第5話 ウエワクの再会

「さらばラバウルよ、また会う日まで、か……」

 野中吾郎中佐は一式大攻の副操縦席で呟いた。

「まだ言ってるんですか、何度目ですよ、それ」

 主操縦席の久瀬一飛曹が、操縦桿を握りながら言う。

「いやぁ、あれだけの基地を放棄する命令が出るとは思わなかったんでなぁ、別にまだ攻撃を受けたってわけでもねぇのになぁ」

「だから、じゃありませんかね」

 久瀬が言う。

「うん?」

 野中が聞き返した。

「敵の攻撃を受けて、高価な大攻を地上で壊す前に、移動させようって魂胆なんじゃないですか?」

「けどよお前、それじゃ戦争にならんだろう」

 久瀬の答えに、野中はさらにそう返した。

「実際に上が何を考えているかまではわかりませんよ。でも、ウエワクには陸さんの二式単戦ヨンヨンの部隊もいるんでしょう、海軍中心のラバウルより防御に適していると考えたんじゃありませんか?」

 久瀬は、着陸に向けて一式大攻を降下させながら、説明するように言う。

「けどよ、ウエワクにそんなにデカい航空基地があるのかね」

 野中が疑問を呈するようにそう言うが、

「…………あるようですよ」

 久瀬自身、半ば驚いたような、呆れたような口用で、そう言った。

「うお……これは、ラバウルに劣らないな……」

 機首機銃手の北川が、息を呑むようにしてそう言った。

 ウエワクの周囲あちこちに、滑走路が建設されていた。たしかに、ラバウルに勝るとも劣らない飛行場群になっているようだった。

『海軍機へ、南第二飛行場へ降りろ。南側で一番でかい滑走路だから分かるはずだ』

 無線機からそう指示が入る。

 ウエワクには大小合わせて4箇所の飛行場が完成していた。そのうちのひとつに、誘導の吹き流しが上がっている。

「これも排土車の威力ってやつかねぇ」

 野中が呟くように言った。

「排土車? なんですかそれは」

 久瀬が聞き返す。

「なんでも土を均して整地するのに有用な車両らしいぜ。英語じゃブルドーザーって言うらしいけどな、陸さんが開発して使ってるんだと」

「そんな便利なものがあるんですか」

「石川の農機具会社に作らせたらしいが、アメさんじゃもうもっと大型のものが普通に使われてるんだとよ」

「そんなものが日本にもあるんなら、海軍も導入すればいいのに」

 久瀬がぼやくように言う。

「今、陸さんから図面もらって、作っちゃあいるらしいんだがな」

「ラバウルには間に合わなかったってことですか」

「だろうなぁ、施設隊の連中が遅すぎるってぼやいてたぜ」

 そう言っている間にも、野中機は隊長機として、先頭を切って着陸態勢に移る。

 主車輪が設置し、減速し、尾輪が降りる。

 そのまま、タキシングの状態で、掩体壕とは言わないまでも、偽装された駐機場へと導かれる。

 陸軍の装軌式の牽引車がトコトコと走ってきて、野中機を駐機場へ引っ張り込むために準備を始める。

「野中中佐殿、また一緒になったようですね」

 野中が一式大攻からウエワクに降り立つと、そんな声がかけられた。

「黒江少佐でしたか」

 陸軍の飛行服をラフに着崩した巨漢の姿を見て、野中は声を上げ、表情を明るくした。

「どうやら今度はこっちが居候させてもらうことになるようですなぁ」

「何、同じヒコーキ乗り同士、陸も海もないと仰られたのは中佐殿ではありませんか」

 野中の言葉に、黒江がそう返しながら、2人は握手を交わした。

「ははっ、これはやりかえされましたなぁ」

 そう言って、野中は自分の額をぺしっと叩く。

「で、今はどちらに配属になったんですかい」

「独飛六四戦隊であります。第二中隊々長を任されております」

 野中の言葉に、黒江は敬礼混じりにそう答えた。

 野中は返礼してから、

「それじゃ、戦隊長さんに挨拶しておいたほうが良さそうですなぁ、今、どちらに?」

 と、訊ねた。

「あちらにおられるのがそうです」

「ほほう」

 その姿を見て、野中は感心したような声を出した。

「陸軍はむやみやたらと固っ苦しいところだとばかり思っとりましたが、なかなかそうでもないようですな」

 そこにいたのは、飛行服のズボンにシャツというラフな格好、サングラスをかけて、デッキチェアに腰掛けながら、大攻隊の着陸を見ている、独立第六四飛行戦隊々長、加藤建夫大佐の姿だった。



 第一航空艦隊はミッドウェイ戦後に再編され、第一航空戦隊が翔鶴、瑞鶴、祥鳳、瑞鳳。第二航空戦隊が蒼龍、隼鷹、飛鷹、瑞穂。第三航空戦隊が鳳翔、龍驤、神威と、新たに軽空母として改装を終えた『龍鳳』が加わった。加賀は大規模な修理が必要なため聯合艦隊司令部付となった。

 第三航空戦隊は、当面は航空隊熟練のための部隊と位置づけられ、敵潜水艦を避けて瀬戸内海で活動していた。横須賀で竣工した龍鳳は習熟航海も兼ねて、小笠原を回ってから瀬戸内海に至る航路に、第三四駆逐隊とともに出港した。

 しかし……


「ソナーに感あり、潜水艦です」

「こんな近海だぞ、味方の潜水艦じゃないのか?」

 まだ八丈島の近くである。こんなところまでアメリカの潜水艦が出没しているとは考えにくかった。

「待ってください、この音……」

 駆逐艦『羽風』の聴音手は、ヘッドフォンに手を当てながら、目を閉じて聴音機に集中する。

 羽風は並型駆逐艦の中でも最も旧式の峯風型に属したが、第三四駆逐隊は主に輸送船護衛の部隊として、優先して二式水中探信儀が装備されていた。

「気泡音、魚雷です、魚雷!」

 聴音手は声を上げた。

「クソっ、こんな庭先まで入り込んでやがったのかよ!」

 羽風駆逐艦長、鹿屋正徳少佐は、そう言って毒ついた。

「爆雷戦準備!」

 鹿屋が指示したのとほぼ同時だった。

「雷跡、見えまーす!」

 米軍の魚雷が白い航跡を引きながら、龍鳳に迫る。

「ああ……あぁあ……っ」

 バズーン、という音とともに、3本もの水柱が上がった。

 そこには、無傷の龍鳳の横で、見るも無残な姿と化し、一気に海中に引きずり込まれていく駆逐艦『秋風』の姿だった。

 秋風がちょうど龍鳳の盾になる形で、魚雷を受けたのである。

「畜生、爆雷投射! 秋風の道連れにしてやれ!」

 鹿屋が下令する。

 すでに敵潜水艦の位置は露呈していた。羽風はもう1隻の僚艦『太刀風』とともに、爆雷攻撃を実施する。

 第三四駆逐隊の峯風型駆逐艦は、魚雷発射管と主砲を1つずつ下ろし、九四式爆雷投射機と九五式爆雷60発を搭載していた。

 羽風が爆雷投射機で想定位置に爆雷を投射し、さらに太刀風がそこへ爆雷軌条から20発もの爆雷を投下した。

 海面が爆雷の爆発で泡立つ。流石にこのときばかりは、聴音機は役に立たない。

「水中探信、再開しろ」

 爆雷の投射が一段落し、鹿屋艦長が指示を出す。

「龍鳳の周囲を周回するぞ」

 太刀風が秋風の残骸に低速で近寄っていくのを見て、鹿屋はそう指示を出した。

 やがて、太刀風が、オイルや、浮き輪といったものが浮かび上がってくるのを発見した。

 それは、潜水艦が爆雷によって破壊された後に上がる墓標のようなものだ。

「やったか……」

 鹿屋たちが知る由もなかったが、これがガトー級潜水艦『ドラム』の最期だった。


 秋風の行動については、所属する第一一航空艦隊の司令部の中でも紛糾した。

 秋風の生存者は数名という状況であり、駆逐隊司令や、駆逐艦長、森卓次少佐の指示がどんなものであったかの証言は得られなかった。

 接近する潜水艦に気づいていなかった説、龍鳳を庇って魚雷を受けた説、爆雷投射を実施しようとして射線上に入り込んでしまった説、の3つが立てられた。

 しかし、死人に不名誉なレッテルを貼るのは不要と判断したのだろう、最終的に、秋風は龍鳳を庇って魚雷を受けた、と戦闘詳報に記載され、公式に記録された。

 乗組員は、生存者も含め全員に勲等が与えられ、森駆逐艦長は中佐に死後昇進した。


 一方。

「日本近海において徒に軍艦を攻撃することを禁ずる」

 ハワイの太平洋艦隊司令部は、各潜水艦部隊にそう通告した。

 ただでさえ欠陥魚雷のおかげで、攻撃のリスクの割に戦果が乏しいうえ、サーモン級潜水艦『サーモン』など、複数の潜水艦が日本軍の対潜攻撃で失われていた。

 サーモンは日本の戦艦を攻撃するとの打電を最後に、消息を断っていた。この戦艦とは日露戦争以来の旧式艦で、『三笠』も所属する敷島型戦艦の『朝日』を改装した工作艦だったが、輸送船団とともにシンガポールから横須賀へ帰港する途中だった。しかし、船団護衛についていた海上護衛総隊の第一〇一駆逐隊(嵐型駆逐艦『松』『竹』『梅』『桃』)に発見され、撃沈されてしまったのである。

 余談だが、この際、第一〇一駆逐隊も横須賀にて小改修を受け、二式水中探信儀を装備し、再び船団護衛の任務に復帰している。

「現状で軍艦攻撃はリスクが大きすぎる。輸送船に限って攻撃するよう徹底しよう」

 ニミッツは、日本近海でこそないがミッドウェイの作戦中に失われたと思われるノーチラスのことも思い、その指示を出したのだった。


 ともあれ、龍鳳が第三航空戦隊に無事に合流する一方、第一航空艦隊の水上部隊である第一〇戦隊も再編を迎えていた。

 第七駆逐隊が第一水雷戦隊、第一〇駆逐隊、第一七駆逐隊が第二水雷戦隊に配置換えとなり、第六駆逐隊(『深雪』『暁』『響』『雷』)、第二二駆逐隊(『皐月』『文月』『水無月』『長月』)、第二三駆逐隊(『卯月』『菊月』『夕月』『三日月』)、第三一駆逐隊(『長波』『高波』『巻波』『大波』)で構成されることになった。

 このうち第二二駆逐隊と第二三駆逐隊はすべて防空艦改装を終えた睦月型で構成されている。

 第三一駆逐隊は新たに竣工した秋雲型駆逐艦で構成されている。このため、三航戦とともに習熟訓練の最中だった。この建造分からは九六式25mm3連装銃に代えて37mm4連装銃1基が標準装備となり、単装銃は九九式20mm高角機銃となった。転出する一〇駆の4隻も同様の改装を受けているが、『秋雲』にだけは20mmではなく、二式三〇粍高角機銃なる新型銃が装備されていた。

 第六駆逐隊はウェーク沖で喪失した第三〇駆逐隊を埋め合わせるべく、こちらも防空艦改装されたものである。

 これも計画図面自体は以前からあり、並型駆逐艦に次いで旧い特型駆逐艦を防空艦化するものだった。主砲をすべて八九式12.7サンチ高角砲とし、やはり主砲と魚雷発射管各1基を撤去して37mm4連装機銃を装備する。

 睦月型、特型ともに、まだ大型艦にも行き届いていない二式超短波電波探信儀、二式水上電波探信儀を装備している。

 そして『深雪』にだけ、第1主砲塔の後ろに、試製短二〇糎高角砲、なるものが搭載されていた。


 これに正式に第三戦隊と第八戦隊を組み入れ、新生第一航空艦隊は組成された。



 その頃、その如月はといえば、第二九駆逐隊から、第一五駆逐隊へと配置換えとなっていた。

 本来、第二九駆逐隊(舞鶴)と第一五駆逐隊(佐世保)では定繋港が異なるため、異例のことではあったが、未改造の並型駆逐艦で構成された第二九駆逐隊に如月を配置していても使い所を持て余してしまうことと、

「第二水雷戦隊の防空能力甚だ低くして敵航空攻撃に対処するすべなし。故にこの先任務に重大な支障来す可能性大」

 と、一五駆の所属する二水戦の田中頼三少将が意見具申していたため、米潜水艦S-27の攻撃で喪失していた『夏潮』の代替として配属されたものだった。

 同時に、先に書いたとおり防空強化改装を終えた第一〇駆逐隊も二水戦配備となった。

「日本軍が攻撃も受けずに引き上げるというのは、また珍しい光景ですね」

 如月の艦橋で、高い、支那訛りの声の軍属が言う。

 その外では、港湾内で輸送船に引き上げる物資を積み込み、あるいは自身が乗り込みを待つ日本軍の姿があった。

「なに、上はここに留まる必要はないと判断したんだろう、別におかしな話でもないと思うが」

 板倉艦長はそう答える。

 第二水雷戦隊は、南ニューギニア各地から引き上げる日本軍の輸送船の護衛の任についていた。

 如月は、港湾の入口付近で二式超短波電波探信儀を作動させ、防空警戒にあたっている。が、如月には後から改造された組と異なり、水上電探はまだ搭載されていない。

「何にしろ状況が、大きく動くのではないかと思います」

 下士官姿の軍属は、板倉にそう言った。

「そうだなぁ、そんな気もするなぁ」

 板倉は、煮え切らないような口調でそう言った。

 一介の駆逐艦長が考えても仕方のないことではあると思いつつも、役者が揃いつつある、そんな予感はしていた。



「うーん……」

 タイターは、作戦部室で1人、海図に目を落としていた。

 海図には、パースに向かう日本空母部隊と、エンタープライズ・サラトガで構成された第18任務部隊TF18を表す、それぞれの駒が置かれていた。

 ──こちらの狙った戦力配置になりつつあるが……

 タイターは、そこまで考えて、眉をひそめる。

 ──なにか見落としている気がする……なんだ……何がある?

 タイターは、敢えて人のいない夜の作戦部室で、1人自問自答していた。



 ─※─※─※─※─

 2019/01/26 23:00 一部改訂

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