第4話 獰猛なカモメ
ラバウル空襲も飽きが来ようとしていた。被害は皆無ではなかったが、
とは言えP-38が出現するようになってから損害が増えたのは事実だ。一式大攻は簡単には墜ちない。帰り着くことは帰り着けるが、ボロボロにされていて投棄するしかない機体が増えていた。
「敵、単発機、かかってきます!」
住井が言いつつ、20mm機銃の発射釦に手を掛ける。
一式大攻も徐々に強化はされつつある。特に大きいものが20mm機銃のベルト給弾化だった。今まで120発入りの弾倉を撃ち尽くしてしまったら換装の間、時間がかかっていたのが、その手間が半減した。
「速い!」
「何ぃ!?」
グラマンなら一式戦が近寄らせない。だが、今日は様子が違った。これまでのグラマンでは考えられない速度で、一式戦の追撃を振り払って一式大攻の編隊に迫ってくる。
「くそっ、この野郎!」
一式大攻の編隊から、敵戦闘機の編隊に向かって20mm、12.7mmの機銃弾が激しく撃ち上げられる。だが、それをものともしないかのように、敵戦闘機は迫ってきた。
その姿は、住井を始め、目撃した人間に強いインパクトを与えた。
逆ガル状の主翼を持つ、あまりに特徴的なスタイル。
「春原機、落ちていきます!」
「畜生め!」
野中は、久々に敵に向かって毒ついた。
「クソッ、それでも1機だけか」
マリオン・ユージーン・カール中尉は、新たに与えられた愛機、チャンス・ヴォートF4U『コルセア』のコクピットで、毒ついた。
F4UはグラマンF4Fの後継機として開発されていた機体だが、前方視界の悪さと大径ペラが仇となり、艦上機としての運用は困難との判断を下されつつあった。
しかしそんなF4Uが必要とされたのが、ラバウルの海兵隊航空部隊だった。
高速で上昇力も高いF4Uにはうってつけの任務だった。
実際、今、確実に、複数のベティに銃撃を加え、損傷を与えたはずだ。
だが、致命傷を与えられたのは1機だけ。
理由はわかっている。ブローニングM2 .50calの威力不足だ。
ベティはその巨体に見合うだけのタフネスさを持っている。B-17のそれをもじって『イエロー・フォートレス』と呼ぶ者もいるくらいだ。
爆撃機が同じくらい頑丈でも、それを迎え撃つ戦闘機の武装が違った。日本軍の戦闘機は、オスカーを除き
.80calを装備した機体を要望する声は多かったが、今のところ例外的にP-38が装備しているだけだ。兵站の問題なのか。それにしても日本にできて合衆国にできないのか?
……F4Uと言えど、低空でウロウロしていたらオスカーのカモだ。頭を抑えられたら終わりである。一旦空戦域を離脱し、再上昇をかける。再攻撃のチャンスは有るだろうか。
この日、ラバウル爆撃に向かった一式大攻の部隊は──被撃墜機は、少数に留まったが、多くの機体が、重大な損傷を受けていた。
その被害がアメリカの新型戦闘機によるものであることは明白だった。
シュパッ
着艦制動策の3番ワイヤーを捉えて、機体は空母『雲龍』の飛行甲板に降り立った。
三菱B6M 艦上攻撃機『天山』。
九七式艦上攻撃機の後継となる機体は当初一四試艦上攻撃機として、中島飛行機の一社単独指名で開発が始まっていたが、中島の自社製発動機『護』の具合が良くない事から開発は難航していた。
そこへ割り込んできたのが──以前にも書いたが──、三菱の堀越技師である。
発動機は中島の『勇』二一型(陸軍ハ109)で1機、自社の『金星』五一型で1機が試作された。艦上攻撃機には中島製発動機の原則から『勇』搭載機を前提に三菱機の評価が実施された。
その結果、最高速度は本来の一四試艦攻の要求に対して50km/hほど遅い232ノット(約430km/h)に留まっていたが、九七式の206ノット(約381km/h)よりは速くなっていたし、防漏タンクなども採用された。
他にも一四試艦攻に要求された後方下部銃座も未設置だったが、艦攻本来の役割からすればそれほど重視する必要はないと考えられた。逆に7.7mm2丁だけだが、日本艦攻としては初めて前方銃が設けられた。
さらに推力式排気管とすることで速度は240ノット(約444.5km/h)にまで向上し、この時点で決着はついたようなものだった。中島機の開発陣にしてみれば要求を満たしていない三菱機に制式機の座を掻っ攫われるのは理不尽に映ったかもしれないが、発動機の不具合も満足に解決できていないし、この先空母が続々と完成することを考えれば、海軍が即戦力になる三菱機を選ぶのは当然と言えた。
もっとも中島飛行機の創業者にして、元海軍機関大尉、鉄道大臣も勤め上げた中島知久平は、艦攻での三菱との争いはそれほど重要視しなかったようだった。
10月11日。
空母エンタープライズを旗艦とする
エンタープライズ、エセックス、それにCV-10『ヨークタウン』と、軽空母『インディペンデンス』を含む空母打撃群だった。
TF38の当初の存在目的は、ラバウルの兵站基地となっているブーゲンビル島周辺の制海権の維持だった。だが、ヨークタウンとインディペンデンスが到着したことで、ラバウルへの進出やウエワクへの攻撃も視野に入れつつあった。
当初、ハワイの太平洋艦隊司令部は、新たに到着した空母を中部太平洋の護りに回すことを念頭に入れていた。だが、ラバウルでの航空消耗戦に一石を投じる必要があると、南太平洋方面を管轄する、ウィリアム・F・ハルゼー中将麾下の第3艦隊司令部が強く要望してきた。
去る6月にはウエワク基地への兵站拠点となっていたホーランディア攻撃を実施し、その際ウエワクからトラックへ引き上げる日本の軽空母2隻を仕留めた。
さらにラバウルの海兵隊航空部隊にF4Uが配備されてから、日本軍の攻撃が漸減傾向にあることも解っていた。
「ここでジャップを叩いておけば、北部ニューギニア方面での制空権、制海権を回復できる」
この結果、新たな空母群の南太平洋方面への進出が実現したのである。
否、新たに到着したのは空母だけではない────
ブリスベンで指揮を執るマッカーサーとの協議の元、ウエワク基地攻撃の作戦立案に取り掛かっていた。
その矢先のことだった。
日本海軍がブーゲンビル島攻撃を意図して空母部隊を動かしていると、HYPOが掴んだのである。
日本側も、敵新型戦闘機による陸攻隊の損害の増加に対して、手をこまねいていたわけではなかった。
トラックと横須賀とで訓練に明け暮れていた第一航空戦隊、第二航空戦隊の出撃準備を終えると、ラバウルの後方兵站基地となっているブーゲンビル島のブカに対して空母による攻撃を実施することを決めた。
ブカは日本軍がかつてポートモレスビーまで進出した際に中継点として使っており、その後遺棄したが、それがラバウルへの兵站基地になっていると考えられた。
さらに空母龍驤、龍鳳を撃沈した空母群を誘引し、可能であれば撃破・撃沈する。
ただ──
──なぜ、今なのだ。
トラックに居残りとなった『大和』の司令部公室で、山本五十六は考え込んでいた。
龍驤、龍鳳を撃沈された直後は、日本側の空母戦力を浪費する必要はないとして、即座に反撃することはなかった。
それがここへ来て、空母機動部隊を動かす算段になったのか。
否、山本にはある程度公算はついていた。
「僕のことを博打打ち、博打打ちと言う割には、省部(海軍省・軍令部)にもギャンブル好きはいるらしいな」
山本はそう言って、苦笑する。
「見せ札を切っておくとは、そこそこに考えがいい」
山本の言葉に、宇垣は苦い顔をするしかなかった。
空母翔鶴の飛行甲板に、それの設置が終わったのは、ちょうどひと月くらい前のことだった。そこから、搭乗員も、空母側の飛行甲板要員も、それを使いこなす訓練を続けていた。
三式航空機発進促進機。
去年の今頃に、試作品が空母鳳翔の甲板に取り付けられて、試験を繰り返し、実用化に漕ぎつけられた、蒸気圧式カタパルトだ。
これまでのカタパルトは、何らかの動力源を必要としたが、このカタパルトは、この時代の軍艦であれば無尽蔵に使えるエネルギー──ボイラーからの蒸気の圧力を直接用いて、空母から射出する。
原理を聞けばなるほど合理的だと思う反面、1年近くも実用化にかかったことを考えると、それなりに複雑な機構ではあるのだろう、と、高山昇中尉は考えていた。
高山の乗る九九式艦上爆撃機が、そのカタパルトのレール上に進められ、射出索で固定される。
抱えているのは陸用爆弾ではなかった。
瑞鶴の索敵機が、ブカから北東へ約55海里の位置に、敵空母部隊を発見していた。
スロットルを全開にする。
航空指揮所で発艦よろしの旗が振られると同時に、カタパルトが作動し、高山の艦爆を加速させて、甲板から打ち出す。
カタパルトが使えるようになったことで、最も変わったのは発艦の順序だ。
今までは、最も身の軽い戦闘機が最初に発艦し、次いで艦爆、魚雷という重量物を抱える艦攻が、最後に飛行甲板を長くとって発艦するというのが順序だった。
しかし、そうなると戦闘機は艦攻の発艦が終わるまで、上空に待機していなければならなかった。この為、燃料も無駄になるし、時間もかかるし、その分搭乗員の負担増になった。
空母用カタパルトの実用化に伴い、この順序が艦攻、艦爆、艦戦の順に入れ替えられた。
こうなると最も鈍足の艦攻を追いかける形で空中合流できるため、燃料と時間の節約につながった。
特に戦闘機にとって燃料の節約は、空中戦に使える時間の長短に関わるだけに、死活問題だったと言えるだろう。
『一〇一空、編隊集合』
無線電話機から、攻撃隊指揮官の村田重治少佐の声が伝えられてきた。
「日本軍の攻撃隊が接近中」
エンタープライズに新たに設けられた
「先手を取られたか」
ハルゼーは軽く舌打ちした。
日本の空母部隊に対し攻撃を仕掛けるべく、各空母には攻撃機が並べられている最中だった。
「攻撃隊を発艦させろ! このままじゃマトになるだけだ!」
ハルゼーはそう下令した。
アレキサンダー・ブラシウ少佐は、
無線機から敵編隊接近の報が入り、レーダーによる誘導を受ける。
ゼロに対する恐怖心はなかった。彼の乗機は鈍重なF4F-4ではなかったのだから。
グラマンF6F『ヘルキャット』艦上戦闘機。
元々はF4Uの保険として、F4Fの発展型として設計が進んでいた機体だ。だが、F4Uが空母搭載機としてはいささか問題を抱えており、またグラマンの量産能力もあって、F4Fに代わる主力艦上戦闘機として配備が進められていた。
水平速度こそF4Uに劣ったが、全体的に癖がなくまとまった戦闘機だった。海軍の評価は、格闘戦さえ避ければゼロに勝るというものだった。
スロットルを戦闘出力に叩き込む。プラット&ホイットニーR-2800『ダブルワスプ』エンジンが、2000hpの咆哮を上げる。
CICからの誘導は続く。
日本軍は二群に別れていた。低い高度を飛ぶ一群、それに先んじて、やや高い高度を飛ぶ一群が接近していた。
CICからの指示は先行する一群に接触せよというものだった。
こちらに戦闘機が帯同している可能性は高かった。
アレックスがやることは決まっている。
ゼロを排除し、攻撃機を落とす。それだけだ。
眼の前に現れたのは、確かにゼロの群れだった。
そこへめがけて、F6Fを飛びかからせる、そう身体が動きかけた時だった。
『アレックス、後ろだ』
ウイングマンから警告が聞こえてきた。ゼロが、いつの間にか後ろにも。
ゼロとの格闘戦は禁物だ。迷わず操縦桿を倒してパワーダイブをかける。
『無理だ!』
ウイングマンの悲鳴のような警告が聞こえた。ゼロが追ってくる? 大丈夫だ。F6Fは急降下なら430ノットは出してもびくともしない。ゼロは追いつけない。
そう思った次の瞬間、ガンガンガンガンと激しい着弾の衝撃が走った。
そんなバカな。ゼロがF6Fのパワーダイブに追ってこれただと!?
アレックスの疑問は、晴れることがなかった。
もはや脱出する暇もなかった。ただ、迫り来る海面に向かってF6Fは叩きつけられた。
答えは簡単だった。
ゼロではなかった。
川崎A7Ks1 三式艦上戦闘機。
陸軍キ61の艦上機型である。
変更された命名基準による名前ではなく、敢えて従来通りの皇紀制式名としたのは、もとが陸軍機であることへのせめてもの反抗だった。
日本機の中では卓越した急降下性能を誇る三式戦にとって、安易にパワーダイブで逃げ出そうとするF6Fは格好のターゲットだった。自ら海面に激突するまで追い詰めるか、焦れて捻ったところを撃ち落とすか。
まだ生産数は限られており、搭載しているのは翔鶴と瑞鶴の2隻に過ぎない。だが、零戦の相手を想定していた相手に対して引っ掻き回すには充分だった。
日本は米軍を舐めていなかった。8隻の空母のうち、祥鳳・瑞鳳・瑞穂を除くほとんどの戦闘機を先制攻撃に差し向けたのだから。
逆転太平洋戦争 神谷萌 @moekamiya
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