第5話 一式大攻、米空母雷撃す

「攻撃隊を出したですって!?」

 女性は険しい表情で、聞き返すような口調で憤りの感情を表した。

「あれほど護衛機無しでの艦船攻撃はやめさせるように言ったじゃない!」

 衣装は、日本の女性の洋装としてありふれたものだが、その容姿は、男性を凌ぎかねないほどの長身に、金髪、碧眼と、まるで日本人とかけ離れていた。しかも、見た目通りの年齢なら、かなり、若い。少女と言って差し支えないだろう。

「海軍の指揮官は、大攻なら大丈夫だと思って出したようだが……」

 ロイド眼鏡の男──東條英機は、その反応が意外で、気圧されたようになりつつも、そう答える。

「高々度からの陸上目標に対する爆撃ならね。でも相手は戦闘機を搭載している空母なのよ? しかもそれを承知していたはずよ!」

「解っている、これが陸軍機なら絶対に出させないのだが……」

「チッ」

 少女が、忌々しく言う言葉に、東條が同意の言葉を発すると、少女は、椅子に腰掛け、東條が立っている側とは反対側にある、やや豪奢な事務机に向かった。

「なぜこうもうまくいかない……」

 イニシャルコストは安くつくが結局実戦で大損害を出してしまう中攻計画を、本庄を焚き付けて葬ったかと思ったら、いつの間にか代替機を中島にやらせていた。

 大攻による事前攻撃と艦艇の防空能力の強化でウェーク島での攻略作戦の損害を抑え、失敗を避けようとしたが、“想定外の”戦力がいて結局三〇駆に大損害を出させてしまった。

 今の所真珠湾だけは、ほぼ指示通りの戦果を確認できていたが……

「すみません、しばらく考えさせてください」

「わかった……」

 頭を抱えて悩み始めた少女に、東條は自身も難しい表情をして、その部屋をあとにした。

 ────が、東條はすぐに室内に、ノックもなしに引き返して飛び込んできた。

「独飛九〇一からだ、黒江少佐の分隊が海軍の大攻隊に随伴して出撃した!」

「!」

 椅子から立ち上がりかけつつ振り返った少女の顔も、意外そうな驚きのものに変わっていた。



「もうそろそろ、敵さんが見えそうなもんだが……」

 野中は、前方窓から伺いながら、そう言った。

「アッ、前方に航跡複数、見えまーす!」

 前方機銃手の北川が、発見の第一声を上げる。

「船種はまだ確認できねぇか、場所的にこのあたりのはずなんだが」

 野中の言葉に、北川は双眼鏡を構えて前方を覗き込む。

「大型艦空母、レキシントン型と思われます! 小型艦多数、詳細不明なれど味方に非ず!」

 北川は、駆逐艦のシルエットの詳細までもは判別できなかったが、逆に自軍の駆逐艦ならすぐ解る。ドイツやイタリアのフネが遊弋していたら自信はないが、そんな話はない。

「間違いねぇ! 野中組、大物狙いで行くぜ!」

「諒解!」

 大攻隊は高度を下げ、緩く旋回しながら、米艦隊と思しき存在に向かう。

 一方、この米艦隊の方では、野中らより早く、レーダーで接近する不明編隊を発見し、スクランブルをかけていた。

「おいでなすったな!」

 黒いゴマ粒のようなものが、米艦隊の方からパラパラと現れると、黒江はそう言って気を引き締め直す。

「海さんに近づくやつをやれ。戦闘開始」

 黒江が、自ら一式戦のスロットルを戦闘出力に押し込みながら下命すると、12機の一式戦は一斉に増速し、先導のキ-30改を追い抜き、大攻隊の上空に向かう。

 レキシントン戦闘機隊、VF-2のジョン・スミス・サッチ少佐は、6機のスクランブル機の1機として自ら出撃した。

 一式大攻ベティが、でかい図体で雷撃しようと、低空を緩く旋回しながら狙いを定めようとしている。

「させるな、図体はでかいがこんな低空じゃただのマトだ、やっちまえ!!」

 サッチ少佐率いる、グラマンF4F艦上戦闘機『ワイルドキャット』は、戦闘機の大型機に対する迎撃のセオリー通り、高度的優位からパワーダイブで一式大攻に迫る。

 だが一式大攻隊も無抵抗なはずがなく、上方に向けられる上部と尾部の動力20mm機銃座、それに見張り窓を兼ねたブリスター式12.7mm機銃座から機銃弾を放ってくる。

「ワッワッ」

 僚機の1機が、スクラムを組んだように密集する大攻の防御火箭に泡を食って、上昇に転じた。

「あっ、バカ」

 その機体とペアを組むパイロットが言った。逆にこの体制から上昇に転じることは、かえって攻撃機の防御火箭に腹部を晒すことになる。

 が、次の瞬間、そのF4Fを撃墜したのはベティの防御銃塔ではなかった。

 日の丸を翼に入れた単発機が、降下しながらベティへの攻撃へ移ろうとしているF4Fの、更にその鼻面を抑えるように、かぶさってくる。

「ゼロ、いやオスカーか」

 そう、機種を判定した直後のサッチに、ペアのシドニー・ヘップバーン少尉からアラート。横転で返し一式戦オスカーの射線から逃れるが、ベティへの攻撃コースは大きく外してしまう。

「畜生、ゼロを片付けないとベティへの攻撃もままならねぇ!」

「バカ、やめろ!」

 毒つきながら、ダイブアタックの体勢から、高度的優位を取り直そうとしたのだろう、緩旋回上昇に移ろうとしたF4Fのペアに、オスカーのペアが迫る。

 オスカーは数的優位を持ち出すまでもない、2機がかりの高速旋回でF4Fをあっさり追い詰め、ペアの2機とも撃墜した。銃撃されたF4Fは、つんのめるように失速して海に飛び込んだ。

「ちょい、右に振る」

 戦闘機同士の戦いが行われている下をくぐり抜け、大攻隊は艦隊の防御陣の中に入り、雷撃編隊を組み、空母『レキシントン』に機首を向ける。

 隊長機である野中機の動きを揃える。野中は直線上のレキシントンから、わずかに前方に機首を僅かにずらした。

「オラッ、ドンピシャだ、てめぇら、しっかり狙って当てんさい!」

 野中はべらんめぇ口調でいい、投射レバーを引く。

 爆弾倉の扉が開き、2本の九一式魚雷改二が推進機を起動させながら海面下に飛び込む。一瞬だけ遅れて、僚機からも魚雷が放たれた。

「氷上機、サヨナラを打電しています!」

「何っ」

 それまで、雷撃に集中していた野中に、無線手からの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 陸さんのスキを突いて攻撃してきたのか、それとも高角砲弾が至近で炸裂したのか、第二発動機からその後ろにかけて激しく炎を吹いている。その近辺の主翼が骨組みだけになっていた。

 一式陸攻は三菱の大攻も中島の中攻も防漏タンクと発動機遠隔消火器を備えているが、燃料タンク自体を半ば吹き飛ばされては流石にどうしようもない。むしろよくまだ飛んでいるものだ。

「クソ……無損害というわけには行かねぇか!」

 野中は悔しそうに言う。大攻隊はレキシントンの上部をフライパスする。

 バリバリバリバリ!

 僚機の1機が、氷上機をやられた腹立ち紛れか後部の動力銃塔でレキシントンの艦橋に掃射を加えた。1枚大型垂直尾翼を計画していた本庄に対し、運用上の支障になると解って双尾翼にしたその間に設けられた銃塔から、20mm弾がレキシントンの艦橋のガラスを粉砕する。

「この野郎!」

 それは野中機ではなかったが、野中は銃手のその叫びが聞こえた気がした。

 そして、9機編隊の5番に付いていた氷上機はそのまま引き起こしを行わず、加速しながら、そのまま機首からレキシントンの右舷側に突っ込んだ。

 充分にガソリンを残していた氷上機は、そのままレキシントンの上で燃えるジュラルミンの塊となった。それはレキシントン自身の搭載機や給油車のガソリンを爆発させ、たちまち艦上は手のつけられない大爆炎に包まれた。

 すでに火災だけでも手がつけられなくなりかけていたレキシントンに、大攻隊が放った魚雷が追い打ちをかける。6本もの魚雷のが命中して水柱を上げた。

 野中が周囲を確認すると、2機にまで数を減らしたF4Fが、なお必死に一式戦の追撃から逃げ回っている。

 海面を這い回るように逃げ回る姿は無様にも見えるが、多勢に無勢、それも一式戦ヨンサン相手によくぞここまで粘ったものである。

「相手も手練か」

 野中はつぶやいたが、

「北川、ちょっとおせっかいしてやれ」

 そう言って、野中は機首をF4Fの方に向けた。合点承知とばかりに、北川がF4Fに向かって20mmで撃ちかける。

「アッ」

 オスカーとの防戦に必死だったサッチだったが、オスカーの0.50calとは明らかに別の火箭が主翼を掠めたことで、一瞬、気を取られた。

 それを追っていた黒江少佐は、F4Fの一瞬のスキに、発射釦を押し込む。

 一式戦からの火箭を浴び、サッチ機はたちまち穴だらけとなり、キャノピーも砕かれた。

 すでに機上戦死していたジョン・S・サッチ少佐のF4Fは、一式戦に開けられたエンジンカウルや主翼の弾痕穴からチロチロと火を噴き出しながら、ややゆっくり降下していって海に激突して果てた。

 残る、その僚機と思われる1機も、帰る母艦もなくなったと判断してか南東に向けて遁走しようとしたが、すぐに2機の一式戦に追いつかれ、間もなく撃墜された。

 野中は、敵戦闘機の脅威がないと確認すると、2番機に帰還の指揮を任せ、野中は緩上昇しながら旋回して、戦果確認を行う。

 レキシントンは大きく傾きながら、松明のように燃え上がっていた。火災による陽炎のせいかも知れないが、すでに艦全体に歪みが発生しているようにも見える。まだ“浮いては”いると言うだけだ。

 野中機は2・3度、レキシントンの上空をフライパスするが、まだ船体の喫水は高い位置を維持していたものの、助かる見込みはないようにしか見えなかった。

「敵大型空母一、撃破、撃沈の可能性大」

 そう司令部に打電して、野中機も引き上げにかかる。

 4発のエンジンを響かせながら、すんなりとラバウルへ向かう進路を取った。



「帰ったらいっぺぇやりてぇな」

 野中が、呟くようにいい、盃を傾ける仕種をした。

「隊長のおごりなら、お相伴しますが?」

 下部銃塔から頭を出した折原一飛曹が、野中を見てそう言った。

「おう、この際てめぇら全員で付き合えや。大攻隊の雷撃初戦果だ、好きなだけ呑め!」

「本当ですか、やった!」

 機首銃座の北川が調子よく声を出す。下戸で酒はあまり呑めないが、カルピスで肴をつまむのが好きな久瀬まで喜んでいる。

「隊長!」

「んっ?」

 背面動力銃塔、つまり野中と久瀬の背後の頭上にいる住井が、緊張感のある声を出してきた。

「右前方、小型機います」

 言いながら、20mm機銃の装弾レバーに手をかける。

「待て住井、友軍機だぞ」

 機首銃塔の北川が声を張り上げた。

 それは紛れもなく一式戦の姿だった。

「本隊からはぐれたか」

 野中は、そうつぶやき、部下たちと注視したが、

「やられているな」

 と、その事実に気づいた。

 左の主翼に被弾しており、エルロンも千切れ、作動油らしき油漏れの跡もある。もうヨレヨレと言った感じだ。

「それで、編隊から脱落したか……」

 本隊、黒江が使いたがる巡航高度より低く、速度も上げられていないようだった。

「国崎、陸さんの周波数にしてくれ」

 野中は操縦を久瀬に任せると、国崎にそう言って無線機に向かった。

「こちら厚木空野中。陸軍機聞こえるか」

『独飛九〇一……岡部飛曹長であります……』

 無線機も被弾で破壊されたかと思っていたが、返答はあった。言葉がとぎれとぎれなのは、無線機のせいではないようだった。

「先導する、ついてきてくれ。コイツならデカイから目印にしやすいだろう」

 野中はそう伝える。言葉が途切れるほどの失血をしていると、意識も半分朦朧としている可能性が高かった。本隊から脱落したのもそのせいだろう。

『構わず、行ってください……近辺は……まだ英軍戦闘機が……』

 岡部はそう返答した。

 連合国の単発戦闘機は、F4F以外は航続距離不足で出没する可能性は低く、最も近いポートモレスビーにF4Fが配備されている可能性も低かった。だが、英空軍が多用途機として配備している双発戦闘機、ブリストル『ボーファイター』は時折偵察飛行をしかけてくるのが確認されている。

 すでに欧州戦線で、双発以上の所謂“重戦闘機”が、単発単座戦闘機の敵ではないことは証明されている。例外として、米軍が開発中の最新鋭双発高速迎撃機は、単発戦闘機とも互角に戦いうるだろうという噂が流れており、野中もそれを耳にしていたが、まだ現れたという情報は流れていない。

 だが、そのボーファイターでも、爆撃機相手となると、重武装で、ドイツの高速爆撃機をあっという間に撃墜してしまう威力がある。

 岡部の一式戦が万全であれば物の数ではないのだろうが、目前の一式戦は格闘戦に耐えられる状態には見えない。

 しかし、野中は岡部の言葉を受け入れなかった。

「馬鹿野郎、そんな今にもくたばりそうな身体で格好つけてんじゃねぇ、こっちゃあなぁ、おめぇらがいなかったら魚雷をあてられていなかったかも知れねぇんだぞ! それを見捨ててはいお先になんざ、できるわけねぇだろう、そんなもん、海軍の恥にならぁ」

 べらんめぇ口調で、激しく言い返す。

「それに、俺を誰だと思ってやがる。俺ァ、この四発大攻で空中戦やった大馬鹿の野中だぞ。イギリスの戦闘機なんざ何だ、返り討ちにしてやらァ!」

 いきなり英軍戦闘機が現れると思ったわけでもないが、野中の啖呵を聞いて、折原と北川、住井は、それぞれ20mm機銃の装弾系を、指差しで確認した。

「おめぇさんが付いてこれる高度と速度で飛んでやる、しっかりついてくるんだぞ」

『了解……ありがとう、ございます……』

 岡部の返事を聞き終えるより早く、野中は操縦席に戻る。

「久瀬、俺がやる。代われ」

「諒解」

 野中が操縦桿を握ってそう言うと、久瀬は主操縦席の操縦桿から手を離した。野中はスロットルの位置を確認する。

「アイツがついてこれてるか目を離すなよ。いきなり離れたらすぐに知らせろ。後部銃塔の七瀬にも言っとけ」

「諒解」



 野中たちがラバウルに辿り着こうとしている頃、第一〇駆逐隊分隊の秋雲型駆逐艦『夕雲』と、嵐型駆逐艦『嵐』が、その海域に到着していた。

 攻撃から2時間弱が経った頃、ラバウルに配備された二式飛行艇六六型が哨戒任務中、レキシントンの残骸である多数の漂流物を発見し、生存者を確認した。その際、未だレキシントンの一部は海面より上にあり、そこから濛々と黒煙が上がっていた。それがレキシントンであることは確認のしようがなかったが、大型艦が沈没したことは間違いなかった。

 二式飛行艇六六型は、エンジンに火星二一型に代えて鐘淵デイゼル工業製『羽槌』航空用ディーゼルエンジンを搭載した、後方での対潜や捜索、輸送、などの用途のための機体である。

 二式大艇は強行着水を実施して6名を救助し、第四艦隊司令部に生存者ありの報告を打電した。

「こんなに少ないのか……」

 第一〇駆逐隊司令、阿部俊雄大佐は、漂流物の多さ、沈んだであろう艦の大きさ、それらに比べて、やたら生存者が少ないことに唖然としていた。2隻で救出した米軍兵士は、10人かそこらだった。

 第四艦隊司令部の指示で、ラバウルからの帰途につく輸送船の護衛として日本へ向かいかけていた第一〇駆逐隊に、捜索と救助の命令が出た。

 第一〇駆逐隊は本来これに秋雲型『巻雲』・『風雲』が加わる。『嵐』は所謂二号一型駆逐艦で、装備も12.7サンチ高角砲3門の他、魚雷は九二式三連装魚雷発射管三A型と、口径53cmの一〇年式連装魚雷発射管特A型が1基ずつ。ただし“特A型”とつくだけあって第二空気供給機が装備されており、九五式魚雷を発射できる。

 もっとも自艦他艦問わず乗組員にバカにされているのは、今どきの駆逐艦であるにもかかわらず石炭缶(混焼缶)を搭載していることだった。

 2番艦の『松』以降はすでに、新設された海上護衛総隊に引き渡され、訓練と任務をこなしているが、『嵐』は試作目的での建造だったことと、秋雲型の数合わせが必要なせいで、連合艦隊に配属されていた。


 野中機が去って僅かに立った頃、レキシントンは大爆発を起こして、鉄屑となりながら海中に没した。これは火災を起こしていた左舷側ボイラー室に水が入り水蒸気爆発を起こし、それによって艦体が分解したためだった。

 ウィルソン・ブラウン中将以下のTF11スタッフや、フレデリック・カール・シャーマン大佐以下のレキシントン艦橋要員が、機銃掃射と氷上機の突入で戦死したか、即死は免れなくとも艦の設備の破壊もあって乗組員に指示を出せず、最後まで退避・脱出命令は出なかった。

 当初巡洋艦以下の水上艦艇部隊は救出活動を行ったが、日本軍の反復攻撃を恐れて充分に行えないまま、自艦を守るため退避した。これ自体は正当な行為だった。

 そのため、脱出した乗組員はわずか、多くは持ち場に付いたままレキシントンと運命をともにした。

「借金から逃げて海軍に入った俺が、今度は真っ先にフネから逃げ出して助かった。真面目な連中ばかり死んじまった。神様なんてロクなもんじゃねぇ」

 二式飛行艇に救出された米海兵のひとりは、機内でそう言って毒ついていたと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る