第2話 日本本土空襲作戦
「このギャロップ調査の結果はどうしたものかね」
ワシントンD.C.、ホワイトハウスのオーバルオフィス。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は、いささか不機嫌にそう言った。
直近のギャロップ調査で、ルーズベルトの指導に対する支持率は5割を超えていた。
しかし、逆に言えば4割が不支持ということでもある。
原因は野党、共和党のネガティブキャンペーンだった。
「ルーズベルトは『あなた方の息子を戦場に送ることはない』と言って当選した。にもかかわらず、日本に対し強硬的な態度をとり、最後はホワイトハウスから最後通牒に等しい要求を送りつけて現状を作り出した!」
別段、日本との戦争を直ちに停止せよ、という声があるわけではない。ただ、ルーズベルトの指導力に対して疑問を呈する声が、あちこちで上がり始めた。
もっとも、対日戦継続すべきか否か、という調査に対し、開戦直後の「継続すべき」が8割超の数字から、僅かずつだが落ちてきているのも事実だった。
こちらは、開戦以来、米軍に目立った戦果がなく、日本の進出を食い止められないでいることが原因だった。また、“騙し討ち”をアピールするために行った、パールハーバーの損害の発表も裏目に出た形だ。
日本大使館は24時間以上も前に軍事アクションを取ると予告してきた。にもかかわらず、なぜハワイは一方的に攻撃されたのか。
簡単に言えば、予測し得なかったからである。
実際には警報自体は送られていた。だが現実としてハワイが直接攻撃を受けるとは、実際に日本機が上空に差し掛かるまで、誰も思わなかったのである。
だが、国民誰しもがそうは思わない。
予測し得た攻撃に対応できなかったと、戦争指導者としてのルーズベルトに疑問を呈する声が出てきているのだ。
このまま、国内に厭戦の空気が流れることは避けたい。
「状況を打破する、なにかいい手段はないものか」
「パールの“お返し”をするのが、一番効果があるでしょう」
アーネスト・ジョセフ・キング海軍作戦部長が言った。
「日本本土攻撃か。目算は出来たのかね?」
ルーズベルトは、真珠湾攻撃から2週間目に、空母による日本本土攻撃の可能性を検討するよう、キングに指示していた。
「空母から陸軍の双発爆撃機を発艦させて、日本の主要都市に対して攻撃を仕掛けさせます」
「そんな事が可能なのか?」
「はい。無論着艦は不可能ですが。ですので爆撃機は爆撃後、日本上空を飛び越えてチャイナへ向かわせます」
「なるほどな」
それまで浮かない表情をしていたルーズベルトの表情が、ようやくにして緩んだ。
「トーキョーに爆弾を投下できるとあれば、国内の厭戦気分など吹っ飛ぶだろう。アーノルド(ヘンリー・ハーレー・アーノルド陸軍航空軍司令官)と協議して、具体的なプランにまとめたまえ」
こうして計画された日本本土攻撃作戦は、4月1日、サンフランシスコのアラメダ埠頭で空母『ホーネット』に、ノースアメリカンB-25『ミッチェル』双発爆撃機を搭載、第18任務部隊を編成して、一路西へと向かった。この時点では、搭乗員はまだ直接、作戦を説明されていなかった。ハワイで空母『エンタープライズ』を中心とするエスコート部隊、第16任務部隊と合流した。
そこで搭乗員たちが見たものは、無残に破壊されたパールハーバー基地の姿だった。ドックは瓦礫と化し、給油施設は丸焦げ、湾内には爆沈した『アリゾナ』の凄惨な姿が晒されていた。
湾内に先行していたタンカーからの補給を受け、部隊は再び西へと向かい始めた。
そこで初めて、攻撃部隊長のジミー・ハロルド・ドーリットル中佐から、部下に作戦説明があった。
「この作戦は、いかにも馬鹿げていると思うかもしれないが、ジャップの顔っツラを張り倒してやる重大な作戦だ」
搭乗員たちは、自分たちが日本本土攻撃へ向かっていることを知る。
「君たちはこの空母ホーネットから発艦し、日本の都市を爆撃した後、日本本土を飛び越えてチャイナへ向かい、蒋介石の軍に合流する。第1目標はトーキョー、次いでナゴヤ、オオサカ、コウベだ。非常にリスクの高い作戦だ。もし、この場で辞退したい、という者がいるのであれば、正直に申告してくれて構わない。決して処分はない」
ドーリットルはそう説明したが、誰も辞退しようとはしなかった。Remember Pearl Harbor. 皆の一念にあったのはそのことだけだった。
だが、作戦の計画は、発艦予定の4月18日(日本時間)になって狂った。
当初の計画では、更に日本本土に接近した後、夜間爆撃に向けて発艦する予定になっていた。だが、エンタープライズの水上レーダーに2つのフリップが表示されたことで、運命は大きく狂い始めていく。
そのフリップ、輝点は、日本の特設哨戒艇だった。哨戒艇と言っても、漁船に無線設備と、機銃をつけただけのシロモノである。
このフリップに対し、エンタープライズからダグラスSBD『ドーントレス』艦上爆撃機を索敵に発艦させた。
しかし、このSBDが特設哨戒艇、『第23日東丸』に逆に発見され、近くに敵艦隊ありと教えてしまうことになる。
第23日東丸はSBDの進路を逆にたどって進行、そこに艦隊を発見した。
このとき、米艦隊側でも第23日東丸を視認した。つまりそれは、日本側に自分たちが発見されたことを示す。
視認できる距離である。米艦隊は直ちに第23日東丸に対して攻撃を仕掛けた。しかし、巡洋艦5隻、駆逐艦8隻も擁し、さらにF4F戦闘機による機銃掃射まで実施しながら、30分もの間、第23日東丸に致命傷を与えることができななかった。
この為、第23日東丸は、無線で日本本土に米艦隊の所在地を報せることができたのである。
その代償として、第23日東丸は、900発以上の砲撃、無数の機銃掃射を受け、壮絶な最期を遂げた。乗組員14名は全員、艇と運命をともにした。
米艦隊発見の報を受け、横須賀から接敵のために二式飛行艇一二型2機が発進した。
一方、現場海域では、第23日東丸の打電に、何事かと次々と哨戒艇が集まってくる。
米艦隊は、相手が軽量のコーストガード・シップでしかないと判断し、F4F戦闘機を出撃させて、これらに機銃掃射を加えた。
「くそ、ここまで来て……」
エンタープライズ艦上の海軍側指揮官、ウィリアム・フレデリック・ハルゼー少将は、忌々しそうに言う。
そこへ、ホーネットのドーリットルから連絡が入った。
「予定を変更して、只今から出撃する」
──大した度胸だ。
ハルゼーはそう思いつつ、ホーネットに発艦作業に取り掛かるよう下令した。
「諸君、勲章に利息をつけて返してやってくれ」
ハルゼーは、ドーリットルにそう伝えた。
ドーリットルは、元駐日米海軍武官補佐官ステファン・ユーリカ海軍中尉から譲り受けた、皇紀2600年祝典記念賞を、自機の爆弾にくくりつけていた。
「成功を祈る」
ハルゼーは不敵な笑顔で、ホーネットの発艦作業を見送る。
だが、その間にも状況は変わりつつあった。
「レーダーが接近する航空機を捉えています!」
「なんだと、畜生!」
ハルゼーはまず、毒ついてから、
「それは敵の攻撃機の編隊か?」
と、問いただした。
「これは大きな編隊ではありません。おそらく偵察機かと」
「だとしても厄介だ」
先程から近寄ってくる日本の哨戒艇を追っ払うため、スクランブルのかけられるF4F戦闘機を出撃させてしまっていた。日本側の偵察機に張り付かれたら、追い払う手段は対空火器しかない。
それは先程、横須賀から発進した二式飛行艇だった。
対空砲火と思しき黒煙が空に上ったため、高度を下げてみると、そこに果たして、米艦隊がいた。
「ワレ対空砲火受く、敵艦隊発見、位置は鹿島灘より東に500海里。ワレ接敵を継続する」
二式飛行艇から打電が続く。
二式飛行艇は一式大攻にも匹敵する大日本帝国海軍きってのタフな機体だ、そう簡単に撃墜されることはない……そう思いつつ、接触してくるだろう敵戦闘機に備える。
「?」
だが、いつまで経っても敵の直掩機が接触してくる気配はない。
「おい、あれは陸上用の大型機じゃないのか!?」
“エンタープライズ型空母”から発艦していく双発爆撃機を見た偵察員が、そう怒鳴った。
「敵艦隊、攻撃隊発艦中。敵搭載機は双発大型機と認む」
無線電信で司令部に打電しつつ、
「だから、直掩戦闘機が上がってこないのか!」
と、二式飛行艇の乗組員は合点していた。
実際には、特設哨戒艇が文字通り“体を張って”エンタープライズのスクランブル機をひきつけてくれたからなのだが、そこまでは理解できなかった。
ホーネットの発艦作業が終わる頃、今度は味方の編隊が押し寄せてきた。
それは厚木基地で錬成中だった一式大攻30機の編隊だった。さらに、座礁して修理中の空母『加賀』の戦闘機隊、零戦12機が護衛についている。
米艦隊は反転、遁走しようとしていたが、もう間に合わなかった。
「司令部は……軍令部はこのことを知っていたのか?」
攻撃隊の隊長を務める高町八太郎大尉は、ふとその疑念を持った。
訓練を一度中断し、全機対艦兵装で待機せよ。
前日、唐突に、そう命令が下ったのである。
だから、敵艦隊発見の報せを受けて、直ちに出撃することができた。
しかし、高町はその疑念を持ったのは一瞬だった。
「トツレトツレトツレトツレ」
電信で打電する。小隊ごとに攻撃せよ、の合図だった。
「こっちもでかいとは言え寡兵だ、デカブツ1隻に集中しろと伝えろ」
「諒解」
30機中、9機が雷装、21機は爆装状態だった。高町大尉の機体は爆装していた。
ここへ来てようやく、エンタープライズからスクランブル機の新手が上がってくる。だが、高度も取れず、零戦に覆いかぶされてあっという間に全滅してしまった。
「くそったれがぁ」
エンタープライズで、ハルゼーが毒つく。
水平爆撃は命中度が低いと言っても、一式大攻は1機あたり12発もの250kg爆弾を搭載してくる。
狙われたのはホーネットだった。
252発もの二五番通常爆弾が、ホーネットにスコールとなって襲いかかる。
そして、至近弾となった爆弾が上げる水柱の中で、ついに1発、2発、と、ホーネットに命中した火柱が上がった。
更に、雷装機の魚雷が迫る。
9機だけとは言っても、一式大攻が搭載してくる魚雷は1機あたり4本。36本もの魚雷が、ホーネットを襲う。
全て躱し切るなど不可能だった。3本の水柱が上がる。
ホーネットは爆弾の命中で火災を生じさせていた。そこへさらに魚雷である。すでに断末魔の様相を呈しているように見えた。
ホーネットの消火作業ははかどらない。それどころかますます火の手は増すばかりだった。その一方で、機関部では魚雷によって生じたスクリューシャフト付近からの浸水とも戦っていた。
「ホーネットに総員退艦を命じさせろ! このままじゃエンタープライズも失うことになる!」
ハルゼーは忌々しげに怒鳴る。
「Jap! Son of a bitch!!」
「この作戦は失敗だ!」
ドーリットル隊が茨城沿岸部に差し掛かったとき、前方上方にキラキラと光る集まりを見たとき、ドーリットルはそれを確信してしまった。
独立飛行第四七戦隊、二式単発単座戦闘機が、ドーリットル隊に襲いかかってきたのである。
独飛四七戦隊は南方作戦に従事していたが、3月中頃に内地に戻され、立川陸軍飛行場を拠点に帝都防空の任務を与えられていた。
さらに、同じく立川飛行場で試験中だった2機の新型機も、邀撃戦に加わった。
川崎キ61。ドイツのユンカース Jumo211発動機を搭載する液冷新型機だった。
武装はどちらも主翼に一〇〇式二〇粍固定機関砲(海軍九九式二号機銃)、機首には二式単戦は八九式七粍七固定機関銃、キ61は一式一二粍七固定機関砲を搭載していた。
不思議なことに、キ61も前日から、模擬空戦を中止して実弾装備で待機せよとの命令を受けていた。
まず前方上方からの一連射で、ドーリットル隊の半数が脱落していった。ドーリットル隊に反撃の手段はない。本来、B-25の操縦席後方上部と後部には動力銃塔が備わっているが、航続距離を稼ぐためにそれら重量物は撤去され、ついているのは木製のモップの柄を黒く塗ったニセ銃だった。
日本の戦闘機は反転して、今度は後ろ上方からの攻撃位置を占めようとする。
二式単戦、キ61共に目を見張るような上昇力と速力で、たちまち B-25 に追いついてくる。
更に、旧型の九七式戦闘機や、海軍厚木基地の零戦も上がってきて、前方に立ちふさがった。
16機の B-25 が壊滅するのは、時間の問題だった。
「失敗……だと……」
ホワイトハウスのオーバルオフィスで報告を受けたルーズベルトは、パールハーバーが攻撃されたときと同じほどの、自失状態に陥った。
「爆撃目標に到達できたB-25はありません。チャイナに脱出できた形跡もありません。おそらく全滅したと思われます」
実際には、エドワード・E・マッケロイ機長の13番機だけが、かろうじて目標の海軍横須賀鎮守府までたどり着きかけたが、そこで機体は力尽き、横須賀沿岸に不時着していた。13番機の搭乗員は全員、捕虜になった。
「大統領、共和党の議員が、すでに今回の失敗を気づき始めています」
「なんだと!?」
「日本は脱出したB-25の乗員を、謀略放送に使っています。パールハーバーのマネをして無謀なことをしたとも」
これで、議会で共和党から追求を受けるのは確実だろう。
「Oh my god……」
ルーズベルトは、そう漏らすことしかできなかった。
結果として────
ルーズベルトは、キング海軍作戦部長を解任することで議会からの追求を躱すことを決断する。
戦争をやっている最中に大統領が辞職するわけにも行かない以上、スケープゴートが必須だった。そして、日本本土攻撃の作戦立案の責任者として、キングがそれに充てられるのである。
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