がいいよ。いや、良くないのかな? アンタは機体が落ちた時、放り出されて助かったんだ。機体が三日月のスクリューからの盾になって巻き込まれずにも済んだが──アンタの機の放った魚雷は、投下と同時に自爆してしまった」
「そうか……」
コーギッシュ中尉は憤懣やるかたない気分に陥った。アメリカの技術力は高い。にもかかわらず、こと魚雷になると日本とてんで勝負にならない。
「さて、悪いが尋問させてもらおうか」
主計官はそう言った。
「まず、官姓名を名乗って貰おう」
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