第5話 ウエワク迎撃戦

 ウエワクの昭和18年は、米軍機の空襲で始まった。

 西欧でも一応新年を祝う習慣はあるが、日本のように正月気分というものはない。

 三ヶ日も明けきらないうちから、敵の大規模な編隊が接近中、と、超短波電波警戒機が編隊を捉えていた。

 日本側は坂川敏夫中佐の飛行第四七戦隊、役山武久少佐の飛行第九戦隊、長縄克己少佐の飛行第七〇戦隊、これらの二式単戦120機あまりが防衛のために離陸した。

 ──海さんの梯団の組み方とも異なるな。

 坂川は思った。上下に高度差の付けた奇妙な編隊をしている。

 相手の機体数も二式単戦とほぼ同じ120機。

 だが、護衛戦闘機の姿はなかった。

「第一中隊と第二中隊は先頭の梯団、第三中隊は2番目の梯団を狙う、各々高度を上げている機体を狙え、かかれっ」

『了解』

 無線から部下の応答が返ってくる。

 B-17、3機辺りに、4機ずつの二式単戦の小隊が迫る。

 段差のついた編隊、これはコンバット・ボックスと呼ばれる、爆撃機のおたがいの防御機銃がお互いの死角を補うことで敵戦闘機の邀撃を跳ね除けるというものだったが、高い高度を行く小隊はその分戦闘機に狙われやすくなった。

 第三中隊の吉田義雄少尉が、小隊を率いて先頭のB-17に狙いを定め、降下していく。

 ──墜ちろ、墜ちやがれ!

 翼がOPLの照準環いっぱいにはみ出すまで接近してから、発射釦を押し込んだ。ダダダダダっと、機首の12.7mm機関砲、主翼の20mm機関砲が火を吹き、吸い込まれていく。

 最初の射撃で、右側の内側エンジンから火を吹いたが、すぐに火は消されてしまう。やはりアメリカの機体らしく、消火装置も贅沢にできているらしい。

 だが、吉田はそのまま2度目の射撃を行った。今度は翼から煙が出始め、それは炎に変わった。

 さすがのアメリカ重爆も、20mm機関砲弾を完全に防ぎ切ることはできなかった。タンクを食い破られ、漏れ出たガソリンに引火する。

 ──次はどいつだ。

 B-17が墜ちるのを見届けることなく、吉田は、周囲を警戒しつつ、機を再上昇させる。

『第三中隊、後続の敵梯団へ向かう』

「了解」

 残弾計と燃料計をちらりと見る。燃料には不安はない。残弾は20mmが半分ほど、12.7mmが2/3程残っていた。

 ──敵さんの数が多いと、ちょっと厄介だな。

 吉田はそう思いつつも、上昇しながらの緩旋回で、狙う敵にをつけた。

 後尾からパワーダイブで追い縋る。

 二式単戦の急降下制限速度は、800km/hだ。見る見るB-17の姿が、視界の中で大きくなっていく。

「喰らえっ」

 B-17の胴体と翼の付け根あたりを狙って。発射釦を押し込んだ。


 この日、ウエワクを襲ったB-17は120機ほど。そのほぼ同数の二式単戦の迎撃を受けたことになる。

 爆撃高度も低かった。ウエワクの飛行場を破壊するのが目的だったのだろうが、精密爆撃を実行しようとした結果、二式単戦のいいマトになってしまった。

 結果的にB-17の編隊は大損害を出した。日本側が確実としているだけで40機が墜ちている。これは、部隊が壊滅したのと同義だ。

 しかも肝心の爆撃は、先行していた梯団が真っ先に落とされたためため、各々照準したはいいが、結果的に辺りの密林の中をほじくり返しただけに留まった。

 一方日本側も、コンバット・ボックスを組むB-17に迎撃を仕掛けた結果、被撃墜機こそなかったが、着陸してみると穴だらけという機体が多く発生し、整備兵はその修繕に追われた。廃棄扱いになった機は12機だった。



「少ないわね」

 ディステニアが、怪訝そうな表情をする。

「何がだね?」

 畑参謀総長が訊き返す。

「米軍の爆撃機の数よ。まだイケイケドンドンの時期には早いにしても、この倍は当然、飛んでくるものだと思ってたわ」

「ラバウルの飛行場が、まだそこまで回復してないということじゃないのか?」

「確かに……こちらの爆撃が続けられている中で、B-17の運用を始めただけでも大したものか……」

 ディステニアは感心した。

「それを考えると、さすがアメリカね……」

 慄いたような表情をするディステニアだったが、彼女は2つほど思い違いをしていた。


 ひとつは、アメリカがB-17の生産を絞っていたこと。

 これはB-17の航続距離が関係していた。

 西アフリカの大半を占めるフランス領が、中立を保ったままだったからだ。

 ヴィシー政府のペタン政権はドイツの傀儡と言っても良かったが、表向きは中立を表明している。

 この為、イギリスが支援を必要としている中東へ向かうには、イギリスの支配下にあるフリータウンまで飛行するか、分解して船舶で運ぶしかない。

 ニューヨークからフリータウンまでの距離は、フェリー状態のB-17でもギリギリの距離であり、途中の天候の変化なども考えると危険だった。

 分解して海上輸送するには、いくらアメリカの船舶保有量をもってしても大きすぎた。

 何より中東では、ドイツ軍を攻撃するための重爆撃機より、各地の叛乱に対抗するために小型の戦闘爆撃機を必要としていた。護衛空母や航空機運搬船は、それで手一杯だった。

 この為、中東方面には航続距離で勝るコンソリデーテッドB-24『リベレーター』が回され、補助燃料を爆弾倉いっぱいに積み込んでフリータウンまでの飛行に就けた。そこで給油して今度は南アフリカ南端のケープタウンまで飛行し、そこからマダガスカル、伊領ソマリアの上空を通過してアラビア半島のアデン、そこからようやく最終目的地のシナイ半島まで運ぶことができた。

 こうして運ばれた貴重なB-24は、スエズ運河北岸のポートサイドから西のビルアルアブドという地方都市に造られた基地から、アレキサンドリア、カイロを爆撃したが、爆撃の効果に疑問がある上に、ドイツ空軍の迎撃も激しく、1回の出撃で壊滅当然の損害を出すこともあった。

 この為、予定していたダグラス、ロッキードでのB-17のライセンス生産は見送られ、B-24の生産数を増すことになっていた。しかしそのために、生産ラインの混乱が起きていた。

 もっとも、ボーイングだけでも太平洋戦線に送るB-17は充分な数が揃うのだが。

 付け加えるなら、護衛戦闘機がないことも問題だった。もはやP-40ではヨーロッパでも太平洋でも性能不足と判定されていた。長距離掩護機として期待されていたP-38は、ようやく最初の実用型であるG型の生産に目処が立ったところだった。


 2つ目の思い違いは、アメリカがどうやってラバウルの飛行場を確保したか、だった。

 ディステニアの推測では、機械力を使って短期間の整備を行った、日本軍が遺していった既設飛行場だけではなく、新たな飛行場を建設してB-17の運用に間に合わせた、というものだった。

 実際、それは間違いではない。

 間違いではないが、日本軍が断続的に集束爆弾をばらまく状況下で、どうやってそれを乗り越えて整備したのかまで考えが及んでいなかった。

 従来、日中は一式大攻による強襲、夜間に一式中攻による高々度爆撃と分けてきたが、米軍が再びラバウルの整備に手を付け始めると、護衛のつけられる日中に中攻による爆撃を行い、夜間に大攻による高々度爆撃を実施するようになった。

 一式大攻は結果的に広範囲に集束爆弾をバラまき、その中には時計式信管のものの他、子弾・孫弾の信管を意図的に鈍くしたものが混ぜられた。

 それらを克服して飛行場を再建するという行為を実現するために、米軍は虎の子の海兵隊第1師団が壊滅判定寸前となるほどまでの、兵士の血で購ったのである。



「息子は素晴らしい子でした。合衆国Statsの為に命を厭わない誇らしい子であったのは間違いありません。危険な任務にも自ら志願したのだと思います。ですが軍から送られてきたのは一通の戦死通告書のみ。遺品もなにもありませんでした。せめて息子の最期の様子をと訊ねたのですが、それも今は軍機であるから言えない、と」

 とある共和党の上院議員の遊説先。

 そこにゲストとして招かれたのは、海兵隊員だった息子を亡くしたという初老の女性だった。

「皆さん」

 議員が言う。

「彼を殺したのは日本軍です。パールハーバー奇襲作戦も一方的なものでした。私自身、日本を許せるかと言えばそうではない。しかし、まず考えていただきたい。日本に最後通牒を送りつけ、現在の状況を作り出した人間が誰であるのかを。そうルーズベルトに他ならない。彼は『あなた方の息子を戦場に送ることはない』と言って再選しました。にもかかわらず裏では日本を挑発し続けていたのです! これは合衆国国民に対する欺瞞以外の何物でもありません!」



「何ということだ……」

 年初のギャラップ調査で、日本との戦争を「継続すべき」は、相変わらず7割強を示している。

 それだけパールハーバー攻撃はインパクトの大きいものだった。

 しかしその一方で、ルーズベルトの支持率は昨年後半から下落を続け、今や5割を切っていた。戦時政権の指導者としては、痛恨のレベルである。

 原因は太平洋戦域でめぼしい戦果がないことと、大西洋方面でイギリスとともに中東の泥沼に足を取られてしまっていることだった。

「ラバウルの飛行場設備は復旧したのだろう、ウエワクの日本軍に対してもっと積極的な攻撃はできないのかね」

「機体は揃っていますが、パイロットが足りません」

 ルーズベルトの問いかけに、ヘンリー・ルイス・スティムソン陸軍長官が、憮然とした様子で言った。

「大量の爆撃機クルーが、中東へのB-24フェリーに取られています。しかも、B-24の損害もかなり深刻です」

 スティムソンは共和党員であった。開戦前は、日本を枢軸国から離脱させることに腐心していた。にもかかわらず、スティムソンは何の事前相談もなくハル・ノートは日本に手渡されていた。

 スティムソンはパールハーバー攻撃でアメリカは一致団結するだろうと考えていた。それ自体は間違いではなかった。パールハーバーの復讐を唱える声は大きい。だが、実際には太平洋方面でも大西洋方面でも連合軍は苦戦していた。ルーズベルトの指導力を問う声が出てくるのも当たり前だ。

「大統領」

 ヘンリー・モーゲンソウJr.財務長官が口を開いた。

「戦時国債の売れ行きが鈍っています」

「なに」

 ルーズベルトの目が見開かれる。

 のとはイコールではない。アメリカの大量生産体制を支えるには、当然それに見合った支出がかかる。そしてアメリカの国庫も無限ではなかった。

 連合軍の苦戦と、それによるルーズベルトの指導力に対する疑問の声に、反応したのが財界だった。

「年末までは順調でしたが、年初来芳しくありません」

「彼らは何を考えているんだ」

 ルーズベルトは半ば激昂したように訊き返す。

「海外への投資の保全です。資本家にはイギリスの利権に出資している者も多数います。彼らはナチスとの戦いを止めてイギリス本土の資産だけでも守りたいと考えているのです」

 今のままでは中東への投資の回収は絶望的だ。保身的な財界がブリテン島の資産だけでも保全したいと考えるのは、無理からぬ事だった。

「このままでは戦時不況に陥ってしまうぞ」

「しかし、手立てがありません。このままでは航空機や戦闘車両の製造ラインの稼働に支障を来たします。艦船もです」

何ということだOh my god…

 ルーズベルトは嘆いたが、それで何かが改善されるというわけでもなかった。



 1943年1月18日、イタリア、ジェノヴァ。

 港湾近海を1隻のイタリア軍艦が疾走していた。

 航空母艦『アクィラ』。

 を得て、高速客船『レックス』からの改装で完成した、イタリア初の航空母艦である。

 ファストバックの空冷の戦闘機が着艦体制に入る。マッキMC.201/C『サエッタ』艦上戦闘機。

 マッキMC.200を原型とし、エンジンに日本の三菱重工からライセンスを受けたフィアットA76RC41エンジンを搭載し、大幅な性能向上を図ったものだ。大元のエンジンは日本海軍が『金星』と呼んでいるものである。

 MC.201は危なげない体勢で、アクィラの飛行甲板に降り立った。

「オオッ」

 飛行甲板の水兵から、歓声が上がる。

 続いて、攻撃機が着艦体制に入る。

 ブレダ Ba.65/C艦上攻撃機。

 日本の空母航空隊が複座機、三座機を使用しているのを参考とし、空軍用としてはすでに生産の終わっていたBa.65/bisをベースとして生産されたものである。

「これで、ドイツも我が軍を無視はできなくなるでしょう」

 海軍の将校が、その人物の傍らでそう言った。

 航空指揮所で、その場に似つかわしくない豪奢な椅子に腰掛けたベニート・アミールカレ・アンドレーア・ムッソリーニは、顎に手を当てた姿勢で笑みを浮かべ、自らの野望に酔いしれた。

 なにせイタリアはこのところ軍事的にドイツに頼りきりだった。主戦場はロシアの地となり、イタリアが色気を見せて動いたアフリカ戦線でも、リビア逆侵攻を受けてドイツの助力を必要とした。結果、アフリカ戦線でも全体の指揮はDAKのロンメル大将が執ることになり、イタリア軍は従属的な立場になってしまった。

 カイロ解放ではイタリア軍空挺部隊が重要な役割を果たしたが、ムッソリーニの面目がそれで保たれたとは思えない。

「同型艦『スパルヴィエロ』の工事も順調です。これらが完成すれば、地中海のイギリス軍の行動を完全に停止させることができます」

 ドイツ空軍はスエズ運河一帯に対し攻撃を仕掛け、Uボートとともに輸送船団を襲撃していたが、地上戦力の不足から占領するまでには至っていない。この為イギリスの地中海航路を完全に遮断するにはもうひと押しが必要だった。

 それをイタリアが成し遂げれば、ベルリンもイタリアの戦力を無視はできないだろう。

「計画は予定通りに進めろ。これ以上の遅れは看過できない」

「はっ」

 ムッソリーニの指示に、その海軍将校は直立不動で答えた。

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